ヒグチアイ「思い出すことは、人を思うこと」半生の全てをぶつけた魂の音楽
INTERVIEW

ヒグチアイ「思い出すことは、人を思うこと」半生の全てをぶつけた魂の音楽


記者:平吉賢治

撮影:

掲載:19年10月02日

読了時間:約14分

「思い出すことは、人を思うこと」

「一声讃歌」通常盤

――3部作の3つ目「ラブソング」を聴いたときに、人との関わりについて改めて考えました。

 その曲が、このアルバムで一番言いたかったことなんです。新しい気持ちを発見してくれたらいいなと思っているんです。

――いままでの思い出、自分に対する考え、他者との関わりについて、深く掘られるというか。ところで『一声讃歌』というタイトルの意味は?

 “一声”というのと“讃歌”というのはちょっと矛盾している意味でもあって。讃歌は大人数の歌というか、そこが一声と違うところなんですけど、私の声がどんどん広がって、色んな一人の口からまた自分の歌が出たりして一つの大きな歌に変わったらいいなという気持ちがあるんです。自分の決意が強い四文字なんです。

――なるほど。みんなの一声が集まって賛歌にと。

 一声は“ひとこえ”という意味合いがあって、私はこれはちょっと前向き過ぎるタイトルだなとも思って。ネガティヴに「4枚目が書けるわけがない」と思ったりするんです。今作で言いたいことは全部言ったし、新しい感覚はまだ生まれてないし…だけど、今作で終わるくらいの気持ちで書いたアルバムでもあります。“ひとこえ”というのは、「あとちょっとだけ自分が頑張れるギリギリの覚悟」みたいなものをタイトルに込めました。自分のことを話して心を開いているから、人が心を開いてくれることに行き着いて自分が歌を歌っているというのが9割くらいを占めているので。自分が心を開いていかなければいけないという意味でも、今回は“歌を歌っている人感”みたいなものが出ているんです。

――改めて素敵なタイトルだと思います。暗い描写があっても最後は救いを持たせてくれる点はこれまでの作品でもみられましたが、そこは今作でも変わらない?

 救われない曲は聴いていてつらいですよね。それはそれでいいんですけど。

――「前線」にしても、最後のフレーズで自分が肯定される気持ちになるんです。

 嬉しいです。そういう曲が書けるとは思っていなかったので。

――音を聴かずに歌詞だけを読んでいても面白いんです。情景の切り取り方や言葉のインスピレーションはどこから?

 思い出とか、本当にあったことが多いです。「街頭演説」は本当にそれが聴こえてきたところからでした。「バスタオル」も、実際にバスタオルを代える機会があって「バスタオルを代えるカップルってどんな感じなんだろう?」というところからだったり。1番のAメロとかは「こういうことがあった」ということから始まることが多いので、そういうパターンだと本当にあったことが書かれていたりします。

――ちょっとした思いや思念を広げていく感じは小説的というか。

 そうかもしれないです。感情ではないというか。「この情景が凄く生々しい」という思いを感情に変えていきたいという感じです。あとは、漫画を読むことが多くて。

――なんでも月に150冊は読むと。

 漫画からインスピレーションを受けることは多いです。映画だと2時間くらい観てバッドエンドだと「なんで2時間も観てこんな気分にさせられるの?」って思っちゃうこともあって(笑)。最近は気楽に観られる映画しか観ていません。漫画は色んな種類を読むんですけど、怖いのはダメで夢に出てくるんです(笑)。私のなかで「セリフ」と「見えているもの」が大事で、自分でそこを切り取って良いというか。歌詞と漫画ってけっこう近くないと思うんです。漫画はセリフが多いけど歌詞はあまりセリフがないし。そこの隙間を曲に出来る気がして。だから漫画を読んでいても影響を受け過ぎるということはないという感じはします。だから趣味としても楽しめて、インスピレーションも得られます。そこが良いと思います。

――これまでの作品では漫画がジャケットというのがありましたが、今作はそうではありませんね?

 私は「漫画でいきます」と言ってたんですけど、顔を出したほうがいいと。もっと顔を知られたほうが良いということで、MVも全部出たりと。それだったら何がやりたいかとなって、「ギリギリの覚悟」みたいなところで“出陣する武将”みたいな感じのイメージで。しかも一騎、自分しかいないという絶体絶命みたいなところから「いまから行きます」という感じのことを考えたときに「馬に乗りたい」と言いました。

――覚悟を描写したジャケットなのですね。改めてアルバム全体についてですが、今作を聴くと普段考えないようにしていることを考えるようになる、と感じました。

 そうなってくれたらいいなと思います。でも、みんな忙しいんですよね…。当たり前のように夜まで仕事をして、そこから飲みに行ったりしているのに、次の日は朝から仕事と、それは忙しいよなと思っちゃうんです。自分のことを考える時間なんて無いよなって。

――余白がなかなか作れないと。

 その時間みたいなのがあると、みんな病んじゃったりする人もいたりして…考える時間があるというか。でも、そのときに、もしかしたら「その感じで大丈夫なんだよ」って言ってもらえるようなものがあれば、「そうなのかもしれない」と思えるような感じなのかなって。ちょっと時間があった時に曲を聴いてもらえたりとかすると、気持ちが安らぐことがあるかもしれないと思います。

――考える時間という余白が大事ということは、作品から伝わってきました。その点は『一声讃歌』に含まれる強い要素でしょうか?

 そうですね。本当に気づいてもらいたいというか。時間がない人には、そこまで自分のことを考える時間がないかもしれないけど…今作はテーマが「思い出」と「矛盾」という2つなんです。「矛盾」のほうは凄く難しくて、時間がないと自分の矛盾に気づけないと思うんです。「思い出」のほうはすぐ思いつくじゃないですか? アルバムを聴いてもらったら思い起こされることがあると思うんです。それを思い出したときに、「あの場所で自分の隣に誰かがいたな」とか、「自分のことを守ってくれた人がいたな」とか、「傷つけてきた人がいたな」とか思ったときに、結局自分の周りには誰か人がいたんだなと思うというか。

 一人で音楽を聴いているときに、誰か自分のことを見ていてくれた人がいたんだなと思うことが、救われることになるかもしれないと思って。「思い出」と「矛盾」と、両方別なんですけど、どっちも救われる要素というか。それで、「思い出」のほうがわかりやすいのかなと。だから「思い出すことは、人を思うこと」だということが、いま自分が言いたいことです。

(おわり)

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