ヒグチアイ「思い出すことは、人を思うこと」半生の全てをぶつけた魂の音楽
INTERVIEW

ヒグチアイ「思い出すことは、人を思うこと」半生の全てをぶつけた魂の音楽


記者:平吉賢治

撮影:

掲載:19年10月02日

読了時間:約14分

海外から寄せられる多数の反応

――「前線」はYouTubeのMV再生回数が伸びていて、海外からのコメントが多く見られますね。

 そのようなんです。言語が違うから何を書かれているのかわからなくて友達に教えてもらったんですけど、モメているものもあって。最初に「これは新しいジャンルだ」と言い始めた方がいて、「いや、これはJ-POPだ!」「いいや違う」とか。

――良い感じの議論ですね。

 だんだん口調が荒くなってきていたみたいですけど(笑)。

――ヒートアップしてきたのでしょうね(笑)。

 私は英語では歌詞を書かないで、使ってもアルファベットじゃなくカタカナとかなんですけど、何に反応したのでしょうね?

――個人的には、ヒグチアイさんの中にある感情が言葉の壁を超えて、歌声や音に乗ったからだと思います。

 そうだったらいいですよね…どういう風に反応してもらっているのかは、自分が信じられるところだったら音とか、声とか、そういうところなのかなと思います。

――海外に狙いを絞ったという意図があったわけではない?

 はい。そういうわけではありません。

――楽曲、歌から発せられる見えない何かが伝わっているのではないでしょうか。

 そうだったらいいなと思います。感覚的なところなんでしょうけど。「前線」は、言葉の意味合いの乗りかたが凄く似ている曲だと思います。暗い歌詞を書いて明るい曲にすることが多いんですけど、「前線」に限っては歌詞と曲の雰囲気がマッチしている曲でもあると思っています。それが伝わりやすいというのはあると思います。

――「前線」の最後の<自分だけの前線へ>という詞が染み込みました。

「一声讃歌」初回盤

 辞めていったシンガーソングライターがいっぱいいて、みんなそれぞれで頑張っていることも知っているんだけど、「何であのときに私はあんなにマウントを取られたんだろう?」とか、いまだに腹が立っていることとかがあって(笑)。それを出す必要がもうなくなっているような気がするんです。いま違う夢を追いかけているのなら、そこで新しい人生を歩んでほしいなと思っています。「ずっと腹が立っている」という感情と、「自分の人生と交わらないのであれば、その場所で頑張ってくれたらいいな」と。そういう2つの感情があるところが矛盾しているのかなとも思うんですけど。

――「怒り」と「応援」は矛盾といえばそうですが、それは人間らしさもあるし、相手を尊重する気持ちもあるかと。「どちらかでなければいけない」という葛藤もある?

 ずっと自分の考えを「決めなければいけない」と思っていたんです。許せないんだったら「許せない」、そっちで曲を書かなければいけないと思っていたんですけど…世の中の曲は、決めてくれている曲が多いと思うんです。

――先ほどのように、逆の感情が同居しているのではなく、白黒ハッキリとしている曲?

 自分がそれを聴いて頑張れる、ということもあると思うんですけど「実際みんな本当にそんなに強いのかな?」と思って。みんなそれぞれに矛盾があるなかで、それを歌ってくれている人はあまりいないんじゃないかと。それだったら、自分も凄く矛盾を感じているし、そろそろ受け入れようと思っているし、それを上手く曲にできたらと思い始めたのが今作からでもあります。でも、難しかったです…。

――非常に難しいことだと思います。そういう作品は少ないし、それは一回味わっただけではわからないことが多いかと。

 わかります。そうですよね。

――1回聴いて全体像はわからなくても“何か”が引っかかって、繰り返し聴いて理解や共感が生まれる作品というか。それは、難しいことを表現している作品の共通項とも思えるんです。それを今作から感じました。

 多分そうだと思います。「決めきる」ものが素敵だと思っていたのが1つ前のリード作だと思うので、今回はもうちょっと「本当のところ」みたいな。でも、2つのことが入ってくると曖昧になったりするので、そういうのを考える余裕や時間がある人が聴いて、何かに気づけるような人でないとわかってもらえないのかなと思いつつも、そこをメロディやアレンジで補填してもらうというか。

 もう一回聴きたくなれば、その歌詞に気づいてもらえるかもしれないから。それはアレンジでなんとかなるものじゃないかと思ったんです。そこは人に任せることにして、歌詞の部分をもっと自分に寄せるというか、そういうバランスを取りながら出来たアルバムかなと感じます。

――例えば、1回食べて美味しかったから「同じ美味しさ」を求めてもう一度食べる、ではなく、何度か食べると毎回色んな美味しさに気づけるというか。一回で「こういう美味しさだ」と言い切れない深い味わいだと感じます。

 わかります。それに気づいてもらえるというか、1回食べて「2回目にいこう」と思ってもらえるようなものを、いままでは作れていなかったのかなと思っていて。歌詞の感じは多分変わっていないんです。アレンジやメロディや、そういうところにちゃんと「もう一回食べたい」と思わせるものを入れてこれなかった気がしていて。今回は、それをもうちょっとわかりやすくと。それが今作のテーマに含まれています。「もう一回」という“おかわり”を人に求めてもらえるものを作るべきだなと。そうじゃないと流れていっちゃうというか…。

――現代では大量の作品で溢れているから、一度聴いて良さを理解できたら「次」となりがちかもしれません。

 サブスクもそうだけど、「また聴きたい」という曲になったらいいなと。MVはわかりやすいものが出来て良かったなと思います。

――アレンジやMVはポップに入ってくるけど、歌は「もう一回」という意欲が湧く部分がある人間の“矛盾”が収められているというか。あと、セルフライナーに「それ以上に正論が嫌い」とありましたね?

 ありますね(笑)。

――正論というのは、ある種の怖さを含んでいる部分もあるかなと。

 私もめっちゃ怖いんです。

――正論はある種の正解というか、それを人間の性質に当てはめるとまた難しいかと。

 自分に矛盾があるということを認めている人は凄く少ないというか。気づく時間があまりないような気がするんです。「あなた、こういう人だもんね」と言われちゃうというか。24歳くらいのときに、「あなた、おっとりしてるね」と言われたんです。自分がおっとりしているなんて思ったことがなくて。逆にもっとくっきりしている人間だと思っていたんです。そういう風に色んな人から言われ続けていて。「はっきりしてる」とか「しっかりしてる」とか。自分はそういう人間だし、そうなるべきだと思っていたんです。そこで「おっとりしてる」と言われた時に、「だからそこまで生き辛かったんだ」と思ったんです。

 20歳から24歳くらいまで凄くしんどかったんです。「人からこう言われるのに自分は何故できないんだろう」って。それで「おっとりしてる」と言われたときに、「だからできないことがいっぱいあったんだ!」と思ったし、自分が好きじゃないことがいっぱいあったんだと思って。そういう風に「言ってもらって気づける時」もあるし。そこから2つの軸みたいなものができ始めて、「1つにならなければいけない」ってみんな思っているのかなって。そうじゃないと社会の中で生きていけないのかなとも…「2つあっていいのに」と思うというか。それをわかっている人があまりいない気がするから、みんな苦しくなっちゃうのかなと思うんです。

――対人関係において、極端に違う普段見せない自分の面を見せると「あれ?」となりますよね。

 この間、友達からそういう相談を受けました。「自分はそういう人だと思われていないから言えない」と。それを言うと、「あなたはそういう人じゃなかったじゃない?」と言われちゃうというか。そういう苦しさみたいな。

――本当はそういう自分の面もあるのに「どうしちゃったの?」と。

 「自分にはそういう風に変わったところもある」というところをもう少し、他人は認めなくてもいいから、自分がそれを認めて、愛せなくても受け止めてあげられればいいのになって凄く思います。

――そういった想いも今作に落とし込まれていると感じます。

 気づいてもらえたらいいなという気持ちです。

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