LACCO TOWERが8月21日、ニューアルバム『変現自在』をリリース。メジャーデビューから4年、コンスタントに作品を発表し続けてきたバンドの今が表現された1枚。ボーカルの松川ケイスケ(Vo)はこの作品を「大人のロックバンドのひねり出した傑作」と表現する。大人とロックバンドという一見矛盾したこの言葉に秘められた意味とは。リード曲「若者」を中心に展開される新作について、松川と細川大介(Gt)に話を聞いた。【取材=小池直也】

タイトルは自分たちが投影されている言葉

『変現自在』ジャケ写

――制作はいつごろから?

細川大介 最初に作ったのは「夜明前」でした。制作が去年の10月、レコーディングしたのが12月くらい。僕らが応援している群馬のサッカーチーム「ザスパクサツ群馬」のアンセム(入場曲)を作るっていうお話しがあって、その時に作った曲が原型になっています。全体を作り上げるのに半年強かかりました。

松川ケイスケ アルバムの全体像が見えたのは全曲が完成してからじゃないですかね。全曲完成して「なんとなく、こんな感じになるかな」と。

細川大介 今回はコンスタントに録音していきましたね。「2月までに終える」とかではなくて、まずは10月から12月で3曲、12月から2月までに何曲作ろうというスタンスでした。そのなかで最終的に集まったのが4月くらいで。曲順よりもアルバムのタイトルが決まる方が早かったです。「『変現自在』だから、こういう順番にしたい」と話していました。

――曲順とタイトルに因果関係があるんですね。

松川ケイスケ 今回僕のなかにはありました。もともと前作『遥』もタイトル曲を中心に展開していきたかったので題名が決めたり。あと1曲目って聴く人にとっては最初の入口だと思っているので大事にしています。なのでジャケットとタイトルと1曲目はセットで考えることが多いですね。

――アートワークも松川さんとは知りませんでした。

松川ケイスケ 僕が担当しています。自分で手を動かすわけではないのですが、大体のディレクションをデザイナーさんに伝えてやりとりしていく感じです。

――なぜ『変現自在』と命名されたのですか。

松川ケイスケ 単純に僕らの作品ってコンセプトから作っていくことがあまりないんです。その時期の自分たちを表現できるものがアルバムなので、タイトルもその時期の僕らを表してきました。今回はこの言葉がバンドやスタッフを含めたチーム全員がなんとなく感じていることかなと。本当は「変幻自在」なんですけど、現在や現実、“うつつ”という意味の現になっています。

細川大介 タイトルは基本ケイスケが決めるんですけど、ぱっと見るよりも説明をしてもらった方がしっくりくるんですよ。今の自分たちがどこへ向かっていくか、という意思表示でもあるので。何年か後にタイトルだけを見返したときに「この時はこういう気持ちだったな」というのがわかるものになっていると思います。解散ギリギリになったら『解散前夜』みたいなものになるかもしれません(笑)。

松川ケイスケ それくらい今の自分たちが投影されている言葉なんです(笑)。

――曲のタイトルも漢字だからこそ、イメージが紐づけやすかったです。

松川ケイスケ 確かに僕も好きな楽曲でも名前がぜんぜん覚えられないんですよ。「あの曲だ」って聴けばわかるんですけどね。個人的に好きな椎名林檎さんの「目抜き通り」もなぜか「昭和通り」と勘違いしてましたから(笑)。

――こだわりの1曲目は「若者」になっていました。

松川ケイスケ バンドは生き物なので、年齢を重ねると変わっていくこともあるんです。muccの逹瑯さんのラジオでも話していたんですけど、年寄りが言う「若者」って説教くさい感じがしてセンシティブな言葉だなと。でもそういうことを言うつもりはないんです。

 僕らが歩いてきた道程でいわゆる「若者」という時代があって、今はその時にあった何とも言えぬ反骨心や「何かになりたい」という気持ちが落ち着いてくる年齢。それは僕たちだけじゃなくて、会社に勤めていたりしてもそうだと思うんです。そこでは“これだ”と思って見つけた道に着地することもあれば、一方で選択肢がなくなって着地せざるを得ない場所がありますね。

 でも僕らみたいに無から有を生み出す活動をしている者にとって、後者の場所に落ち着くのは違う様な気がするんですよ。作品的にも活動的にも。もう1回「若いときに思ってた気持ちってなんだろう?」と本質的にそれを表現した曲を作りたかったんです。最初は違う曲が1曲目でしたが、メンバーと話し合ってこの曲になりました。結果、アルバムタイトルとも親和性を持つことができました。

――細川さんは自分のことを若者だと思いますか?

細川大介 思ってないです。やりたいことも、やってることも中学校の頃から変わってないと思うんですよ。でも大人になったなと感じるのは若者に腹が立つことが増えた気がすること。コンビニでも態度の悪い店員さんに対してカチンときたりするんです。ちょっとしたことなんですけどね。「きっと若い時の自分はこんな感じだったんだろうな」と思うんです。

 逆に音楽をやっている時は中学校のときとまったく同じ気持ちに近いと思います。昔よりも丁寧に生きるようになったので、なるべく変に見られないように気を付けていて。そういうときに歳を重ねたことを実感します。

――松川さんのアルバムへのコメントに“大人のロックバンドがひねり出した傑作”という言葉がありましたが<大人の/ロックバンド>って倒錯的な言葉ですよね。

松川ケイスケ 先ほどの大介の発言は自分にも同じ部分があると思いました。ワガママであるべきところは絶対に必要なんだけど、時に妥協をしてしまうというのは、決して空気を読む大人になったというわけじゃないんです。自分が本当に貫き通したいものを貫くために「そこに関してはどうでもいいよ」と思っていくことは、ある意味で若いし、ある意味で大人な発想だなと。それが共存できている状態な気がしているんです。

 大介も自分のやっていること以外はどうでもいいからこそ、腹が立つのかもしれませんね。逆に何かに真摯に取り組んでいればいるほど、他がどうでもよくなることもあると思うんです。僕も必要以上に腹が立つこともあるんですけど、一度冷静になって考えてみると「そんなことどうでもいいか。俺のやりたいことではないし」と思えるとまた変わってくる。

 その芯がある、ということが大事なんですよね。若い時は激情型なんですけど、それよりは同じ熱のまま奥に引っ込む感じというか。それができるようになったということが「大人のロックバンド」ということなのかな、と。

細川大介 若い時の何も考えてない、エモーショナルな感じって今の年齢では絶対出せないと思うんです。あの時は守るものもなかったし、自分の好きなことだけをやっていればよかったから。でも確かに激情的には負けてるかもしれませんが、年齢とともに積み上げた経験などが今の音楽にはあるんですよ。そこは年齢相応の音楽になってきていると思います。

――細川さんの守るものとは一体なんでしょう。

細川大介 例えば音楽家としてどう見られるか、という部分に僕はとても気を遣っています。メジャーというフィールドで戦っていて、自分の理想像に向けて真面目になってきてるんですよね。怒りたいけど怒らない、というのもそう。ちょっとしたことで怒っているところを見せたらファンの人は幻滅するし、アーティストとして守っているところがあるんです。

 あと1番は長く音楽を続けていくためにどうしたらいいか、ということですね。このメンバーでどれだけ音楽をやっていけるのかと考えると、昔だったらAをしていたけど、今はBを選ぶということもあります。

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