音楽家の大友良英が7月24日、『大河ドラマ「いだてん」オリジナル・サウンドトラック 後編』、『GEKIBAN 2~大友良英サウンドトラックアーカイブス~』をリリースした。即興演奏やノイズのアーティストとして世界的に活躍する一方で、1993年の中国映画『青い凧』を皮切りに劇伴作曲家としても活動。NHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』や、大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』の劇伴も手がける。世代性別を問わず視聴者を惹きつけるドラマの音楽を作曲する上で見えて来たものとは。『いだてん』の劇伴制作のエピソードなどから彼の考える劇伴について聞いた。【取材=榑林史章】

『いだてん』のテーマ曲は300人が参加

『大河ドラマ「いだてん」オリジナル・サウンドトラック 後編』ジャケ写

――NHK『いだてん~東京オリムピック噺~』は1964年の東京オリンピックがテーマになっているわけですが、大友さんは当時の東京オリンピックを覚えていますか?

 前の東京オリンピックのとき僕は6歳で、テレビで観ていたのを覚えていますよ。女子体操選手のチャフラフスカが表彰台で泣いているのを見て、「何でこの人は勝ったのに泣いているんだろう?」って思ったことを覚えています(笑)。陸上選手のアベベは日本中で話題になったし。

――裸足のアベベですよね。

 そうそう。オリンピックの盛り上げイベントみたいなものに幼稚園で参加して、みんなで風船を持って行進しました。最後に風船を放すんだけど、僕は風船を放さずそのまま家まで持って帰って、先生に怒られたというのが、もっとも古い思い出です(笑)。それにオリンピックの記念コインが発売されて、100円だったかな? 持っていましたよ。

――今でも持っていますか?

 とっくにないです。小学校6年生くらいから自分でレコードを買うようになって、コインも当然レコード代に消えました(笑)。その程度ですよ、東京オリンピックの思い出は。そもそもスポーツが苦手だし、オリンピックそのものに興味を持っていませんでした。

――そんな大友さんのところに、『いだてん~東京オリムピック噺~』の劇伴の話がきたわけですけど。

 そうなんですよね。だから最初に話を聞いたときは、クエスチョンマークでした。そもそも大河ドラマと聞いていたから、時代ものだと思っていて、オリンピックだとは想像もしてなかったから。それでディレクターの井上剛さんから話を聞くと、最初は20世紀の戦争を描こうと思っていたそうで、でもそれをストレートに描くよりは光と影みたいに当時のオリンピックを描くことで見えてくるものがあるんじゃないかと。実際にオリンピックも清く正しいばかりではなく、どんどん政治にまみれていくし。今の自分に繋がる歴史を描いていくドラマだと考えたら、やれるかもと思いました。

――『いだてん~東京オリムピック噺~』は、原作がないオリジナル作品で、宮藤官九郎さんが脚本を手がけています。作曲する際には、どういうものを参考資料にしたのでしょうか?

 初回の録音は昨年8月だったんですけど、最初は基本的に台本と撮影現場の様子を見ながらでした。現場を見て、「こういう感じか」と。映像を見ながら作れるようになったのは、本当に最近です。今は最終回に向けての曲を作っているんだけど、そこはまだ撮影が終わっていないから、今まで収録した映像を元にイメージを膨らませて作って行っています。

――映画との違いはありますか?

 映画音楽はだいたい映像が全部できてから作るので、映画とは逆ですね。テレビドラマは、もともと映像より前に音楽を作ることが多いものですけど、それは1クール分をまとめてレコーディングして終わりなんです。でも『いだてん』は4クールあるので、1クール作って、それを見て次のクールの音楽を作ってという流れで。物語が進むのと同時進行でずっと音楽も作っているから、通常のドラマよりもコラボレーション感があって、そこがすごく面白いです。

――物語が進みながら、より音楽と映像のマッチ感が増していく。

 これだけ長い時間かける作品だからこそ、感じられることです。最初に話がきたのは2017年なので、それから考えるとすごく長い時間かけています。普通の劇伴で、こんなに時間をかけることはまずない。その分じっくり作ることができるので、作曲家としてはすごくやりがいがあります。

――最初に『いだてん』のテーマ曲を作ったときは、どういうものをイメージして作られたんですか? シーンやキャラクターなどですか?

 今回の物語は、嘉納治五郎さんや金栗四三さんら2、3人が物語のメインになっていた時代から、東京オリンピックという国民的行事になっていきます。音楽で言うと、インディーズの超マイナーだったアーティストが、国民的になるみたいなもので。だから音楽も最初は2、3人の演奏で始まって、最後には何千人になるみたいなものにしたいと思いました。何千人はムリでしたけど、それでも300人に参加してもらいました。

――300人ってすごいですね。

 参考にしたのはブラジルのサンバで、サンバは声と太鼓のアンサンブルですから、何十人でも何千人でも演奏できるんです。ただサンバをそのままやるのではないけど、最後の<ラーラララー>という声だけでも150人に歌ってもらいました。これは合唱団とかではなく、その場にいたスタッフや演奏を終えたミュージシャンなど、歌の素人の方にお願いして歌ってもらいました。合唱団でやったらきれいすぎて、あんなに面白くはならなかったと思います。やっぱり素人が、大人数で歌うと面白くなるんです。

――脚本の宮藤官九郎さんは音楽活動もやられています。音楽に対して注文があったりしますか。

 全くないです。実は、宮藤さんとは一度も話をしていない。『あまちゃん』のときも、「潮騒のメモリー」をどういう曲にするか相談はしたけどその一回だけで、宮藤さんとは話さないようにしています。と言うのは、ドラマをまとめるのは監督で、『いだてん』なら演出の井上剛さんです。井上さんと宮藤さんの両方と話してしまうと、違う意見が出た場合に船頭が二人いることになってしまう。だからすべて井上さんと話すようにしています。監督がどうしたいかがすべてで、これはドラマ界のマナーと言うか、もっと言えば監督がいる現場に参加するときに自分に課していると言ってもいい重要なことだと私は思っています。

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