今年12月にデビュー20周年を迎える歌手のおおい大輔が6月26日、13枚目のシングル「春な女(ヤツ)」を発売した。おおい大輔は天童よしみのスタッフを14年間務めたのち、シングル「風にまかせて」でデビュー。今作「春な女」は作詞に水木れいじ、作曲に中村泰士という珍しい組み合わせによるニュー演歌と呼べる作品に仕上がった。インタビューではこの20年間を振り返ってもらい、さらに天童よしみのスタッフ時代のエピソードや、「春な女」の制作背景まで多岐にわたり話を聞いた。【取材=村上順一/撮影=木村陽仁】

何でもやった天童よしみのスタッフ時代

おおい大輔

――この20年間を振り返っていかがでしょうか。

 ドタバタしながらというか、あっという間でした。

――天童よしみさんのスタッフとしての14年間の方が長かったのでしょうか。

 その14年も早く感じましたね。天童さんは楽しい人なので、旅行気分で一緒に仕事してる感じもあったんです。

――その時期を入れるとこの世界に入って34年ということになりますね。歌手としての20年で印象的だったことは?

 そうなんです。飛び込んだのが20歳くらいのときだったので。天童さんに付いている時代は、こういった取材でも常に側にいたんです。それがこうして聞かれる側に立つと全然違う風に変わるんです。スタッフとしての立場が歌手となって、それに最初は戸惑ったというか…「全然違う!」って(笑)。

――それは大きな変化ですよね。コンサートの変化はありましたか。

 最初は余裕がなくてひたすら一生懸命だったんですけど、20年が経ってちょっと気分的に余裕も出てきました。今、楽しいですね。昔は楽しさよりも緊張感・不安感の方が大きくて。

――そういった心境が大きく変化した時期は?

 3年前に腸に穴が空く病気になりまして手術したんですけど、そのときに「このまま歌えなくなるかもしれん」という気持ちになってしまって...。だからまた歌えるようになったときにありがたみを感じて、そこで変わりました。「歌えて嬉しい」というのが前に出るんです。そこから歌がお客さんによく通じるようになったというか。

――何でも腸に3つ、4つ穴が開いていたそうで。全然気付かなかったそうですね?

 内臓脂肪が穴を塞いでくれてたんですよ。脂肪もわりと役に立つんだなと思いました(笑)。

――天童よしみさんのスタッフをされていたときは、主にどういったことをされていたのでしょうか?

 最初の頃は天童さん、天童さんのお母さん、僕の3人でまわっていたんです。そのときはスタッフが僕しかいないから、運転もして荷物も持って、音響の仕事もしたり。

――音響もやっていたのですね。

 その頃はカセットテープだったから、カラオケのテープを音響機材のところに持って行って、もっとボリュームをこう、とか。その頃の経験が勉強になっているので、今ステージでハウリングしたりすると「今の音域は1kHzくらいやな…」とか、それくらいわかるんですよ。でも「1kHzのところちょっと下げてください」と言ってしまうと生意気になっちゃうから「すいません、ハウリングが…」とフワッと伝えて(笑)。

――歌唱以外の技術や能力も上がったのですね。スタッフ経験で印象的だったことは?

 僕が音響さんのところにご挨拶行くと、そのまま僕がオペレーションをすると思って音響の方がどっか行っちゃうんですよ。僕はただカセット掛けにきただけなのにどうしようって。そうしたら司会の方が喋りだして「これ、僕やらなアカンやん!」となって。

――でも、対応できてしまう。

 音響の方が何の説明もないまま行ってしまったからミキサーみて「どれや? どれや!」って。もう必死でした。天童さん歌っている最中、音量とかきっとフワフワしてたと思うんですよ。僕が試しながらミキサーを色々とイジってたから(笑)。「リバーブどれや!」とか。そういうのが何度もありました。

――もはや普通にPAできそうですね(笑)。

 やれって言われたら、簡単なのだったら今ならできるかもしれませんね。本番で経験したので。天童さんが「マイクの音量上げて」というサインを歌唱中に出したりするんですけど、ややこしい動きをするときがあるんです。「それ何? サイン?」って焦りますけど。振り付けの一部なのか、PAへの合図なのかわからないときがけっこうありました(笑)。

――そういうときどうするのですか?

 とりあえずちょっと上げてみますね(笑)。照明を僕が担当するときもありました。まあ適当にやってましたけど。僕の場合ショーが1時間とかになってくると、集中力が途切れるんです。ある時、よそ見をしていたらピンスポットの照明のなかに天童さんがいないときがあって...。「天童さんいない!」って焦って。さすがだなと思ったのは天童さん自分で照明のなかに戻ってくるんです(笑)。

――終わった後、怒られたりしませんでしたか?

 「お前、よそ見してコーヒー牛乳飲んでたやろ!」って。天童さん目がすごく良いんですよ(笑)。あと司会の方がいないときは僕がマイクで「それでは! お待たせしました!」と影アナみたいなこともやりましたし。あと、会館のブザーが壊れて鳴らないときがあったんですよ。そのときは電気シェーバーをマイクに向けてスイッチ入れたら「ブーン」って、それっぽい音が鳴るんですよ。

――機転がきいてますね(笑)。

 たぶんお客さん気付かなかったと思います(笑)。他にも五寸釘を使ってチャンチキやったり、銀テープの特殊効果もやりました。ドライアイスとかも具合が難しいんですよ、天童さんが見えなくなるくらいやっちゃって。「死ぬやんけ!」って言われましたけど(笑)。

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