文学を愛する一面

――中野さん、アーティスティックですね。ミュージシャンの方とお話しているような感覚です。

 そうかな? 僕は、よく詩も絵も描くし、音楽もやっていたから、そういうことも好きですけどね、でも俳優もそういうところはあると思いますよ。

――芸術的発想を感じるんですけど、唐突ですが「演じる」ということはどういうことですか?

 どういう角度から話しましょうか? 物事って多面体なんですよ。本当に複雑な角度を持っている結晶みたいなもので、それは僕に限らずみんなそうだと思う。それ自体がエネルギーみたいなものだから。

――そこまで見られていない人もなかにはいるような…。

 それは絶対に見ていると思いますよ。なかでも、お客さんは絶対に見てます。気づいていないし、口にしていないかもしれないけど、長いスパンのなかでそれを感じて、選択していると思う。この人のファンになるとか、この作品が好きになるとかというのは。

――それまでの人生経験が無意識に働いて?

 そう。実感はないとは思うけど、経験で得たいろんなセンサーが無意識に読み取って選択している。その都度、自分に合ったものを選択していると思う。だから僕らにとっては、ごまかせない一番の存在ですよね。それは目が肥えた人だからとか、そういうのは関係なく。みなさん。

――舞台の場合は目の前にお客さんがいるので、反応はリアルに感じられますけど、テレビの場合は画面越しなので、また勝手が違うわけで。そのなかで演じ方は違いますか?

 意識面でも違うし、テクニカルな面でも違いますね。ただ、そういうテクニカルなところは企業秘密にしてもいいですか?(笑) 若手の俳優さんとかだったら教えてもいいけど、3時間でも足りない、一晩でも話せます(笑)

――それだけの時間をかけないといけないぐらい“質量”の濃いものなんですね。

 俳優に限らずプロの方みなさん、そうじゃないですか? 例えば、野球選手は一打席のために鬼のような準備をされているわけだし、どういう気持ちで打席に立っているのか、どういうアプローチで毎球毎球受けているのかとか。そういう質問には、たぶん腰のひねりとかの技術的なこととか、精神的な部分、変化球にどう対処するとか、1球目をあえて見ることもあれば打つこともあったりとか、たくさんあると思う。お医者さんにはお医者さんの考え方があると思うし、「どうやって患者さんと接してしますか?」と質問されたら、ざっくり「患者さんの身に寄り添って」としか言えないですよね。

――見えているものは一部ということですね。

 そうそう。

詩から始まる芸術

――先ほど、音楽をやっておられたという話がありましたが、どういうことをなさっていたんですか?

 僕は詩を書いて歌っていましたね。ラップもやっていたり、メジャーでやっていたわけではないんだけど。僕の弟が作曲家でピアニスト(中野公揮)、いまパリで活動していて。パリのレーベル、ノー・フォーマからCDを出しています。クラシックベースのコンテンポラリーな音楽をやっていて。弟と一緒に、以前はバンド(Gas Law)を組んでいて、本当にオルタナというかそういう音楽をしていました。弟が和声などで培った作曲法にノイズを入れたり、ギターやドラムのビートを加えて、それに詞を書いて歌う、ラップもするという感じで。他の人から頼まれて、詩を書いて、ラップをすることもあったし。4、5年前までやっていました。

――詩も書かれるということですが。

 詩は昔から好きで、英語でも日本語でもよく書くし。いまだにいろいろなプロジェクトをやっていて、僕の言葉から始まるような、例えば、写真のストーリーを作るときに一つ詩を書いたりとか、ショートフィルムを撮ろうとしたときに詩を書いて、そこから広げたり、そういうことはよくやっています。

――今後はいかがですか? 活動の展望は?

 先の事を計画したりはしないですね。行き当たりばったり。本当に流れに身を任せている感じです。人生においては何も無駄にならないですしね。どんな仕事をしていても生きていることには変わりはない。そういう感覚は死ぬまでは続くわけだし。

――最後に視聴者にメッセージをお願いします。

 シーズン3まで『ゼロ係』的なバランスをとって、それが成立しているエンターテインメントだからシーズン4もあるわけなんですけど、今回から新しい風、謎みたいなものが加わって、また新たなバランスのとり方になると思う。神沼という役柄の特殊性が、その要因にもなると思います。それがちゃんと成立して一つのエンターテインメントとして見てもらえたら嬉しいですね。

中野裕太

中野裕太

(おわり)

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