アニソンシンガーからヒップホップミュージシャンに転身した大木貢祐。こよなく愛するのは哲学。それが音楽に反映されていることから“哲学ラップ”とも言われている。もともと塾の講師をおこなっていた大木だが、あるオーディションがきっかけで音楽の道へ。伝わらないことへの空虚さを埋めるために、制約のない自由に表現できるラップを選んだ。未完の成熟――。大木貢祐という男はどのような人物なのか。インタビューで考えの根幹に触れた気がした。【取材・撮影=木村陽仁】

求めていた「伝えるということの自由度」

――新曲「muffin」はかなりカッコよく仕上がっていますね。トラックはご自身で?

 元SOUL'd OUTのShinnosukeさんに作ってもらって、相談しながら歌詞など自分で作りました。

――ヒップホップはもともと言葉数が多い印象ですが、大木さんのスタイルはまくしたてるようなタイプではありますよね。

 そうですね。短い言葉で言うのが難しくて。やっぱりたくさん喋らせてほしいというのがあって(笑)。だからラップの方が合うなと。

――YouTubeなどでは26歳の頃の動画がありますが、なぜ音楽の道に?

 職場に行くのがめちゃくちゃ嫌で(笑)。同じことを繰り返すのが本当に嫌になって。だいたい自分の中で見えてくるじゃないですか? このさき結婚して、この職場だったらこうなっていって…というのが。だから「本当にもう行きたくないな~」と思って。(笑)

――それは講師をやっている頃?

 塾の先生をやっている頃ですね。子供達に何かを教えるのは好きなんですけど…。音楽をやろうとなったのはどちらかというと、消極的な理由だと思います。オーディションにまさか自分が通ると思っていなかったし、友達と適当に応募した動画がきっかけなので。アニメとかも好きだけど、ジャンルに対してのこだわりがあったわけではなくて。

 僕自身に伝えたいこと、言いたいことがはっきりしない空虚みたいなのがあって、考えや想いを短い言葉で的確に捉えることは難しいと思うんですよ。というか、ほとんどの人ができているとは思えないんです。その空虚のまわりをグルグルとしていたときに「たくさん喋らせてほしいな」と思って。ラップはそこに合うじゃないですか? そこにメロディの制約もないし。決まった音階に当てて歌うとか。もう少し自由がほしいなと思って。

――伝えるということの自由度がほしかった?

 そうですね。言葉も自由に言いたいし、メロディもその時々で違ってもいい。そうなると、トラックだけあった方がいいのではないか、そう思いました。

――伝える手段としては、音楽だけじゃなく文章など他にもたくさんありますよね?

 正直な話、特に手段は何でも良くて。音楽を選んだのはそこそこ歌えたからという感じでしょうか。

――ヒップホップでどういうことを伝えていますか? 「muffin」という曲の歌詞には「9・11」を思わせる内容もありますが。

 「9・11」については関連性としてはその通りです。イスラム国のようなテロ勢力と資本主義陣営の戦いで最近思うのは、テロの標的となるのが、みんなが幸せだと思う象徴的な場所になっている気がします。「幸せ」イコール、豊かさですよね。テロ組織はおそらく、どこに照準を絞っていいのかわからなくなっているような状況になっていて、だからそういう富のシンボル的なところを狙っているのではないかと。

 ところで2008年のリーマンショックは、アメリカ政府が金銭的支援を決めて何とか持ち直したけどあれで見えたものがありました。ネオリベラリズムはそもそも市場を主体とする考えだから、本当なら政府は小さくなっていかないといけない。でも、お役所的な面倒くささ全開の手続きに代表されるような官僚制と資本主義は手を結んでいたんだなということが見えて。それに対する僕の鬱々とした気持ちというのがあって。歌詞にところどころ英語を使っているけど、それは、2003年のイラク戦争についてウィキリークスが流したある動画から引用しているんです。つながりを気にせず断片的に話しましたけど、歌詞の1つの側面にはそういう思いがあります。

――その話を聞いて面白いと思うのが、歌詞だけではなく、ブラックミュージックであるヒップホップにストリングスを入れている点。この組み合わせは普通なら違和感はないけど、その話を聞くと大木さんの意図や違和感を感じるというか。

 そういうアンバランスさが出ているのだったら嬉しいです。そういう違和感のようなものは大事にしているので。

大木貢祐

大木貢祐

――それと歓声のような声がいくつも重なっている音がありますよね?

 観衆の「ワー」みたいな音かな? 「デモの音にしてほしい」とオーダーした音はあります。

――そうした解説によって、「これはこういう意味があるのかな?」とどんどん広がっていく。そういう仕掛けが多いですよね?

 そういうのは狙っていますね。哲学的な観点で言うと、デリダ的(仏哲学者=ジャック・デリダ)な捉え方。デリダが注目した「エクリチュール」というものがあって、それはどんどんズレていくという現象。読んだ人が解釈して、それを伝えて、引用されて、誰かが違う意味で使ったりして、どんどん意味がズレていくというのはあります。そういうのが嬉しいというか、デリダ的な聴き方というか。

――1回聴いたものがどんどん変わっていく可能性がある?

 そうじゃないですか? それこそラップには韻を踏むというのがありますから。そのときに出てくる連想された言葉がいっぱいある。特段、ひとつの聴き方、意味に捉えるのではなくて、言い間違えに代表される精神分析みたいなところもあって、聴く人の色んな思いの連鎖をもって楽しんでくれたら単純にそれで良い。なので、ここから僕のメッセージを読み取ってくれというのはそんなにないです

――複数の人だけではなく、一人だけでもいろんな解釈ができるように言葉を選んでいる?

 そうですね。そんなふうに断片の寄せ集めにしてあります。何か特定のストーリーでまとめ過ぎないようにしているという感じです。

――それは面白いですね。言葉とメロディ、リズムの相性はあると思うんです。これだけ言葉の数が多いと作るとき大変では?

 意外にそうでもなかったですね。こういう感じでも良ければいくらでも出てくるんです。違うものを作る機会があったら、もうちょっとわかりやすいものにしたいなというのもあって。今回はやり過ぎて訳が分からないと思って(苦笑)。これはこれで好きなんですけど、もうちょっと潜ませる感じでやりたいなと思っていて。

――聴くぶんには楽しいですよ。言葉の言い回しも面白いし。先ほど資本主義や「9・11」の話もありましたが、何かテーマをもって書こうと思った?

 一番の元になった動画みたいなのがあって。簡単に言うと、ウィキリークスの創設者ジュリアン・アサンジとスロヴェニアの哲学者スラヴォイ・ジジェクが、ある番組で対談しているんですけど、そこでジジェクがアサンジを評して「ルールの破り方自体を破った」ということを発言しているんですよ。その言葉を題材にして曲を作ろうと思いました。今はちょっとこの話は忖度しないといけなくなりましたけど(笑)

――それはアサンジが逮捕された容疑が容疑だったから?

 そうなんです。それは僕に限らず、メディアも世間から叩かれるのではないか、と忖度して、彼の今までの功績には触れようとしていない。擁護していると思われたらいけない、と思っているから。

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