ミュージシャンのナカコーことKoji Nakamuraが6月26日、アルバム『Epitaph』をリリース。本作はナカコーのソロ作品のプレイリスト『Epitaph』をCDとしてパッケージ。ロックバンド・スーパーカーのフロントマンとして90年代から第一線で活躍。スーパーカー解散後、「iLL」、「Nyantora」、「LAMA」として様々なプロジェクトで現在も精力的に活動している。2017年4月にスタートした“Epitaph”プロジェクトは、CDやダウンロードを想定せず、ストリーミングのみをターゲットとし、プレイリストは新作でありながら彼の気分でそこに収められている曲、バージョン、曲順が変化していた。1カ月に1度2、3曲がアップロードされており、DAW+アクセスモデル時代の新しい表現へのトライとして注目されている。シーンで挑戦を続ける彼に、本作リリースまでの軌跡からリスニング環境の移り変わり、音楽の源流となる概念など、深く語ってもらった。【取材=平吉賢治】

音楽の定型的な型から離れたいという思い

『Epitaph』ジャケ写

――今作『Epitaph』は、「ゼロ」から音を構築されているという印象を受けました。

 作品を作っていくなかで、ある種の定型的な型というものがあるじゃないですか? ああいうのから離れたいというのがずっとありましたし、なるべく音楽としてもっと自由な制作をしたいという想いがあって。アンビエントというくくりで考えていたわけではないですけど、単純にそういった音楽はある種の自由度が高いということが多々あるので、こういった世界、いわゆる歌がある世界にもっていくというのはやってみたないと思っていたんです。

――『Epitaph』は「過去の引用がされていない音楽」という角度から聴くと、どこから作り始めたらこうなるのかという驚きもあります。

 そうですね。「どこから」というのはかなり難しくて。今作に関しては背景で鳴っているような音にメロディを乗せて、後からコード進行を足したりとか、後から楽曲として聴こえるように組み上げていくというのが多くて。今ここにいる空間だとしたら、タイピングの音が聴こえますよね? それ聴きながら歌を乗せていくという。

――電車の中で『Epitaph』を聴いていたら、周囲の雑音や電車の音、乗客の会話なども音楽に馴染むように響くんです。

 うん。それはけっこう多々ありますね。普通に生活していても生活音が音楽として聴こえる瞬間もあるので。そういう経験をいつか作品にしたいなと思っていて。音って常に鳴っているので、そこからそれが音楽として結び付くというのは自分にとっては自然なことだから。アンビエントって、ブライアン・イーノとかが最初に特化してわかりやすく言葉で説明したけど、それを実感するというのはなかなか理解してもらえない部分もあるし…なにかしらそういう経験を「アンビエントだ」と捉えないまま多分みんな生活していると思うし。

――音楽の定型的な型から離れた制作をしようと思ったのはなぜでしょうか?

 今音楽って大量にあるから、個人的にはその世界にあまり興味がないというのもあるし、自分が聴いていると辛くなってくることが多過ぎて…もちろんそういう制作をしている人の気持ちもわかるし、基本的にそれがマーケットとして回っていくことは凄く良いことだと思います。ただ、そうじゃない世界というのがあるし、それをもう一回見ようというのが今必要だと、自分でもやってみようかなと思って。

――「そうじゃない世界」の音楽は、どこかマニアックと捉えられがちかもしれないのですが、今作はポップにも感じます。

 前のアルバムを出してからの時間の流れで、そんなに世の中って変わっていない風なんですけど、SNSとかYouTubeとか個人が発信することが可能になってきている世の中が更にエスカレートするというのは、「マニアックだ」と言われる時代とはまるで違ってくるというか。特化したあるマニアックなものが同士で繋がれる時代だから。前のような仕組みで商業作品が売れていくというようにはちょっとならないと思っていて。

 極端な例で言うと、大量宣伝して売るというやり方は、それはそれで残るんだろうけど、ある一つの手法というだけに落とし込まれて、僕はだんだんメインではないかなという気はしてきています。小さなコミュニティが強固であれば、これからの社会ではそこからヒットしていく、そのヒットも少し離れると、ヒットしているのかも見えないというような時代になってくるというか。それが何を意味するかというと、金太郎飴のようにどこを切っても同じみたいな音楽だとちょっと無理というか。それぞれの個性が出ていないとなりえないという感じはしますけどね。

――作品として長く残り続けるには、そういった音楽の作り方だと難しくなってくるのでしょうか。

 海外のヒットソングとかは個性的になってきているなとちょっと思っていて。何でこれをやるんだろうなと思ったときに、他と違うから、それを意識して、凄くヒットしている人達が保守的にならずに好きな表現をやっているというのは伝わってくる。若いお客さんとかはそれをマニアックと思わずに受け入れている人が多いと思うから、ちょっと前とは全然違う…20代の人とかはもっと如実に感じているんじゃないかな。

――良い音楽はすぐに受け入れられる時代、という風になってきているのでしょうか?

 うん。良ければいいと思うんですよね。昔だったら周りの共同体、「クラスの友達と合わせなきゃ」というのがあったと思うんだけど、そこはそこで合わせて、SNSではSNSの友達と繋がって、自分の好きなものを分離できるんじゃないかな? 今は好きなものと繋がれる方法がいっぱいあるから。ユーチューバーは知らなければ知らないわけだけど、知って面白ければ好きになるし。10年前、20年前とは違うし、下手をしたら5年前とも違うかもしれない。この先また面白いんじゃないかなって。

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