小林克也がMCを務めるBS朝日『ベストヒットUSA』。5月31日放送回では、来年デビュ−40周年を迎えるシンガーのシーナ・イーストンが登場。一世を風靡した80年代を振り返りる。心に秘めた意外な真実とは。

デビューの時期は楽しかったことは一度もない

シーナ・イーストン

――来年デビュー40周年を迎えられますが、振り返っていかがですか?

 飛ぶように40年過ぎてしまったわ。5年くらいのような気がする。だけど、同時にすごく豊かな思い出もあって、それを思うと40年なんだと実感するわ。40年に渡るツアーやレコーディング、パフォーマンス…こんなに長くやってこられたことに、とても感謝してるの。だって1、2曲のヒットを飛ばして消えてしまうアーティストがたくさんいるんだもの。私はいつも長いキャリアを目標にやってきたし、実際そうなって嬉しく思っているわ。

――80年代には何度かベストヒットUSAのスタジオにも来ていただきました。デビューした80年代当時は、音楽界がどんな様子でしたか?

 デビューの時期はクレイジーだった。すべてが爆発して、彗星とか流れ星に乗っているような感じね。私はしがみついていただけだけど、よかったのはそれが若い時に起きたということかしら。大胆で、自信があって、チャレンジ精神旺盛な時よ。今じゃなくて、当時に起きてよかったと思う。

――振り返ってみて、80年代の音楽界をどう定義しますか?

 これまでも私より賢い人たちが、80年代を定義しようとしてきたと思うけど…そうね、、、いろんな影響が入り乱れていたわ。とにかくエネルギッシュで、テクノが生まれた時代だった。みんなが、電子ドラムなどあらゆる電子音に夢中になった時代。最近の曲を聴くと興味深いわ。私には20代の子供が2人いて、最新の音楽だと言っていろいろ聴かせてくれるんだけど、“やだ! 昔の曲のサンプリングじゃない!” って思うときもあるのよ。古いものがまた流行っているのよね。80年代は確実にテクノの10年だったと思う。

――80年代にはMTVが生まれ、ミュージックビデオの時代でした。自分のビデオを作っているとき、どのように感じていましたか?

 実は、ビデオ制作はずっと苦手だったの。楽しかったことは一度もない。私にとっては、避けがたい苦労といった感じ。でも、いろんなテレビ局でかけてもらうためには、ビデオを作らなければならなかった。ディレクターによっては…レイヤーを重ねるような感じでビデオを作っていたわ。きっちりとしたビジョンをもっている人もたくさんいたわね。

 ただ正直に言うけど、私は本当にビデオが得意じゃなかった。今振り返ると、何を考えていたのかしら? って思うビデオもあるくらいよ。なんでこんなことしたのかしら? って。とにかく私のビデオは、私のもっともいい時代の代表ではないの。やりたいことでもなかった。ビデオを作らなくていい時はとてもうれしかったわ。ま、そういうことよ。あれは苦手なの。

――ただそんなビデオの時代は、あなたの黄金時代でもありましたよね?

 そうね。だけどミュージックビデオで知られているアーティストがいればライブで知られているアーティストだっている。私は後者だったと思っているの。私はビデオよりむしろ、音楽だけに集中する方が得意だった。私の強みはそこじゃなかったってことよ。

――80年代は、とにかくライブだった、と?

 そうよ。ノンストップだった。アルバムができるとツアーで世界中を回ったわ。それが私の得意なことだったんだから。

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