ヴァイオリン(TAIRIKU・KENTA)とピアノ(SUGURU)のインストゥルメンタル・ユニットのTSUKEMENが11thアルバム『時を超える絆』を発表した。昨年活動10周年を迎えた彼らが様々な「絆」に支えられた事を改めて実感。その思いを「音」で表現した。その起点になった表題曲「時を超える絆」を始め、彼らのゆかりの地・長野県上田市にちなんだ「真田組曲」や互いに宛てた曲、アヴィーチーの「WAITING FOR LOVE」など多彩な“音色”を収めた。10周年を機に様々なジャンルとのコラボを積極的に展開。そのなかで新たな気づきがあった。いわば転機とも言えるなかで得たものは今作にどう表れているのか。【取材・撮影=木村陽仁】

『時を超える絆』収録曲

01.時を超える絆(オリジナル合唱曲:作詞さだまさし、作曲TSUKEMEN、編曲上田真樹)
02.WAITING FOR LOVE(EDMカバー:アヴィーチー)
03.I WANT YOU BACK(SOULカバー:ジャクソン5)
04.CHANGE THE WORLD(POPSカバー:エリック・クラプトン)
真田組曲(オリジナル組曲)
05.第一楽章 ~群雄割拠~(作曲TAIRIKU)
06.第二楽章 ~青い炎~(作曲KENTA)
07.第三楽章 ~疾風迅雷~(作曲SUGURU)
08.旋律の彼方へ(オリジナル:作曲SUGURU&KENTA)
09.ベストフレンド(オリジナル:作曲TAIRIKU&KENTA)
10.月光(CLASSICカバー:ベートーヴェン)
11.上を向いて歩こう(POPSカバー:中村八大)
12.LOVE YOU(オリジナル:作曲TAIRIKU&SUGURU)

コラボで広がった表現方法、視覚との組み合わせで感じたもの

KENTA

KENTA

――今作のテーマは?

SUGURU “絆”をテーマにしています。TSUKEMENは去年10周年を迎えて、メンバーやチーム、ファンの方々を含めて、人と人との繋がりでようやくこの時を迎えて、改めて「仲間の大切さ」を感じました。アルバムの表題曲「時を超える絆」は絆の大切さを込めた楽曲です。この曲が軸となってアルバム1枚で“絆”を表現しています。

――昨年のアルバム『X』では、J-POPなどの要素を入れた挑戦作で「コラボを積極的におこなっていきたい」という趣旨の話をされていました。曲目を見ると今作もその意識が表れているように思えます。

SUGURU 新たなチャレンジは毎年、やっています。ただ、それまでは少し閉鎖的な状態になっていて。それを解いたきっかけが、ケーブルTVの冠番組でした。毎月ゲストに来てもらいコラボして。その時に、周りからの印象が「TSUKEMENは他の人ともやるんだ」と変わったようです。それ以来、外から色々なお話を頂くようになりました。今年も、そういうスタンスで僕らの音楽で交えることができるようでしたら、アーティストさんに限らず、文化人の方など色んな方とやっていきたいです。

――色々な方と交わることでTSUKEMENとしての音楽に変化は?

TAIRIKU 僕らとは異なる方とやることによって、改めて3人がもともと持っているスタイルを気づかせてくれることがあります。色んな人達が自分達の本来持っている本質を気付かせてくれる。例えば歌手の方とやるときに、3人だったら3人の世界観は出来るけど、歌によってまた異なるTSUKEMENの一面を見せたい、とか。それが逆に新鮮で。ジャンルが違えば違うほど、お互いの面白さが際立ちますし、コラボの良さや相性の良さを再確認できます。ですので、僕らにとっても新鮮で驚きが多いです。

――その一方で、表現豊かなストリングスとピアノは、3人でも十分に世界観を魅せることができますよね。

KENTA 楽器の枠というのがあります。それはイマジネーションとしてではなくて、人に与える印象です。例えば人の声で歌うのと、初音ミクのようなボーカロイドで歌うのだと印象が違うじゃないですか? 純粋に音楽を奏でる自分達が出すパイプとしての印象ですね。鳴っている音楽はTSUKEMENのオリジナリティなのかもしれないですけど、ヴァイオリンとピアノというパイプを通すことによってある程度はクラシカルなサウンドになります。その上でもっと楽しいことができるかということを追求しています。

SUGURU 去年、日本舞踊 五耀會の先生方とコラボしました。僕らは事前に、自分達が作った曲を「こういう思いで作りましたよ」と伝えるんですけど、日本舞踊の方はそれに加えて、3人の出会いとこれから先をも見据えて再構築して踊ってくれました。その踊りを見た時に捉え方が異なっていて。その時に改めて視覚の凄さを感じました。やっぱり音には限界があるなと。踊りや表現に特化した人達が入ると視覚を通してリアルに伝えられる。その時に、僕らは何でもやっているつもりではいたけど、音を演奏している枠から出ていなかったんだなと痛感して。でもそういうことは、他の人とコラボして初めて分かることで良い影響を受けています。「僕らの曲はこう見られているんだ」と。

TAIRIKU 音は凄く自由ではあるけれど、逆に何にもできないというか。人は何でコミュニケーションをとっているかといったらやはり言葉じゃないですか? 言葉で考えてやりとりして通じ合う。けれど、音ではそれに限りがある。とは言っても音は、本来は何も伝えられないはずなのに、何かしらが伝わっているような感覚も得ることができる。そういう意味でも自由であり、その一方でちゃんと伝えないと意図とは異なる伝わり方をしてしまう、難しいものだと思います。

KENTA それを再認識したのも色々とコラボした結果であり、新たな価値観が生まれたという成果でもあります。

SUGURU

SUGURU

――一般的なミュージックビデオでは光を多用したり、ドラマ仕立にしたりと、それこそ音を視覚化しています。そこで気になるのは演奏ができない人とできる人では、音の“見え方”は違うのでしょうか?

SUGURU 違うと思いますよ。

KENTA 解釈の違いがありますね。それぞれのプロの分野によっての表現の仕方や幅があるので、違う解釈が融合したときの面白みというのに気付きますね。

SUGURU オーディエンスの方が素直に捉えている可能性はあります。僕らは「こうなんだけど」というのはあって、例えば、本当は悲しんでいることを表現した曲だけど、受け手は怒っていると捉えたり、逆もありますよね。人への愛を描いた曲でも風景のようにしか伝わらなかったり。それはまだまだ未熟なんだなと感じます。

――その差を埋めるというのも課題?

SUGURU すごく近づかなくてもいいとは思うんです。あまりにも限定して「絶対、こう感じてください」というわけでもないし。

TAIRIKU 人によって喜怒哀楽の感じた方は違うと思うので、「発信した後は自由に受け取ってください」というスタンスです。

――その「音」も、音色で言えばヴァイオリンは物悲しく、ヴィオラは野太くて深みがある、といった感覚があります。その域を超えて表現することに対してどのような意識で取り組まれていますか?

KENTA それぞれでメロディをとっているときは、ヴァイオリンらしい独特の歌、ヴィオラらしい声、ピアノらしい力強さ、ハーモニー感があります。だけど、3人で混ざったときは結構同じ絵を見ているんです。一つのサウンドのなかで同じ絵を描いているので、みんなで同じイメージを共有しながら弾きますね。

TAIRIKU 3人が3人とも調子が良くて一体化されているときは、誰がというよりかはTSUKEMENのなかで渦が回って“フュージョン”している感じです。『ドラゴンボール』の悟天とトランクスがフュージョンした状況というか(笑)。単体の強さも大事なんですけど、フュージョンしたときのパワーが、げっそりした“悟天クス”になるのかちゃんとしたものになるのか、というのはあります。

KENTA 喩えがコアだな(笑)。

SUGURU 本当にコミュニケーションなんですよね。一般的な会議や飲み屋と一緒で、一人空気が読めない人がいたら一気にその場が楽しくなくなっちゃうというか。同じ景色、同じ場所に行く、多少自分がその景色ではないような気がしていても、そう思うならそこに向かって行くとか、そういう擦り合わせは前もってちゃんとやっています。

KENTA やりますね。リハが一番大事で楽しいです。

――そのとき、意見の言い合いはありますか?

KENTA 「これが素敵だね」という感覚に近寄れないと多分やれないと思うんです。そうじゃないとなかなか一緒に同じものを表現できなくなるけど、そのへんを擦り合せながらそこを見つけていくと。

――3人の感性は似ている?

KENTA 似たものも共感できる部分があるからじゃないでしょうかね。

TAIRIKU だけど違うからこそ、別のアプローチで一つのものを3人の視点で見られるから、良い意味で別のフィルターを通るんです。一つの作品が出来たときにちょっと多彩になるというか。

――ずっと一緒にやってきているから、3人にしか出せない調和がある?

SUGURU それはありますね。

TAIRIKU

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