今年、デビュー50年を迎える由紀さおり。様々なジャンルを歌い、海外でも日本語の歌をヒットさせた一方で、姉の安田祥子と共に童謡を歌い続けてきている。結婚生活が破綻した時に運命を知ったという由紀。歌い手としての覚悟を決めた以降は「本気かどうか」を問い続けているという。近年は日本語の乱れが問題視されているが、日本語のイントネーション一つとっても歌に及ぼす影響は大きいとも語っている。“歌い手の役割”を自問自答した時期もあったという由紀は今、何を思うのか。

 由紀は3月20日に、オリジナルアルバム『BEGINNING』をリリースする。近年は『VOICE』や『あなたと共に生きてゆく~由紀さおり テレサ・テンを歌う~』などカバーアルバムが多かった由紀だが、『BEGINNING』は「50周年の挑戦」をテーマにし、また一からこの先へのステップアップを目指すための一作だ。

 亀田誠治をプロデューサーに、アンジェラ・アキや、永積タカシ(ハナレグミ)、水野良樹(いきものがかり)など若手ソングライターが由紀のイメージを各々に考え制作され、今作では再現芸術と呼んでいる童謡の歌唱法とは異なる由紀の個性も反映された。現在の由紀が考える歌への想いを、この50年で覚悟を決めた瞬間や、日本語というところで「ラップもけっこう面白い」と話す由紀に話を聞いた。【取材=村上順一/撮影=片山拓】

歌い手としての覚悟

由紀さおり

――今年1月に出された『PASSING POINT』というベストアルバムのタイトルは直訳すると「通過点」となります。現在が通過点だとして、歌手としてのゴールは考えられているのでしょうか?

 もうゴールはないと思いますね。自分が今、「生」に別れを告げたときがゴールかもしれないです。声には限りがありますから、声が自分のコントロールの外側に、コントロールができないという状況が露呈されたときには、それはゴールではなくて歌い手としてエンドですよね。

 私は歌うということをどういう風に捉えているかというと、歌うことも演じることも表現するということに他ならないので、ただその手立てが違うということだけです。いずれは昔のように「夜明けのスキャット」を自分の思うように歌えない日が来るだろうということは想定しています。今の自分の年齢からくるところの表現の仕方というのはもちろんあっていいと思いますけど、それがやっぱり全体のクオリティとして保てないときには歌うのをやめようと思っています。

――その中で今年1月には明治座で座長公演『下町のヘップバーン』をおこなわれました。劇中の「夢を掴むには覚悟が必要」というセリフがとても印象的でして、由紀さんご自身が過去に覚悟を決めたことはあったのでしょうか。

 あの「夢を掴むには覚悟が必要」は大好きなセリフです。自分に重なる部分も凄く大きくて、同じだなと思いまして。あのセリフを書いてくださった脚本・演出家の堤(泰之)さんには感謝ですよね。

 色んなことの実現を積み重ねて今日まで来ましたが、本当の意味で私は、歌うということが生きていく重要な出来事、役割なのではないかと思った時期がありました。それは、子供を産むことが難しくなってから、二度目の結婚をアメリカでして、その方との生活も自分の想い描いているものにはならなくて、結局ディボース(絶縁)したわけですけど、やっぱり普通に奥さんになるというのは、私の人生ではなかったのだと思いました。そこから本当の意味で覚悟を決めて仕事に向き合うことになったように思います。そのなかで本気かどうかということを、私は常に人にも問うわけです。

――その意識が芽生えたときに歌にも変化が表れたのでしょうか?

 歌うということの意識とか、持っている意味合いは凄く変わったと思います。やっぱり夢は見るものではなく叶えるものだという言い方もあるじゃない? だけど叶えるって、夢は「自分はこうありたい」と思っても、そのことがそう簡単に手に入らないことっていっぱいあって、そのときに心が折れてしまうことってよくあるでしょ? 「こうありたい」と思い続けるということは、もの凄くエネルギーが要ることにも気づかされ、心が折れないで、そのことを成就するための努力というのはやっぱり覚悟がないとね。

――これまでにどのような葛藤があったのでしょうか。

 あるときシンガーソングライターの人達と対等で、自分で作って歌わないということが「なんと説得力がないことなんだろう」と自分のなかで思ったことがありました。自分の言葉じゃなくて作詞家さんが書いた言葉を歌うというところですね。

 だけど86年に童謡コンサートをやるようになってから、私達の肉体と勉強した技術で再現して、それを聴いて頂くという再現芸術というものに、自分達のシンガーとしてのポジションもあるということに気づかされて、自分で作って歌わなくてもシンガーとしての役割があるなと、考え方が変わりました。

 シンガーソングライターの方々は、それは自分の思いだろうけど、やっぱり枯渇するよね。やっぱり自分の思うことってバリエーションはそうはないと思うし、それに、生きていく自分のテーマとかポリシーとかというものは変わらないはずなので。

――確かにそうですね。今のお話の中で童謡は再現芸術というのが気になりました。

 私達が歌ってきたものはみんな私達と同じ世代の人が共有しているものなの。例えば「故郷」という歌も、ご両親をイメージする人もいれば、ふるさとの学校の友達、先生、里山の自分の景色、そこに流れている小川、めだか、ふるさとにみんな色んな想いを込めてあの歌を聴いている。だから画は限定したくないんです。そこでその歌を歌うときは自分の想いを塗り込まないで歌う。客観的に「『故郷』という歌はこういう歌ですよ」という再現芸術のひとつとして私がそれを歌うんです。

――曲が主役なんですね。

 そうです。だけど、今作は私のオリジナル曲だから、私の想いの丈を込めて表現する。そういう違いはもの凄くあります。童謡は私一人でやっていることではなく、お姉ちゃん(安田祥子)とやっていることだからバリエーションも増えるわけじゃない? 幼少期にひばり児童合唱団の皆川和子先生に歌を習ったことによって、ブレスの仕方とか滑らかに歌うということは、お姉ちゃんと私は理屈抜きに一つなの。それが理解できたところでここまで続いていると思います。

――そして今作は『BEGINNING』という新たなスタートを感じせるタイトルです。

 今までやってきたことはやってきたこととして、それはここに置いておいて、また一からこの先へのステップアップを目指すための第一歩を踏み出したアルバムなんです。

――『BEGINNING』ではオリジナルということで、再現芸術とは違う由紀さんの表現を堪能できますね。

 そうなのよ。私は山田耕筰、北原白秋をはじめ、阿久悠さん、三木たかしさんの曲も歌えば、吉田拓郎さん、斉藤和義君の曲もアルバムに入れさせてもらい、今回はアンジェラ・アキさんの歌も歌わせてもらったりね。他の人にはない表現ってどういうことなんだろうとか、自分が持っている声の音色をどう駆使して歌うかというところが私。ここまで仕事をしてくると、あとは自分がどうやって生きてきたかということしか勝負するところがないというところに辿り着くわけです。

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