歌の中には魔法の“もし”が住んでいる

――先程も少し話しておられましたが、民謡を調べていく中でどのような発見がありましたか。

 本当に沢山の発見がありました。歌としては知っていましたけど、どういうところでどのように歌われていたのかはわからなかったところもありました。例えば「刈干切唄」は朗々と歌うでしょ? 何でこんなに(音符を)長く歌わなければいけないのか、辛気くさいから若い人がついてこないんじゃないのかなって(笑)。

――すごい世界観ですよね。

 草刈りをする時に短い草は、短い鎌で「タッタッタ」と刈っていきますけど、人の背丈を越えるような茅(かや)を刈る時は大鉈(おおなた)で刈るんです。その大鉈を振る時はこの曲のような間になるんです。短い鎌で刈ってるところは、歌のテンポはもっと早いんですって。なるほどと思いました。

――その鉈を振る動きと曲が重なっているんですね。

 労働歌なんですよね。みんな、生活の中で歌い継いだものなんです。山間でお米が作られてそのお米を藩主のところに届けるのに馬の背に乗せて、ゆっくりゆっくりと道中を進んでいる時に歌ってたんだなとか、「佐渡おけさ」も憂いだけではない、港の賑わいだったり、そこにはドラマがあってね。

――様々な背景があるなかで、歌う時には主人公になりきる、もしくはその世界へ入り込んで歌う感覚なのでしょうか。

 なりきるというよりも、こういうことを知る、感じて歌うことは私たち歌い手というのはそういった生き物なんです。感じることで色んな歌い方や声も出てくるのかなと思います。情報をインプットする事で、血の騒ぎ方とか喜び方が生まれるじゃないですか? それを歌にして声にしてみるということです。そこには楽器の音やアレンジもあるし、同録すると私の声だけでなく様々な音に反応している、その相乗効果もありますからね。「津軽じょんがら節」は矢野(顕子)さんと上妻(宏光)さんの3人で集中してその世界に入っていく、そのセッションの醍醐味も随所にあるので聴いて頂きたいですね。

――その情報を知っているか、いないかでもこのアルバムの聴き方が大きく変わりそうです。

 そうですね。でも、たとえ知らなくても歌の中には、「もし~だったら」といった魔法の“もし”が住んでいるんです。もし自分がこの時代に生きていたら、もし自分がこうだったら、こんな事を感じた、こんな事をしたのかなと、そこへ一瞬にして連れて行ってくれるのが、私は歌なんだなと思います。「島原地方の子守唄」だって、「なんて可哀想な歌なの」と感じて、自分はそんな貧しさなんて知らないのに、その世界にヒュッと入って行けてしまう。

――例えばその世界に入り込みすぎて、歌えなくなってしまう事も時にはあるのでしょうか。

 そうなってしまっては歌い手ではないと私は思います。ある程度俯瞰(ふかん)である事と、その空気を少し吸ってみることの両方をしなければならないんですね。

――バランス感覚がすごく難しいですね…。

 でも、わたしはもうそういう“人種”なんでしょうね(笑)。とにかく皆さんに楽しんで頂きたい、私たちはそんな思いで音を収めています。

――生で聴いたら、この作品はまた違う印象を受けると思いました。

 まだ予定は立てていないですけど、ステージのチャンスも作れたらなと思っています。

――最後に東京五輪についてですが、石川さんは『東京五輪音頭2020』を歌われています。来年開催される『東京五輪』は石川さんの中で、どのようなものになりそうですか。

 50年前の東京オリンピックの時はテレビで観ていたんですけど、自分の国の人だけではなくて、こんなにも沢山の色んな人がいるんだと思ったんですね。熊本にいた当時は外国人なんて見たことなかったですから。日本は抱える問題も沢山ありますけど、やると決めたからには来て頂いたお客様に「日本って良い国だったね」と言って頂ける、エンターテインメントをやる人間としてはちゃんとお迎えしたいなと思うし、それと同時に日本を知って頂くチャンスなので、「日本はこういう国です」というものを用意して待っていたいなと思います。47年間歌ってきた石川さゆりの「ありがとう」の感謝もあって、日本に残さなければいけないもの、伝えていかなければいけないものを、自分の生きた声でまとめていきたいなというのもあります。「日本を歌う」というのが大きなテーマにあって、この作品はまだ途中経過ですが、今年は『民~Tami~』を届けていきたいですね。

(おわり)

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