民謡は日本人の暮らしの一片が見えるもの

『民~Tami~』ジャケ写

――さて、3月20日に『民~Tami~』がリリースされます。このプロジェクトは31年前にリリースされたアルバム『童~Warashi~』から約31年という時を超えての作品となりました。

 私はそういうタチの歌い手なんですよね。過去に『二十世紀の名曲たち』というアルバムも10年に渡って作っていたこともあり、『童~Warashi~』を作った時もテーマは自分の中で決めていました。「日本にはこんな音楽がありますよ」ということを、どれだけ時間が掛かるかわからないですけど、作ってお届けしたいという想いがあって。その時からタイトルも密かに考えてありました。

 それでなぜ、『童~Warashi~』から30年以上も経ってしまったかというと、皆さんに聴いて頂くタイミングというものがあると思ったからです。『童~Warashi~』は子どもから大人、海外の方にも聴いて頂けたアルバムになりました。民謡についてもいつ出そうかとずっと温めて来ました。そのような中で平成から元号が変わる、来年に東京オリンピック・パラリンピックが開催され、ますます海外から沢山の方が日本に来られます。

――日本の文化が注目される良い機会ですよね。

 文化というところで私は海外に旅行した時には、「この国の音楽はどんなものだろう」と現地のものを買って帰ってきます。それは、今若者たちに大ヒットしているアルバム、この国の音楽という買い方をします。

――日本だと民謡や演歌がそれにあたりますね。

 その民謡を調べていくと、日本人の暮らしの中から生まれた民衆の声、労働や祝い、恨み辛みなど色んなものを吐き出しながらのものだったので、民謡は日本人の暮らしの一片が見えるものなのかなと思いました。でも、そのままやってしまうと現代の皆さんのお耳にチャンネルが合わないと思ったので、今の素敵な音楽家たちと一緒に作ってみました。

――その音楽家、アレンジャーはどのように選ばれたのですか。

 みなさん、以前に一緒にやったことがある仲間なんです。それで、私がこんな事をやってみたいと話したら、皆さんが賛同して下さって。

――アレンジでこんなにも表情が変わるんだなと感銘を受けました。私は特に「おてもやん」のイントロの熊本弁のスキャットがインパクトあり、惹き込まれました。

 おてもやんという人は実在していた人なんです。昭和10年まで、熊本駅の近くで生きてらしていたみたいです。この曲は菅野よう子さんの音楽センス、世界観が広がっていて面白かったですね。

――菅野よう子さんと言えば、最後に収録されている「島原地方の子守唄」も惹きつけられるものがありました。

 この曲は歌と楽器を同録したんですけど、菅野さんがピアノを弾いて、指揮者がいないのでみんながよく音を聴いていないとダメなんです。人が人と結ばれて生まれてくる音というのは、素晴らしいですね。

――同録だったんですね。昨年の紅白歌合戦も共演された布袋寅泰さんが参加している「ソーラン節」も興味深かったです。

 布袋さんは昨年の11月に初めてライブにお邪魔して、その時に素敵だなと思ったので、「一緒に紅白に出て頂けませんか」とお誘いして。「ソーラン節」のアレンジも担当してくれた亀田(誠治)さんが紹介して下さって、人と人が繋がって音楽が生まれてくるというのは面白いですね。

 あと、面白いなと思ったのが、蝶よ花よと育てられた「秋田長持ち唄」です。親の気持ち、娘をお嫁にやったかと思うと、人に頼まれてもらった嫁なんだけど気に入らない、最終的には嫁いびりの唄に変わっていくというのは面白いなと思いました(笑)。そういったことも私の中で消化しながら歌いました。3コーラス目ぐらいまでは「嫁が来た」と喜んでいて、4コーラス目ぐらいからちょっと気配が変わって、6コーラス目ぐらいからもうドン底でね(笑)。7コーラス目からは今度は嫁のスイッチが入って、ぼた餅を食べさせない姑のさらに裏をかいていくんです(笑)。嫁という字は女に家と書きますけど、そうやってまた時代が変わっていく女のしたたかさみたいなものが、みなさんに届いたら面白いかなと思いながら作ってみたり。

――アレンジに関しても石川さんからリクエストされたりも?

 みんなで作るんですけど、リクエストもさせていただきます。こういう世界を作りたいというのをみんなでディスカッションするんです。

――その中で選曲も興味深いです。日本全国数多くある民謡のなかで、今回この楽曲たちが選ばれた背景はなんでしょうか?

 あまりマニアックになり過ぎて知らない歌ばかりになってもいけないですし、曲順もストーリー的なものを考えたり、聴こえ方も考えて並べました。

――その中で1曲目は「河内音頭」で。

 もうこれは、吉岡先生が石川の名乗り上げのような詞を書いて下さったので。以前からステージでやっていました。あと、箭内(道彦)さんがこの太鼓のジャケットを提示してくれたのもあって。「CDを開けて音を出したらもう太鼓の音しかないでしょ」とね。みんなの思いが繋がって一枚のCDになっています。

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