歌手の槇原敬之が、4日放送の朝日放送テレビ『なるみ・岡村の過ぎるTV』に出演。楽曲「世界に一つだけの花」は、「あれはすごかった」と閃くように生まれたことを語った。

 この日の放送にゲスト出演した槇原。岡村隆史は「おりてくる派ですか? なにか考えてバンとおりてくるのか」と曲が生まれる瞬間について尋ねた。

 槇原は「いろいろパターンがあって、おりる日もあるし、ずっと机の前で書くときもあるし、人の話聞いて“それいいね”って書く時もあるし」と説明し、「おりてくるのはそんなにない」とした。

 なるみは、ミュージシャンの間で“おりてくる”ように楽曲が生まれるという話を「嘘なんや!」とツッコミ。ところが、槇原は「嘘っていうか、『世界に一つだけの花』は、ハッキリと言えるのはあれはおりてきました」と『世界の一つだけの花』を持ち出した。

 槇原がSMAPの楽曲として作詞作曲した『世界に一つだけの花』。平成を代表する名曲として広く知られ、解散騒動に揺れたSMAPファンの間で“花摘み”として購買運動が巻き起こった。

 今年3月に甲子園球場を舞台に開催される「第91回選抜高校野球大会」では、槇原の『どんなときも。』とともに入場行進曲に選ばれている。

 続けて槇原は「あれはすごかった」と生まれた瞬間のことを衝撃が走ったかのように語ると、岡村隆史は「けっこう短時間でバババッと?」と驚くように相槌を打った。

 槇原は「たぶん、詞をかき上げるのにほんと20~30分かかってない」とし、岡村もなるみも驚きの声。槇原は「たくさんあると嬉しいけど、2曲くらいしかない」と“おりてくる”形で楽曲が生まれたことはほとんどないという。

 「どんなときも。」も「おりてきた」楽曲であるとし、「もう恋なんてしない」は「絞り出しました」と苦戦したという槇原。「もう恋なんてしない」の裏話も明かし、当初は「もう恋なんてしたるか」との曲を書き上げたが、プロデューサーから「救いがない」と一蹴された。

 一度、持ち帰った23歳当時の槇原は「確かにこれやと歌にせんでもいい感じがするな」と気づき、「もう恋なんてしないなんて 言わないよ絶対」との歌詞に仕上げたという。

 また、音楽に興味をもったきっかけについても言及。5歳くらいの時、保育園の歌の時間が終わり、先生がピアノで「エリーゼのために」を弾いていたエピソードを紹介。「雷が落ちまして、ガッて」と衝撃を受けたようで、帰宅し「ピアノ、習わせて!」とお願いしたという。

 ただ、ピアノの習い始めの練習曲は面白みが欠けていたようで、「ちょっと挫折したんですけど」と当時のことを語っていた。

記事タグ