ロックミュージシャンの浅井健一が2月28日に、約5年振りに”浅井健一”ソロ名義となる「HARUKAZE」と「ぐっさり」の2曲を配信リリース。「HARUKAZE」はTHE INTERCHANGE KILLSとともに作り上げた楽曲で、すでにライブでも披露されている疾走感のあるロックナンバー。「ぐっさり」はこの混沌としたネット社会に突き刺すメッセージが刻まれた叙情的なミディアムナンバーで、BLANKEY JET CITYやPONTIACSで活動を共にしたベースの照井利幸とドラムには椎野恭一が参加。対照的な浅井健一の世界観を堪能できる2曲となった。3月9日からは静岡・浜松 窓枠を皮切りに、4月13日の沖縄 Outputまで浅井健一 & THE INTERCHANGE KILLSで、ツアー『METALLIC MERCEDES TOUR 2019』もスタートする。インタビューでは平成という時代とともに駆け抜けてきた浅井に、デビューのきっかけにもなった『三宅裕司のいかすバンド天国(通称イカ天)』のことなど振り返ってもらい、新曲「ぐっさり」のテーマにもなっているネット社会について話を聞いた。【取材=村上順一/撮影=冨田味我】

本物は美しいし貴重な存在

浅井健一

――昨年はTHE INTERCHANGE KILLSとSHERBETSの20周年と盛り沢山な1年だったと思いますが、2018年を振り返ってみるといかがでしたか。

 2018年の前半はTHE INTERCHANGE KILLSをやっとったから、SHERBETSのことは全然想像出来てなかったんだわ。でも、後半はSHERBETS一色になって、そして12月はアンプラグドで燃えていました。久々にフジロック(FUJI ROCK FESTIVAL )にも出さしていただいて、嬉しい1年でした。

――浅井さんにとって、フジロックはフェスの中でも特別でしょうか。

 うん、一番大好きかな。都市型のフェスもいいけど、やはり大自然の中で歌えるのは特別です。3日間もあるし、フェスの王様という感じかな。

――その中で印象的だったライブはどんなものがありましたか。

 去年のTHE INTERCHANGE KILLSも良かったし、2016年にSHERBETSで急遽出演したRED MARQUEEでのステージも良かった。

――ライブといえば、SHERBETSのデビュー20周年のツアーも昨年おこなわれましたが、終わってみて今はどのような感想がありますか。

 どの場所も最高だったね。全部良かったけど、東京は特に良かったんじゃないかな。

――私はその東京公演を拝見させて頂いたのですが、他のバンドにはない新しい景色を見させて頂いたと感じました。前回のインタビューで浅井さんが「宇宙に行かなくても宇宙には行ける気がする」と仰っていたことが、垣間見えたかのような瞬間も私にはあったんです。ステージ上の皆さんもそういった感覚はあるのでしょうか。

 うん、あると思う。

――そのツアーで思い出に残っていることはありますか。

 広島のライブハウスの横で甘栗を買ったことかな(笑)。お父さんが甘栗が好きだから、実家に送った。

――浅井さんも栗はお好きなんですか。

 全然好きじゃないよ。ほとんど食べない。俺、栗ご飯とかも好きじゃなかったな。あと、グリンピースご飯とか豆類がご飯に入っているのも嫌だったからさ。

――そうだったんですね。ツアー中はいつもと変わったところはありましたか。

 いつもはツアーになると途中で必ずメンバーの中で不穏な空気が流れたりしたことがあったんだけど、今回は滑らかに進みました。それは、ライブが良かったからかもしれない(笑)。

――充実したツアーだったんですね。さて、あと約2カ月で平成の幕を閉じますが、この30年間いかがでしたか。昭和との違いを感じた部分などありますか。

昭和というか自分が子供だった頃の世の中が懐かしくは思うよ。今はネットで懐かしい映像が見れるのでみちゃったりするけどね。

――どのような動画を見られているんですか。

 自転車に派手なウィンカーとか付けたフラッシャー自転車の動画とかかな。俺の子供の頃に流行ってたんだわ。俺も昔、一時乗っとったね。

――懐かしいですね。さて、この30年間で音楽シーンもすごく変化してきたと思います。その中で現在ギターロックというものが、あまり流れなくなってきてしまったという声を良く聞くのですが、浅井さんは今の音楽シーンをどのように感じていますか。

 世界中に色んな分野があるけど、どんな世界でも本物と偽物がいて。もちろん本物は美しいし貴重な存在。でも実はほとんどが偽物だったりして、それが商売上手だったりして、競い合ったりとかして、おもろい世の中です。

――浅井さんのこの30年で思い出深いことはなんでしょうか。

 やっぱり音楽でデビュー出来たことが一番デカいかな。

――そのデビューのきっかけにもなった『イカ天』のようなバンドをフィーチャーした番組もほとんどなくなってしまって、寂しいですよね。

 当時も『イカ天』ぐらいしかなかったけどね。でも俺は『イカ天』大嫌いだったんだわ。

――そうだったんですか? それでは出演されたきっかけは何だったのでしょうか。

 当時は番組も全然観たことなくて、そもそもバンドブームという言葉が大嫌いでさ。それもあって『イカ天』も嫌いで、全然関係ないところで生きてた。レコード会社にもデモを送ってたんだけど相手にされなくて、友達が「イカ天に出ろ」って言うんだわ。俺は「ハァ?」っていう感じだったんだけど、その友達が勝手に応募しちゃってさ。

――自分たちからではなかったんですね。

 それで出演が決まって、出ることになったんだわ。あの時は良かったなというか、今となっては「ありがとう『イカ天』」という感じなんだけど。無名のバンドが世に出るチャンスだし、オーディション番組自体は良いと思うんだわ。なんで嫌いだったかというと、出てるバンドがおちゃらけているのが多くて、それが好きじゃなかった。番組の趣旨はすごく好きだったけどね。真面目な人も沢山いるとは思うけど、TVだけじゃなく今のおちゃらけているだけの世の中も好きじゃない。

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