「Jupiter」は私にとって守護神のような存在

――さきほど「Jupiter」のお話が出たので伺いしますが、「Jupiter」を歌われたのは9・11の影響があったとのことですが、それ以降はどうでしょうか。先ほど「Jupiter」というイメージがついて良くもあり悪くもあったというお話でしたが。

 「Jupiter」という曲は名曲ですし、自分の曲だと思って大切にしてらっしゃる方も、カバーをすることを快く思っていない方もいらっしゃるから、そういう意味ではカバーをしてそう思われてしまったということに傷付いたこともありました。

 私は本当に良い曲だから歌いたいと思っただけなんですけど、デビュー曲がクラシックのカバー、オリジナルの曲ではないからといって否定する人もいましたし、そういう寂しさもありました。だけど実際にホルストさんの故郷に行ったり、ずっと教えていた学校を訪ねたり。音楽の先生をずっとしていたんです。そこは女学校だったんですけど、そこの生徒達に「Jupiter」の英語バージョンを生で歌って聴いてもらったんです。彼女達は中学生くらいでしたかね…凄く喜んでくれて嬉しかったんです。「自分達がずっと聴き馴染んでいた曲に歌詞が付いて日本で歌われているのは嬉しい」と言われたときに、凄く報われたような気がしました。

 新潟の中越地震で傷ついた方々が「Jupiter」を聴いてくださって、旧山古志村で畑仕事をしているお母さんの所を訪ねたら「あなたの『Jupiter』を聴いてずっとそれが心の支えだったのよ」と言ってくれて、畑の真ん中に行ってお母さんと抱き合ったりして…だから、そうやってちょっとでも役に立てていると思ったときに凄く報われた気がして。「Jupiter」というのは私に歌も教えてくれたし、ずっとサックスプレイヤーだった私に色んな課題を与えてくれたし、人を慈しむというか、自分だけではなくて傷ついている人達に手を差し伸べるような感覚を教えてくれて、私にとって守護神のような存在になって。だから嬉しいですね。そういう曲を歌えたことに感謝しています。

――それも踏まえて、この15年を振り返っていかがですか?

 いっぱい忘れていることがありそうだなと(笑)。でもそれくらい、振り返る暇もないくらい忙しかったです。19歳でデビューをして、デビュー曲が「Jupiter」だったからこそ、凄く忙しかったみたい…それが出だしだったから、これが忙しいと思えなかったので。どれが忙しいのかわからなかったから。15年を振り返ってみると、本当に家族に支えてもらって、スタッフもそうだけど自分一人ではできなかったんだなって思います。

――15周年を記念して出されたアルバム『Dear Music』はこれまでの経験がそのまま反映された感じですね。

 アルバム自体はそうですね。『メリー・ポピンズ』も入っているし、キャロル・キングの『Beautiful』のミュージカルも、今やっている『Love Never Dies』も入っているし、もちろんオリジナルもあって。だから今までチャレンジしてきた総括のアルバムですね。

――『Dear Music』も『メリー・ポピンズ』も、全て繋がっているなと思いました。その経験の積み重ねが作品に現れている。『Dear Music』では色んな声の表情がありましたし、『メリー・ポピンズ リターンズ』でもそうです。

 変えているつもりがあまりなくて。色んな歌を15年歌ってきているので、それが普通だったから、初めて聴いた人は「いっぱい声が変わって面白い」と言われる方が多いんですけど、あまり変える意識がないから、人に言われて初めて「色んなことにチャレンジしてきたんだな…」って。しんどい方ばかり選んできた人生だったからこそ良い部分もあったり。肩は凝りますけど(笑)。

――今後はいかがでしょうか?

 まだまだいっぱい歌を練習したいです。出せる声をもっと増やしたいし、もっとパワフルに、もっと繊細になりたいです。色んなものを歌いたいです。

(おわり)

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