意味のないチャレンジはない

――平原綾香さんの歌声は非常にパワフルですが、映画のなかにあるミュージカルの歌い方と、普通に歌うときの歌い方の違いは?

 やっぱり素晴らしいお手本があるからこそできるというのはありますね。自分では出せない声の質みたいなものを映画やエミリーさんの声、元のアレンジなどがそれを引き出してくれるというのは凄くあります。それに普段自分が歌っていないような歌い方もさせてくれるのが魅力でした。

 もともと私は色んな曲が好きなので、クラシックでもポップスでもロックでもヘビメタでも全部好きだけど、そういう歌を歌うことがあっても、リリースをして注目される曲はだいたいバラードなので、私は静かに歌うようなイメージしかもっていないみたい。それこそ「Jupiter」のイメージしかついていない方が多いので、「今回は新しい歌い方ですね」と言われることもあって。「ライブではけっこう歌っているのにな」とか、革ジャンを着ていただけでも「イメチェンですか?」とか。「私だって革ジャンくらい着るわ!」みたいな(笑)。だから「Jupiter」のイメージは良くも悪くもついているのかなと。

 だけど自分で歌うからこその自由もあるし、エミリーさんの声に合うように、映像に合うように、メリー・ポピンズに合うようにと制限されるからこそ出てくる声の質というのがあるので、どちらも魅力的でどちらも楽しい作業です。

 でも「これは平原綾香で、これはメリー・ポピンズ」と、あまり変えて歌っていないのも事実です。“そうさせてくれる環境”がそうさせてくれると思います。子犬とかを見ると声が高くなるのと一緒、自然に変わるものだと思います。

――「これまでの経験を詰め込んだ」というお話がありましたが、これまでの経験があって今を形成している部分はありますか。

 あります。特に『メリー・ポピンズ』に対しては今まで経験してきたことが全部入っていると思っています。まだ、『メリー・ポピンズ』のミュージカルに出ると決まっていないときに自分のコンサートでタップダンスをやったりとか。もっと言ったら小学校1年生から11年間ずっとクラシックバレエを習っていたりとか、そういうもの全てが『メリー・ポピンズ』の舞台に活きていて。だからあのとき自分でタップをやってみようと思わなかったら凄く大変だったと思うし、小さい頃にバレエを習っていなかったら踊れていないだろうし。あのとき大変だったけど、頑張ってきたものがこういう形で還元されていくんだということを『メリー・ポピンズ』関連で凄く思いました。

――10代の人たちに伝えることがあるとしたらそういうところでしょうか?

 「意味のないチャレンジはない」と思います。私はそれを凄く自信を持って言えますね。例え音楽と関係ないことでも、全部が身になっていると思います。私よく言うんですけど、「歌が上手くなりたいんだったらまずお皿を洗って」と。歌ばっかり追い求めていても絶対に歌なんて上手くならないと。やっぱり人のために何かをやる。

 なぜお皿を洗うかというと、私がずっと歌ばかりと向き合っていたときに、全然眠れなくなったんです。それで寝不足だと声が出ない、となったときにお皿を洗ったり洗濯物をたたんだり部屋を片付けたり、そうすると凄く体が疲れてグッスリ眠れたんです。その次の日はとても良い歌が歌えて、「こういうことなんだな」って。だから全部が活きてくると思いました。

――ところで私は歌が上手くないし、取材や原稿など仕事のことを考えると眠れないときがあるのですが、やはりちゃんと皿を洗わなかったからかと…(笑)。

 皿を洗うっていいですよ(笑)。インナーマッスルが鍛えられるんです。包丁を持つこともそうで。上手く切るためにはお腹のインナーマッスルを使って切るんです。お母さんってみんなそうやっているから上手く切れるんです。その状態で歌ってごらんなさいよ(笑)。歌ってごらんなさいよって変ですね(笑)。

――歌と皿洗いの関係も、しっかりとした根拠と意識づけという理由があるのですね。

 音痴は存在しないと思うんです。というのは、自分の出している声と、出そうとしている声が違うだけなので。出している声が自分の感覚と一致していれば必ず音のズレは直ります。自分の声を録音して、歌ってみてそれをまた聞いて、というのを繰り返すと、全部が自分の声なんです。録音した自分の声って違和感があるとよく言いますよね? それって骨に響いている自分の声を聞いているから違和感があるんです。でも歌手の方ってだいたい今自分が話している声とCDで流れている声が一致しているので違和感が全くないんです。

――そうだったんですね…。

 だからコツを掴むと上手く歌えますよ。ところで何の話でしたっけ?(笑)

――「意味のないチャレンジはない」と。

 そうそう。エミリーさんのインタビューを読んだんですけど、『メリー・ポピンズ リターンズ』はロンドンが一番大変な時代が舞台なんだそうです。だからこそメリーは希望の光で、夢を諦めなければいけないんじゃないかとか、夢をみられない大人も子供も、そういう時代にメリー・ポピンズが満を持して現れた、とても良いタイミングで現われた、と仰っていて。

 それって今の日本にもメリーの光は大切だなと思うんです。「どんなことでもできる。不可能なことでも」と彼女は言うけど、彼女の一番の凄い魔法というのは、スナップ一つでお部屋を片付けるとかではなく、“自分を信じる心”が一番の彼女の凄い魔法だなって映画を観て思ったんです。絶対に揺るがない、絶対に信じている。自分も信じているし、相手のことも信じている。それが観ていてグッとくるところですね。

――私は最初から最後までほとんど泣きっぱなしでした。

 私もそうだったんです。あのストリングスの音楽から涙が出てきたし、メリーが現れたときは泣いちゃって。

――前作とリンクしている所がたくさんあったというのもありますし、大人になったマイケル・バンクスの人生背景もまた涙ものですよね。

 マイケルが歌うシーンもいいんですよね。難しい歌を歌われて。

――谷原さんが絶妙に歌で表現されていて。忘れていたものを呼び起こしてくれたというような感じがしました。

 私の歌で「HEROES」という歌があるんですけど、<自信なんていらない 自分らしくあれ>という歌詞を書いたときに、私自信が凄く励まされた部分があったんです。メリーも正に同じことを言っているんじゃないかなと最近思っていて。メリーは絶対に「自信を持ちなさい」と言わないんですよね。街灯点灯夫のジャックが、子供達が道に迷って絶望的になったときに「君達はここで膝を抱えて下を向いたままにするか、それとも僕と一緒に心に小さな明かりを灯すか、君ならどうする?」と訴えかけるところが凄くいいシーンだと思っていて。本当にそうだなと。一瞬一瞬、ちょっと落ち込みそうになったときに、「私は心に灯を点けよう」と思って奮い立たせたりとか。心の支えになる映画だなって思います。

――それと「舞い上がるしかない」という歌の、<舞い上がるしかない>という歌詞は語尾を伸ばさずスパッと切っている。言い切ることで「後ろは向かない」と暗に示しているんですよね。

 あそこもまた英語と違う感じで名訳ですよね。

平原綾香

平原綾香


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