作詞家の浜端ヨウヘイと作曲家の浜端ヨウヘイ

浜端ヨウヘイ

――さて、3曲目は矢野真紀さんのカバーで「夜曲」なのですが、この曲は昔からお気に入りの曲だったみたいですね。

 そうなんです。カバー曲をCDに収録するのは初めてなんですが、この曲に出会った時のエピソードがありまして。当時、僕は高知大学に在籍していて、21歳ぐらいの時にシンガーソングライターの先輩のライブを観に行ったんです。その頃僕はバンドが好きで、弾き語りのライブってあまり観たことがなかったので興味津々で見に行きました。その先輩はオリジナル曲も歌っていたんですけど、その中でこの「夜曲」も歌っていて。その時の僕はまだこの曲を知らなくて、めちゃくちゃ良い曲歌っているなあと感動して、先輩に「『夜曲』すごく良かったです! 売れますよ!」と話したら先輩が気まずそうに「ヨウヘイ、あの曲はカバーやねん...」と(笑)。

――それは先輩気まずいですね(笑)。

 そこで初めてこの曲を知って、矢野真紀さんが歌っていて、寺岡呼人さんが作詞・作曲ということがわかったんです。2017年に高知のライブハウスで呼人さんと初めてお会いした時にも楽屋でこのお話をさせて頂いて、その日のライブで呼人さんがセルフカバーされたのを聴いて「本物だ!」と感動して。このシングルに「夜曲」をカバーして入れることになったのは自然な流れでした。プライベートでもカラオケでよく歌っていたので、浜端ヨウヘイの「夜曲」とクレジットされるようになるのはすごく嬉しいですね。

――呼人さんもライナーノーツで「縁」が結んだ楽曲と仰っていて嬉しそうでしたよね。そのきっかけとなった先輩には、呼人さんプロデュースでこの曲を歌うことを報告されたんですか。

 報告しました。先輩は「俺のおかげや」みたいな感じでしたけど(笑)。でも、本当にそうで先輩のライブに誘って頂いたおかげで、この曲を知ることが出来ましたし、このお話を呼人さんにお伝えすることも出来たので。

――さて、浜端さんにとって平成とはどんな年でしたか。

 僕は昭和59年生まれなんですけど、昭和の記憶はほとんどないんです。なので、昭和との比較は難しいんですけど、テクノロジーの進化や生活の変化が目まぐるしい30年だったんじゃないかなと思っています。僕自身はこうやってメジャーデビューするということだったりしますが、それぞれに直結するストーリーが人の数だけあるんじゃないかなと思います。この「カーテンコール」はこの時代に出す曲ではあるんですけど、時代が変わってもずっと聴いて頂きたい曲です。

――最後に新たなスタートとも言える今作ですが、どのようなアーティストになっていきたいと思っていますか。

 今回、共作という形で制作させて頂いてすごく楽しかったんです。詞先で曲を付けるのは難しいという話をよく聞くんですが、メロディが先にあると言葉数が決まってしまうけれど、詞先だと言葉を妥協しなくて済むので僕は詞先がすごく好きなんです。自分になかった言葉を、自分の表現に変えていくというのは、これからまた自分で歌詞を書くうえでの大事な経験だと思っています。その経験を積んで、未来には作詞家の浜端ヨウヘイと作曲家の浜端ヨウヘイの2人の僕で作っていける気がしています。そういう風になれるように頑張りますので、応援よろしくお願いします!

(おわり)


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