新しい時代が始まることを感じさせてくれる歌

浜端ヨウヘイ

――さて、ついにメジャーデビューとなったわけですが、今作は寺岡呼人さんのプロデュースです。呼人さんとは以前から接点はあったのでしょうか。

 それがなかったんです。いつかはお会いしたいなとは思っていたんですけど。初めてお会いしたのは、2017年にひたすらライブで全国を回っていたツアーの終わりがけの12月。高知のライブハウスのマスターから呼人さんが高知でライブをするという知らせが届きまして。ちょうどその時に僕も四国の隣県にいて、マスターが「四国にいるなら、ステージに出させてもらえるように話しをするぞ」と言ってくれて、ご一緒できることになったんです。

――今まで培った人のつながりがこのきっかけを生んでくれたんですね。

 そうなんです。それで、僕のリハーサルの時、呼人さんが客席でずっと観ていて下さって。めちゃくちゃ緊張しました。そのライブの打ち上げの時に呼人さんの方から「一緒に曲を作ろうよ。大きい人の大きい声で歌ってもらいたい」ということを言って頂いて。その時はリリースとか関係なく、またライブで一緒にやりたいからそこで披露する曲を作ろうというお話でした。とはいっても飲みの席のお話だったので、どうなるかはわからないなとは思いながら、翌日「ご一緒出来たら嬉しいです」というメールをお送りして。そうしたらなんと早くも2018年の2月に歌詞を送って下さって、それがこの「カーテンコール」だったんです。

――そうだったんですね。

 本当に嬉しくて、その期待になんとしても応えたいと思いました。僕は「カーテンコール」のような、こんなに大きなテーマの歌詞は書いたことがなかったので、これを僕の言葉で歌っているようにするには、どういう曲にすれば良いのか、歌詞とにらめっこしながら悩みました。幕が降りて次の時代が始まるというのを、自分の中で芽が出るまで考えて、朝方に一気に曲を書き上げました。

――1日掛けて歌詞を飲み込んでいったんですね。

 そうです。そのあと呼人さんにギターと歌を録音したデモを送って、LINEでリアルタイムにやり取りしながら進めていきました。そのスピード感はまるでスタジオで一緒に作業しているかのようでしたね。それで、すぐに本格的なデモの制作に取り掛かりました。

――昨年の2月頃にはこの歌詞が出来ていたとのことですが、元号が変わるというのも、呼人さんは意識されていたのでしょうか。

 元号が変わるというお話はすでに世間に出ていたので、関係しているとは思います。この「カーテンコール」という言葉はひとつの時代の終わりと、新しい時代の幕開けというところで選ばれた言葉だと思いますし、僕にとっても新しい場面が来た瞬間で、新しい時代が始まることを感じさせてくれる歌になったと思っています。

――実際にレコーディングされてみて、思ったことはありましたか。

 今までは自分で作詞もしていたので、他の方の詞に曲をつけたことのは初めてでしたが、それに合うメロディを付けられたんじゃないかなと思います。この曲ができてから、その年の6月にお芝居(あやめ十八番“ ゲイシャパラソル”)をやらせて頂くことになったんです。芝居では脚本のセリフを言うことで自分ではない誰かを演じるという経験をしました。この経験が自分の中では相当大きくて。お芝居の場合はもう一度舞台に出ていくことをアンコールではなくてカーテンコールと言いますけど、実際にそこでその体験も出来ました。出来すぎたストーリーだなとは思うんですけど(笑)。

――何かを感じてしまいますね。過去にもこういったことはあったのでしょうか。

 ストーリーということではないですが、それこそ、山崎まさよしさんの前座をさせて頂いてからオーガスタに入るまでのスピード感は今回の感覚と近かったと思います。その経験があったから今回も呼人さんのスピードに、喰らいついていくことが出来たのかなと思っています。

――呼人さんとのレコーディングは、ディレクションなどご一緒されてみていかがでしたか。

 「結-yui-」からの4年間、僕は細かい表現が出来るようにと考えていた時期でもあって、小さく歌おうと意識していたんです。でも、呼人さんのディレクションは今までの僕が考えていた歌い方ではなくて、「もっとバーンといってみよう、歌い上げてみて」というものだったので、これまでの意識に囚われずこの曲に任せて歌いました。

――ある意味自然体の浜端さんで臨んだとも取れますね。

 そうですね。あと、実は今回最初に録ったデモのテイクが良かったということで、音源にはデモのテイクとあとからのテイクが混ざっています。そのデモのテイクが良いと思ってもらえた要因に、歌詞を頂いてからまだ一週間くらいしか経っていなくて、ただただ歌詞と向き合っていた時の歌だったということが考えられます。時間が経つと色んな考えも生まれて、言葉の捉え方も変わっていくところ、今回はただ歌詞の世界観に身を投じただけの純粋さが良かったんじゃないかなと思っています。

――2曲目の「溝の口セレナーデ」の歌詞は特にサラリーマンの方には響いてきますね。

 僕も会社員だった時は、歌詞にもあるような満員電車に揺られていたので、すごく気持ちがわかるんです。おそらく満員電車に乗っている多くの人が同じ気持ちになっているんじゃないかと思います。

――なぜ溝の口なんですか。

 僕が住んでる街なんです(笑)。この曲は世の中を俯瞰した神様視点で物語を書いてみようかというところから制作が始まりました。そこから主人公を街やお店だったりにシフトしていく中でトム・ウェイツの「サンディエゴセレナーデ」のイメージが出て来て、呼人さんが「それならばサンディエゴは東京でいうと溝の口だろう」と。曲に関しても、溝の口に何軒か僕がよく行くお店があるんですけど、そのお店やそこに来る常連さんのことを考えながら作りましたから。そうすると段々自分で歌詞を書いたぐらいの気持ちになってきて。なので、「カーテンコール」とはまた違った感覚ではありました。これはもう「わかるわかる」といった感じで。

――確かに早く地元に帰って飲み屋に行きたくなりましたから(笑)。

 そういう歌になったらいいなと思っていたので、そう感じてもらえて嬉しいです。

――この曲が溝の口の商店街とかでも流れたらいいですね。

 嬉しいですけど、立ち飲み屋さんとか行った時に自分の曲が流れてくるのはくすぐったいですね(笑)。出だしに<川の向こうは煌びやかな>という歌詞があるのですが、これは僕にとっては多摩川だったりします。僕、他の街に行ってライブした時に泊まるホテルを、川を渡ったところにすることが多いんです。川を越えると景色が閑静な住宅街になって、そこでオンオフが切り替わるような気がするんですよね。


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