宇多田ヒカルが12月9日、千葉市美浜区の幕張メッセで、約12年ぶりとなる国内ツアー『Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018』の最終公演をおこなった。11月6日・横浜アリーナを皮切りに始まったツアーは全国12公演を巡り、デビュー20周年目の記念日であるこの日にファイナルを迎えた。MusicVoiceではこのうち、5日・さいたまスーパーアリーナでの公演を取材。至極の音楽のなかで宇多田ヒカルの真摯な思いが伝わる一夜を以下にレポートする。【取材=木村陽仁】

一緒に歌おう!

 広々とした場内にびっしりと埋まるオーディエンス。ライティングによって山吹色に染まるステージには、ドラムやグランドピアノなどの楽器がひっそりと佇んでいた。この日のバンドは、ベースのジョディ・ミリナーをリーダーに、ギター、ドラム、キーボード&ピアノ、キーボード&パーカッション、ストリングスの編成。目を見張るのは豪華なライティング。ステージバック一面に広がるスクリーンをはじめ、四方八方に設置されていた。

宇多田ヒカル。5日・さいたまスーパーアリーナ

宇多田ヒカル。5日・さいたまスーパーアリーナ

 一般的なライブなら大きい雑踏もこの日はひっそりとしていた。待ちに待った再会を、固唾を呑んで待っているかのよう。開演が近づき2階席付近のライトが消える。その瞬間、歓声が上がる。少しの変化にも敏感だ。しばらくして、バンドメンバーが姿を現す。再び歓声。そうして迎える宇多田ヒカルの再会、そして、出会い。それは意表を突くものだった。ステージ中央、奈落からゆっくりと上昇する人影。黒の衣装に身を包んだ宇多田ヒカルだった。驚きと喜びが入り混じった歓声が割れんばかりに響く。一息つくことなく始まる。「あなた」。観客、バンド、宇多田ヒカル、そして過去と現在、全て繋がった瞬間だった。

 力強さを持ったドラムとベースがリズムを作っていく。そこにギターやピアノが入り込む。心地良いサウンドが体に染み渡っていく。そのなかで宇多田ヒカルの優雅な歌声が響き渡る。始まってしまえばあっという間に時が過ぎていく。

 曲間を、ドラムとキーボードが繋ぐ。そのサウンドはやがてあるイントロに変わり、宇多田ヒカルが歌い始める。「道」。心地良いバンドサウンドに心を踊らせた高揚感は、楽曲の輪郭がはっきりとした瞬間に感動へと変わった。鳥肌が立つ。手拍子が自然発生的に起こる。彼女も手を挙げて応える。どんどん繋がっていく。

 2曲を終え短く挨拶。「やっほー! みんなげんき! おまたせ!」。飾らない人懐っこい彼女がいた。

宇多田ヒカル。5日・さいたまスーパーアリーナ

宇多田ヒカル。5日・さいたまスーパーアリーナ

 そして「traveling」。感動の輪がますます広がる。胸を打つドラムに軽快なギターとピアノ。跳ねるベース。歌詞の一部を会場名に変えれば大歓声。「もっと一緒に歌ってよ!」と宇多田ヒカルは笑顔を見せながらマイクを客席に向ける。再会を待ち侘びていたのは何もファンだけではなかった。最高のサウンドと最高のステージで共に歌い、共に踊り楽しもうよ、そんな心の呼びかけが伝わってくる。

 再び曲間をドラム、キーボードが繋ぐ。その音はやがてあの曲へと変わっていく。「COLORS」。グルーヴ感たっぷりなビターなサウンドに乗る懐かしの楽曲。初期の楽曲はこの日、サウンド、そして宇多田ヒカルの歌声によってアップデートされていた。大人の味わいがあった。

 ここでMC。「初めましての人がいたら、初めまして。前にも会った人はお久しぶり!」と挨拶すると「おかえりー!」コール。それに「ただいま」と笑みをもって返す。温かい空間だ。この会場との所縁を語り、この日許されたスマホでの撮影について触れ「人に迷惑がかからない程度ね」と優しく説く。そして「こんな感じで宜しくお願いします」と語って間を入れずに歌い出す。

 「Prisoner Of Love」「Kiss & Cry」「SAKURAドロップス」。「SAKURAドロップス」はそれまでのリズムサウンドよりも和の流れを際立たせたサウンド構成だった。スクリーンも桜色に染まる。

宇多田ヒカル。5日・さいたまスーパーアリーナ

宇多田ヒカル。5日・さいたまスーパーアリーナ

 改めて「ありがとう」とお礼を言うと、会場の後方を指して「いつもとは違う照明で、今あの奥が凄く綺麗だった」と語った。何気なく語った言葉だが、後に、宇多田ヒカルの変化を感じさせる言葉だったことに気付く。

 そして、続ける。「休んでいた間も、この8年間、みんなもいろいろあったと思う。こうして一緒にライブができるのは良かった」。優しさが滲み出ていた。

 音楽を再開させる。アコースティックギターが誘う「光」。そして「ともだち」。ここからは趣が変わる。スクリーンに映し出される海底のような映像。繊細な色使いのなかでゆったりと歌う宇多田ヒカル。女性ダンサーも現れ、優雅な舞で曲の世界観を広げる。

 その女性ダンサーが、「Forevermore」のMVで振付を担当した高瀬譜希子だった。ふたりは手を繋ぎ、それをぶらぶらと前後に振りながらトークをする。仲の良さが滲み出る。「それではもう1曲いいかな? あれ? タモリさんのような感じになっちゃった」と照れ笑い。

 天井のライティング装置が下がる。真っ赤に染めあがるステージ。そのなかで「Too Proud」をふたりだけの空間で披露した。ラップに合わせて優雅に踊る高瀬譜希子。跳ねる言葉。宇多田ヒカルも踊る。

宇多田ヒカル。5日・さいたまスーパーアリーナ

宇多田ヒカル。5日・さいたまスーパーアリーナ

今一番ライブを楽しんでいる

 ライブの前半と後半の間には、お笑い芸人で作家の又吉直樹と「Laughter in the Dark」をテーマに制作した、ショートムービーが流された。「希望と絶望」について語り合う、ユーモアを織り交ぜた演出に場内は笑いが起き、ほっこりとした空気が流れた。

宇多田ヒカル。5日・さいたまスーパーアリーナ

 その上映が終わると、一瞬暗くなった場内の後方にスポットライトが集中する。白を基調としたワンピース姿の宇多田ヒカルがいた。突然の登場に大歓声が上がる。一辺3メートルほどの四角いステージ。その周囲を追うライトは薄く天井まで伸びていた。幻想的な空間のなか、グランドピアノの音色を便りにバラードナンバーを歌う。「誓い」、そして「真夏の通り雨」。

宇多田ヒカル。5日・さいたまスーパーアリーナ

 「花束を君に」の曲終わり、深々と一礼するとステージを降る。そして、前方のメインステージへと客席を伝いに向かう。そして、メインステージに着くと曲を結び、「Forevermore」へと繋げる。ストリングスがドラマチックな空間を作り上げたかと思えば、中盤からはドラムとベースがとってかわり、グルーヴィーになる。徐々に疾走するサウンド。大盛り上がりのなか、終える。

宇多田ヒカル。5日・さいたまスーパーアリーナ

宇多田ヒカル。5日・さいたまスーパーアリーナ

 ここで改めて「ありがとう」と語り、マイクスタンドに手を添える。

 「20年という大きな節目を迎え、色んなことに感謝しています。デビュー当時は20年やれると思っていなかったし、活動休止を発表したときは、もう見られないんじゃないかと思った人もいたと思う。その時はライブもそのうち…と思っていたけど、いろんなことがあって。人前に出るのも嫌だなと思った時もあったし、ライトが苦手になったり。私、ライブできるかな、ツアー大丈夫かな、と思ったけど、でも今までで一番ライブを楽しんでいて。それはお客さんとの関係なのかな。みんなをひっくるめ20年ありがとうというつもりだったけど、ただライブが出来ていることがすごいことで、ありがとう」

 飾らない言葉で感謝を伝える。

 このライブの心地良さは互いの信頼関係があって生まれるものだと改めて気が付く。互いが互いを刺激して満たされる音楽がそこにはあった。

 そして、「First Love」、「初恋」。足下のスモークは滝のようにステージをくだる。アコースティックギターとグランドピアノ、そしてストリングス。この曲に必要な言葉がはめられ、この言葉に必要な音が置かれ、その世界観やメッセージは、宇多田ヒカルの歌声を伝い広がっていく。天井から注ぐ白のライティングはいつしか、オーロラのような光のカーテンを作っていた。

宇多田ヒカル。5日・さいたまスーパーアリーナ

宇多田ヒカル。5日・さいたまスーパーアリーナ

 歌い終えた宇多田ヒカルを大歓声と拍手が包み込む。口元を震わせながら、オーディエンスを見つめる。今にも涙が溢れてきそうなそんな佇まいだった。そして「次の曲で最後になってしまうけど、乗れる曲だと思うので、みんなが気持ちよくなってくれたら。好きに動いて、好きに聴いてください」と「Play A Love Song」。手拍子が起こるなかで、ステージの両端を行き来して、手を振る宇多田ヒカル。会場全体が一体になり、音楽を楽しんだ。こうして本編の幕は閉じた。

エネルギーを全て出したい

 アンコールを受けて再び登場した宇多田ヒカルは「俺の彼女」を届ける。そして「もっとやりたいことあるし、まだ帰れないよね!」と笑顔で語ると、バンドメンバーを紹介。それぞれがソロパートを演じ、最後に「ボーカルの宇多田ヒカルです! 宜しく!」と挨拶。自由な演奏のなかでやがてあのメロディを刻みだす。「Automatic」。

 場内が熱気に包まれる。グルーヴィーなサウンドのなかで体を揺らす観客。手拍子を送るストリングス隊。ギターのソロがクールに響く。

 「ありがとう!」と感謝する宇多田ヒカル。多くの拍手を受けて再び口を紡ぐ。いつ涙腺が崩れてもおかしくない状況が後半からずっとあった。そして、「バンド紹介はしたけど、ステージ上にはいない必要なスタッフもいるので」と、PAやテック、運営やスタッフ、更には撤収スタッフなど裏方を挙げ「縁の下で頑張っている人たちに熱い拍手をお願いします」と呼びかけた。人思いの一面が表れる。

 そして、「ショートフィルム、楽しんでいただけましたか? 早着替えをしているときに笑い声が聞こえたのは新鮮で。脚本を手掛けた又吉さんにも拍手を送ってください」とし、「体が良い感じに温まっているので終わりたくないけど、エネルギーを全て出したい。一人で来ている人も仲良く、自分らしく楽しくいきましょう!」と語って、最後は「Goodbye Happiness」。

 ステージ左右、そして中央に向かい、それぞれ頭を深々と下げる。都度、両手を口元に抑え、ファンへの愛の印を示した。

宇多田ヒカル。5日・さいたまスーパーアリーナ

宇多田ヒカル。5日・さいたまスーパーアリーナ

言葉を大事にしていることの意味

 宇多田ヒカルの人柄がそのまま反映されたかのような温かみのあるライブだった。音響が良く、聴き心地が良い。そして、バックバンドの演奏。ステージや客席を目いっぱいに使ったライティングも華やか。全てにおいて最高級だった。それを前提に、この日は音楽を通じて旧交を温めるような感覚もあった。

 初期の頃の楽曲は当時の記憶を連れ出すかのような感覚で、自然と鳥肌が立つ。一方、復帰以降の楽曲は様々なジャンルを取り入れた挑戦的な音楽が並ぶ。新旧が織り交ざったセットリストでも何かが突出することなく均一に聴こえるのは、初期の楽曲が“今の宇多田ヒカルの音楽”にブラッシュアップされているからであろう。それを可能にしたのが今回のバンド編成であり、音響なのだと感じる。音数が多いながらもしっかりと空間を持たせたその絶妙さ、その繊細さに心地良さを覚えた。

 宇多田ヒカルはこの日のライブで「こうして続けられるのはみんなとの関係性なのかな」と語っていた。全く知らずの人が共に歌い、共に体を揺らし、共に宇多田ヒカルの音楽に恋い焦がれる。それを繋いだのが音楽であり、宇多田ヒカルの楽曲であった。宇多田ヒカルが近年、言葉をより大事にしている理由が分かった気がした。

 人思いで人懐っこい一面も表れた。遠い存在のように感じていたその距離は実は短かった。彼女のライブを通して、改めて音楽の楽しさを感じさせた、そんな夜だった。

セットリスト

Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour
M1 あなた
M2 道
M3 traveling
M4 COLORS
M5 Prisoner Of Love
M6 Kiss & Cry
M7 SAKURAドロップス
M8 光
M9 ともだち
M10 Too Proud
M11 誓い
M12 真夏の通り雨
M13 花束を君に
M14 Forevermore
M15 First Love
M16 初恋
M17 Play A Love Song
EN1 俺の彼女
EN2 Automatic
EN3 Goodbye Happiness

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