サンミュージック グループ創立50周年記念式典が27日、都内でおこなわれ、所属タレント約160人が出席。50年の歩み、そして未来について語り合った。

 デビューした時の想い出を聞かれた所属48年になる野村将希は「内幸町にあった時代に相澤(秀禎)会長に事務所に遊びに来いと言われて行ったら、森田(健作)先輩がファンレターの返事を書いていて、その時に森田先輩と目が合って俺もスターになれると思いました」と直感が働いたという。

 所属42年の太川陽介は当時の共同生活を振り返り、相澤会長が毎朝ジョギングしており、朝の6時に叩き起こされたという。それについて野村に振ると「俺はけっこう売れてたから(ジョギングに誘われることは)なかった(笑)」と話す。

 当時はみんな売れていても売れていなくても給料は3万円だったという。太川はそのジョギングで会長から芸能について色々と教わったという。その中で一番心に残っている言葉は「僕らは夢を売る仕事だから」という言葉だった。それが今でも太川の心に残っていると述べ、会長が亡くなってから「夢を売らなきゃ」という思いはより強くなったと話す。

 野村は音楽祭で金賞を獲った時のエピソード。アンコールで袖から出る時に後ろから肩を叩かれ、振り返ったら相澤会長だったという。会長から「しっかり歌えよ、アンコールだからな」と言われたら涙が溢れ歌えなくなってしまったという。サンミュージックのスタッフも全員が泣いていたという。一丸となってやっている、サンミュージックがアットファミリーだと言われる要因だと語った。

 この式典にタレントが160人集まっていたことを聞いた太川は、「埋もれないようにしないと」と、これからの活動へのやる気を見せた。最後は野村と太川の「ルイルイ」を一緒におこない楽しませた。

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