INTERVIEW

こぼれてしまう要素丁寧に、蓮沼執太フィル 個性の活きる音楽


蓮沼秀太フィル

記者:小池直也

掲載:18年10月12日

読了時間:約13分

 音楽家の蓮沼執太が主宰する16人の現代版フィルハーモニック・ポップ・オーケストラ、蓮沼執太フィルが7月18日、2ndアルバム『アントロポセン』をリリースした。 2014年1月の1stアルバム『時が奏でる』から4年半ぶりとなるこの作品は、クラシック作品と違いメンバーを想定して作曲されており、奏者交換不可能な不合理、それがもたらす有機的で柔らかいグルーヴが印象的。軍隊の様な規律に沿った、合理的な西洋のオーケストラの在り方に対し蓮沼は「メンバーの個性や文脈を受け入れる余白を残している」という。彼の作品に込めた想いから最近の興味関心、世界的に議論になっているマイノリティの問題に至るまで話を聞いた。【取材=小池直也/撮影=村上順一】

メンバーの個性や文脈を受け入れる事

──新作をリリースされて少し経ちますが、リスナーの反応などはいかがでしょうか。

インタビューに応じる蓮沼執太(撮影=村上順一)

 久しぶりの新譜ということもあるし、全国で良い評判をいただいています。丁寧に作った作品なのでそれが世に出るのはすごく嬉しいなと素直に思っています。僕はソロ名義でもアルバムを発表していますが、今回は16人で作ったアルバムという意識があるので、普段とは作品としての向き合い方が違ったんですね。ソロだと制作中は僕が1番その音楽を聴いているわけです。まあ作っている本人だから当然なんですけど(笑)。そして、その音楽が完成したら僕の手から離れていく、というか巣立っていく感じがいつもあります。完成後はほとんど聴き直さないんですね。

 でもフィルは大勢で作りあげているので。割とまだ聴けるというか、俯瞰している部分もあって面白いなと改めて思っています。音楽的には全力でやりきった気持ちでいるので「こうしとけばよかった」みたいな後悔はないですし、新たに収録した曲たちもライブ演奏用にリアレンジされた状態になっているし、すでに進化し始めています。

 フィルは、そもそも毎日のようにライブしているアンサンブルではないので、年に何回か集まって演奏しています。今回のアルバムは『時が奏でる』を出してから4年半ぶりになりますが、昨年『Meeting Place』というイベントをおこなっているので約2年ぶりのリユニオンになります。2017年は公開リハーサルとその公演しかおこなっていません。16人もいれば普段から会う人もいれば、蓮沼フィルの現場でしか会わない人もいる、という感じです。もちろんこういう時代なのでみんなが何をしているか、というのは情報は入ってきます。僕自身もメンバーそれぞれの活躍もチェックしていますし、演奏を観に行ったり音源も聴いてましたよ。

──今回収録されたのは「メンバーの顔が見える様な曲」だそうですが。

 顔を浮かべるというよりは、それぞれの演奏を思い浮かべていた感じです。演奏に対する向き合い方、「この人ならこう演奏するだろう」という事に対して曲を当て書きしながら作っていきました。アルバム制作というのは、まず作曲をして、それを演奏をしてもらい、録音をするという流れになるので、作曲が完成した段階でメンバーにその音楽が受け渡されるんですね。僕の中で考えた音楽がメンバーに渡って演奏されると、イメージを超えた素晴らしいものになる。それは刺激的だなといつも思います。

──楽曲の制作はどのように?

 フィルは楽器構成が決まっているので、楽器の音色やレンジがもちろん決まっています。演奏するのも固定のメンバーなので、その人間も決まっています。だからある種のルールというか、限界や決まり事というのも発生する。かつ、みんなで音を出した時にどういうハーモニーが生まれるか、どういう効果があるのかという事も考えています。なので、すべて自分の範囲内で作られるソロアルバムを作る時とは全く違いますね。ただ、環境やプロセスが違ったとしても同じ人が作るので、作品の質感や雰囲気は僕の存在が見え隠れするような音像になっていると思います。

 僕はいつも音楽が作られ始める最初のステップを一番気にしています。つまり、作り方をいつも変えています。フィールドレコーディングの素材から作り始めたり、皿を叩いた音からだったり、自分の息から作り始めたり…。でも、フィルの時は割と固定でピアノを弾きながら作りはじめることが多いです。まずは曲のラフスケッチみたいなものを作っていって。それができた段階で構成をどうしようかと。フィルの場合は「組み立てていく」という感じが近いかもしれません。ラフスケッチの段階でメロディが乗っていたりする事もありますけど。その後、デモやスコアをメンバーにお渡します。

──ちなみに今はどこにお住まいですか?

 今は東京とニューヨークです。今年は東京にいる事が多かったです。2月にニューヨークでの個展、4月に資生堂ギャラリーでの展覧会『 〜 ing』もありましたし、『アントロポセン』のミックス作業もほぼ同時進行でやっていました。楽曲に関しては、新曲はすべてニューヨークで作曲したものです。ニューヨークと東京、場所や環境が違うからといって、具体的な違いがあるのかは僕もわかりません。ただその時の自分の音楽の向き合い方というのは変わるとは思います。自分の中ではニューヨークへは作品制作のために行っているので、内面的な違いは生まれるのかもしれません。

 矛盾するような話になりますけど、制作に集中している時だけが制作でもないですよね。つまり、東京でメンバー達と音楽の事も話している時だってある意味では音楽制作のひとつとも言えるんですよね。色々な時間、場所での経験が作品に繋がっているはずですよね。日々の世界に対する問題意識が起点となって作品制作をしていく事もあるし、環境それぞれに色々な刺激がありますよね。だから、むしろ僕みたいな作家は永住せず、色んな場所で音楽をできた方がいいと思います。「明日パリに行くので」とパリで制作するのもいいし、欧米だけじゃなくて、場所関係ない色々な場所で。割とそう考えています。

──今作で抱えていた問題意識はありますか。

 『アントロポセン』(人新世という意味)は地質の新しい年代に名付けられた名前で、オゾンホール研究のパウル・クルッツェンが名付けた造語です。人間活動が地球の生態系や気候などの影響を及ぼすことなった時代を地質学的に定義する言葉ですが、僕は人類の活動への警鐘としてこの言葉が生まれたと思っているんです。新しい地質年代という言葉自体に僕にとっては意味が無いんです。

 そもそも蓮沼フィルの16人で様々なミュージシャンが集まって音楽をするというのは合理的ではありません。僕らはいわゆる西洋的なオーケストラではありませんが、それらはやるべき事は決まっていて、それを確実に音楽を実行されるという様なフォームになっています。厳格に、軍隊みたいな編成です。だからこそ、力強い音楽が作られるわけでもあります。でも蓮沼フィルというのは、メンバーの個性だったり、メンバーそれぞれの文脈、生きてきた道というか、そういうものを自分なりに引き受けて演奏してもらえるといいな、と思ってやっています。だから「俺の楽譜通り弾け!」というような事ではないんですよね。

 普段こういったことは合理的ではないから、使いものにならないからと切ってしまいがちじゃないですか。そういう効率性を重要視するからこそ溢れてしまう要素を丁寧に扱っていきたいと思うんですよ。その表れがフィルの活動でもあります。その活動自体が問題意識というか、現代の社会へのひとつの行動の表れというか。音楽を通して表現しているというところです。そういう考えが直接的ではないですが、歌詞に入っていたり、音の重なりだったり、タイトルとなって表れているんじゃないかなと。

──蓮沼フィルは多様性を含めて音楽を奏でているという感じでしょうか。

 例えば、「ただヴァイオリンだけ弾いてください」という指示だけをメンバーに伝えているんじゃないんですよね。演奏される楽器があって、演奏者がいて、さらに奏者が出す雰囲気もありますよね。服装などの身なりや表情なども。それらも個性の表れですし、奏でる音と親和性は高いはずです。人間がもともと持っているファクターを自然に出力できるようにしたいし、それはメンバーのことを信じているからできることだと思ってます。

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