嵐のシングル「夏疾風」が7月にリリースされた。ゆずの北川悠仁が作詞・作曲した今作は、朝日放送系列の高校野球中継公式応援ソングにも採用された爽やかな応援ソングだ。嵐の楽曲にはこれまでも応援ソングがあるが、特徴としてその時期の彼らのリンクしていることが言える。その時期にリリースされた応援ソングを考察すれば、彼ら自身の“いま”がうかがえる。それでは「夏疾風」はどのような“嵐”がみられるのか。これまでの歩みに触れながら考えたい。【五十嵐文章】

応援ソングに定評のある嵐

 今作のみならず、いわゆる“応援ソング”と呼ばれる楽曲に定評のある嵐。「SUNRISE日本」や「GUTS!」など、ファンのみならず多くの人から長年愛され続けているヒット曲が多数存在する。

 彼らの応援ソングには、キャッチーなメロディや共感性のある歌詞など多くの魅力がある。もちろん楽曲だけを聴いていてもその魅力は十分に感じられるが、彼らの活動の背景を知ることで、更に楽曲の中で表現されるエモーションに説得力を感じることができるだろう。なぜなら、彼らの楽曲の歌詞は、その時々の彼ら自身と強くリンクしている傾向があるからだ。

 今年結成20周年を迎える嵐のキャリアを大まかに3つの時期に分け、各時期にリリースされた応援ソングの歌詞の特徴との相関性を探る。

1999年(結成)〜2005年

 結成年である1999年から2000年代の初頭までの嵐は、いわば地盤固めの時期にあったと言える。

 バレーボールワールドカップのイメージキャラクターとしてデビューした嵐だが、実は別のジャニーズJr.のグループのデビューが中止となったことにより、その穴を埋めるために急遽結成されたグループだった。

 そのため、メンバー自身もグループ自体を期間限定のものだと思っており、各々がグループに対して不安定な想いを抱いていた時期でもあったという。

 その後、自主レーベル「J Storm」の立ち上げやメンバー5人が主演を務める映画の制作など、メンバーの自主性が求められる活動が徐々に増えていった。そのプロセスの中でメンバー個々のキャラクターが活かされるようになり、今現在の“仲良しグループ”ぶりに繋がるメンバー同士の信頼関係も築かれていったように思える。

 この時期にリリースされた人気の応援ソングは、「SUNRISE日本」「ナイスな心意気」「サクラ咲ケ」など。現在の彼らの楽曲と比べると、どこか庶民的で等身大の素朴さを感じる歌詞が印象的なものが多い。どこにでもいる今どきの青年の気持ちを代弁しているようなイメージの楽曲だ。また、メンバー5人の手により作詞・作曲がおこなわれるようになったのも、この時期から。特に、櫻井翔の手によるラップリリックには、当時の彼の気持ちが真っ直ぐに表現されている。

「サクラ咲ケ」
<今 蒔けば種 花咲かす>
<やった後言うなら まだ分かるんだ>
<そう そりゃ時間なんてのはかかる>
<春には 大きな花を咲かす>

 このリリックからは、その後の嵐の快進撃を予言するかのような力強い意志が感じられる。

2006年〜2009年

 アジアツアー開催やキャリア初のドームツアーなど、活動の幅が大きく広がったのがこの時期。結成10周年を迎える頃には、国立競技場公演開催やNHK紅白歌合戦初出場など、現在の“国民的アイドル・嵐”の姿へと繋がる快進撃を遂げるようになった。

 この時期には、「きっと大丈夫」「ファイトソング」などの応援ソングがリリース。中でも「ファイトソング」は、番組の企画でメンバー5人が作詞をおこない、二宮が作曲をした楽曲として今でも多くのファンに愛される名曲だ。

 この時期の楽曲は、リスナーの背中をそっと押すような元気で優しい歌詞が印象的なものが多い。等身大の青年達の気持ちというよりは、より普遍的なメッセージが歌詞に込められるようになっていった。

「ファイトソング」
<時には泣いていいよ>
<弱いとこ見せても大丈夫>
<でもそこで腐るな!>
<まだやれる その先の夢(さき)>

 嵐にとってこの時期は、今までの地道な活動が名実ともに結実した頃。蒔いてきた種を花咲かせた彼らだからこそ説得力を込めて歌える、堂々たる前向き応援ソングだ。

2010年〜現在

 NHK紅白歌合戦の司会に抜擢、「2万人が選ぶ好きなアーティストランキング」で前人未到の7年連続1位に選ばれるなど、2010年代から現在までの嵐はアイドルとしての円熟期に突入している印象がある。

 この時期の人気応援ソングといえば、「ワイルドアットハート」「GUTS!」などの楽曲。今までのようにわかりやすいメッセージをポップに伝える応援ソングの数は減ったが、「男っぽく力強い言葉選び」「大人らしい優しく見守る眼差し」が印象的な歌詞が特徴だ。

 そして、最新曲「夏疾風」では、そんな“大人のアイドル”嵐の最新の姿を垣間見ることができる。

<遠く見える蜃気楼 投げ出しそうな心>
<どこからか聞こえてくる 励ましてくれる声>

<一人ひとりの物語>
<泣いたり笑ったり>

 など、リリカルな情景描写が印象的なこの歌詞の中には、具体的な一人称が出てこない。この曲の中では嵐は今までの応援ソングのように“物語の主人公”ではなく、“語り手”として存在しているのだ。

 そして、嵐が語る物語の主人公は、他でもない、この曲を聴いているリスナー自身である。嵐というグループの成長と共に普遍性を身につけ、より多くのリスナーに響く作品となっていった嵐の楽曲。いわば“究極の普遍性”を携えた『夏疾風』を高らかに歌う現在の嵐は、名実ともに“国民的アイドル”そのものであるといえるだろう。

 その時々の嵐の等身大の姿やパブリックイメージは、間違いなくその楽曲にも反映されている。それは楽曲をよりリスナーの印象に残るものにするための制作陣のテクニックや想いによるものも大きく、更に映画やドラマなどタイアップによっても変わってくるが、一方で嵐というグループ自体にも、そのような楽曲をクリエイターから引き出す“引力”があるとも言えるだろう。時には自ら楽曲を制作することもある彼らの今までの歩みにこそ、嵐の応援ソングの魅力の根源があるのだ。

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