伝えたいという思いが原動力

――SEKAI NO OWARIとの出会いを教えてください。

 ホームページなどで新人を探しているなかで「世界の終わり」という名前がありました。彼らのライブがちょうど下北沢のGARAGEであって。彼らを見た時の印象は「他に新人を探さなくていい」と思うくらい僕にとって衝撃でした。お客さんは全然居なかったんですけど、4人の佇まいや表情が印象に残っていて「これは早くしないと」と思ってライブ終わりに声をかけました。

 最初の言葉は「君達の音楽が大好きです」でした。名刺を受け取ったのはFukase。向こうもずっとデビューしたいと思っていたし、そういうチャンスを待っていたタイミングで初めて現れたのが僕だったようです。緊張して名刺の扱い方がわからなかったみたいで、渡した名刺をクシャクシャってして(笑)。「コイツ大丈夫か?」と思いましたけど持って帰ってくれて。その後に彼らが自主制作していた場所、「club EARTH」で会ったときはフランクで色んな話をしました。

 当時、メンバーはCDの流通の話をしていて、「自分達が作ったものがあるからこれを流通しよう」みたいな話で盛り上がって「会社で話すよ」ということで持って帰ったら上司に「勝手に決めるな!」って怒られて(笑)。結果、CDの流通は出来なかったんです。

TOKYO FANTASY取締役・宍戸亮太氏

TOKYO FANTASY取締役・宍戸亮太氏

――「彼らの佇まい」というお話がありましたが、ボーカルの歌声やバンドの音楽性などについてはどういった印象を受けましたか?

 言葉にするのが凄く難しいんですけど、良い意味で衝撃でしたね。ほぼ毎日新人の音楽を聴いていて、ちょっといいなと思うけど、なかなか声をかけようとか「本当にこれいいな」と思うことがなかなかなくて、そんなときに彼らが出てきて。「これだ!」という感じでした。演奏もまだまだバラバラだった。あの頃は原石のままというか。儚いけど強い、というか。今はもっと逞しくなりましたけど。

――セカオワに関して当時の会社の反応はどうでしたか?

 「どうだろう」みたいのもありつつ、社長は「お前がいいと思ったのならやってみろ」と言ってくれて。そこから1年くらいは様子見の期間といいますか、ライブをやってそれを手伝って。それである時に「ちゃんとレコーディングをして出す日を決めよう」となり、そこから動き始めました。

 それまでは所属契約はしていなくて「興味を持ってくれる人(宍戸氏)がいる状態」がずっと続いていました。契約はリリースをしようとなったときにしました。上司もいたので、色んな人のゴーサインが出ないと進んでいかなくて。メンバーも「あの飼い殺しの期間は何だったんですか」と今では冗談のネタにしてますけど(笑)。振り返れば、契約できなかったその1年で色んな力が付きました。結果として上手く行くための準備期間だったんじゃないかなと思います。

――最初にセカオワに会ったときに思ったのは「好き」という部分が大きかったのでしょうか? それとも「売れる」みたいな印象でしょうか?

 「好き」の方ですね。正直に言うと「売れる売れない」は分かりませんから。友達に「これ、いいから聴いてみなよ」と言うのも、自分が好きで「いいな」と思えば、その気持ちを含めて伝えられるし、そうでないとなかなか届けられない。「売れる売れない」以前に自分が好きであるということが大切だと思っています。むしろ僕にできることはそれしかないので。

――人と音楽を繋ぐ仕事って正にそれですね。彼らを手伝いたい、届けたいと?

 彼らの音楽を届けたいと。2010年1月11日に『SCHOOL OF LOCK!』(TOKYO FM)という番組で初めて「幻の命」という曲をオンエアしてもらって、そのときのことは忘れられないです。僕にとってもSEKAI NO OWARIのメンバーにとっても初めて人と音楽が繋がった瞬間だったので。誰も知らない彼らが電波に乗って色んな人の耳に届いて、人と音楽が繋がった瞬間を作ることができたことは忘れられないし、忘れないように大事にしています。

――2008年に出会ってから、2年後の『SCHOOL OF LOCK!』の時点で、ファンの方はどれくらい増えましたか?

 ラジオを発端に、そこからCDデビューしてからどんどん増えていった感じです。その前はなかなか。お客さん10人とか20人いるかいないかという感じでした。誰も彼らのことを知らないんです。

――レコード会社や担当者によって異なると思いますが、所属契約の一つの目安が、ライブハウスに100人呼べるか呼べないかというのがありますね。

 僕はそれに関してはあまり良いと思っていないです。大きくするのはスタッフ側なので。力を使わずに向こうの持っているものをおいしく頂こうというのは違うと思うので。もちろんそういう考え方もあるんですけど、お客さんゼロでも知ってもらえばいいだけで、それをちゃんとどう広げていけるか、繋いでいけるかということがスタッフにできることだと思います。インディーズのバンドも一生懸命集客しないと駄目だと言われる人もいると思うんですけど、そんなことで悩むのなら一生懸命曲を作った方がいいし。そうしたらきっと誰かが見つけてくれると思います。

TOKYO FANTASY取締役・宍戸亮太氏

TOKYO FANTASY取締役・宍戸亮太氏

――出会って3年半くらいで初の武道館公演を実現させたわけですが、それまでの3年は凄く濃い期間だったと思います。どういった感覚でしたか?

 まさに怒濤ですよ。日々必死にやって気づいたらそこまで来ていたという感覚です。武道館に限らず、いまだにそれは一緒ですね。メンバーも「もっともっと」という気持ちがある子達だから、それは出会った頃から変わらないです。ハングリーさはずっとあるんです。それがずっと続いている状態です。現状に満足をしない子達なので。

――お客さんが増えたと実感したタイミングは? 渋谷O-WESTでのライブは既に満員でしたが。

 渋谷O-WESTでやったときは対バンツアーでファイナルがO-WESTのワンマンでした。その後にワンマンでライブハウスツアーを全国まわって売り切れて、その年はフェスに色々と出させて頂いて色んな人が観てくれた、というところだと思います。CDが出て色んな人が興味を持ってくれて、色んな人に話をしてくれてというところから最初の歯車は回り始めたと思います。

――そのとき、マネージャーとして気を付けていたことはありますか?

 今でも変わりませんが、「僕の常識で縛らない」ということですね。僕の常識と彼らの持っている常識は違うし、僕が「できない」と思って止めちゃって、本当はできたことだったら、それは彼らの可能性を潰してしまうことですし。それを一番思ったのが、2013年の『炎と森のカーニバル』という富士急で初めてやった野外ライブでした。「30メートルの木を立てたい」という案がメンバーから出てきて、みんなは無理だと。危険だし今までやったこともないし、「これはできません」と。何度打合せをしても「立てたい」「無理です」という繰り返しでした。

 ある日ふと携帯電話にメンバーから画像が送られてきて、内容は30メートル以上ある建物ばかりだったんです。「これも30メートル以上ある。だからできない訳がない」と。この言葉をきっかけにみんなが腹をくくってやって。そうしたらできたんです。あんなに「できない」と言っていたのに終わったあとに「あれ、俺が作ったんだぜ」っていろんな人が言ってくれていて、あれはみんなの常識でできないと思っていたけど、メンバーの頭の中にはちゃんと存在していて、できないものができたときに人が受ける感動も大きいものだった。そこからSEKAI NO OWARIのライブというものが頭ひとつ抜けていったと思います。

 メンバーの持っている世界観とクリエイティブを爆発させたときに、あの子達にしかできないものができたし、それが彼らの強みになったと思います。実現させることでメンバーの中には次のクリエイティブが生まれる。その循環は絶対に作らないといけないと思っています。『炎と森のカーニバル』は5年前なので、そのこと自体を知らない人もいる。彼らにはああいう「クリエイティブ」なものも持っていることを世間にちゃんと伝えないといけない。そうしなければ次の5年、10年は作れないと思い、結構無理をしながらですが、しっかり形を作り上げて開催しているのが今のツアーです。このツアーを観に来てくれた人、例えば初めてライブを観に来た人は多分一生忘れないライブになると思います。(※編注=取材時は6月。ツアーはSEKAI NO OWARI 野外ツアー2018 『INSOMNIA TRAIN』で6月24日にファイナルを迎えた)

――マネージャーは理想と現実、その間に立つという部分があると思います。理想を全部聞いてあげたいという大変さもあるのでは?

 確かに大変な部分はありますね(笑)。一番の理想的な状態は「水」だと思っています。「水を得た魚」という表現があるように、メンバーが魚だとしたら一番良い水をあげたときに一番活き活きとするのと同じで、あまりこっちの常識を出すとメンバーが止まっちゃうかもしれない。僕が無色透明の水でいて流れだけを作ってあげて、もちろんそうじゃないと思うときは流れを変えてあげて、居るようで居ない状態で存在できることが一番理想なんじゃないかなと思っていて。「やれ」って言われたことってやりたくないじゃないですか? メンバーがやりたい、スタッフも「これやろう」となってくれている状態が一番強くて。みんなが自分のモチベーションでやりたいことを最大限できるように存在するのが多分理想の状態だと思っていて、極力「水」になるように意識しています。まだまだまだまだ勉強途中ですが。

――ライブにはお客さんが仮装して行くというのがセカオワのライブのスタンダードになっていると思います。SEKAI NO OWARIというバンドがこれだけ受け入れられているというのはなぜだと思いますか?

 なんでしょうね…感覚としては、まだ知っている人よりも知らない人の方が多いと僕は思っていて、何となく「ピエロがいるグループだ」とか、そういう認識でいる人はたくさんいると思います。SEKAI NO OWARIがこういう曲を歌ってこういうライブをやって、こういう人達がライブに来てくれて、というところは、ライブに来てくれた人は知っているけど、そうじゃない人は知らないのではないかと。その知らない人にもっともっと届けたいと最近思っているところです。

 今は新人中堅というところにきているけど、ここから5年、10年で何ができるかによって変わってくると思いますし、「いいね」と言ってもらえる人が増えていったら良いと思います。知らない人にちゃんと丁寧に届けていくことをやめてはいけないし、それをどれだけ慎重にできるかということが大事だと思っていて、今はそこですね。

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