奄美の先輩から意志継ぎたい、城南海 故郷が詰まった新作を語る
INTERVIEW

奄美の先輩から意志継ぎたい、城南海 故郷が詰まった新作を語る


記者:小池直也

撮影:

掲載:18年07月01日

読了時間:約12分

姉妹神、奄美の伝承

城南海(撮影=冨田味我)

――「西郷どん紀行〜奄美大島・沖永良部島編〜」で歌われている、姉妹神(ウナリガミ)についても教えてください。

 よくシマ唄の中で「あそこに立っている白い鳥は、鳥ではなくて姉妹神だよ」とか、「女性が鳥になって男性を見守っている」という歌詞があったり、「女性が守っている」という表現もあります。そこから姉妹神が島の大事な信仰であり、文化なんだなと。ドラマでも愛加那さんはユタ神様として描かれていますが、ユタというシャーマンみたいな人が奄美にいるんです。それも基本的には女性が司ると言われていて。これについても歌詞の中で描けたらいいなと思っていました。

 九州男児という言葉もありますが、実際女性が手のひらで上手くやっている場合もありますよね(笑)。女性が強い土地っていうのは守られていると私は思います。奄美も色々なつらい歴史がありましたけど、女性が神様だからこそ生き抜いてきたところがあるのかなと。

――世界的に見ると現代は女性が戦っているイメージで、奄美の伝承はそれを考えるヒントにもなりそうな気がします。

 そう思います。今は女性もみんな働いて、家庭も持っていますし。東京に出てくると、さらに感じますよ。地元にいると結婚している友人も多いですし、都会に出て頑張っている友達からも刺激をもらいます。女性が活躍できる世界であったら良いなと常々思ってますね。

――世界という言葉が出ましたが、海外で演奏などして気付いた事はありますか。

 先日、フィリピンに行った時に、現地のみんなと一青窈さんの「ハナミズキ」を日本語で歌わせてもらったんです。みんな日本の言葉を全部覚えてくれていて、日本が大好きという気持ちも伝わってきましたし、音楽で1つになる空間にとても感動しました。奄美のシマ唄を歌っても、すごい踊って楽しんでくれて。「音楽は国境を越えていく」という事を初めて自分で体験できました。標準語だから日本の音楽、という事ではなくて。民謡とかシマ唄など色々なアプローチで自分の音楽を世界に発信していけるかもしれないと感じましたね。

――確かに海外の人からしたら、標準語も方言も外国語ですよね。

 そうなんですよ。その考えのもと、全部島の方言で作った曲が「祈りうた 〜トウトガナシ〜」(2014年)でした。これが初めて方言で作った楽曲です。いざ作詞する時、私は「世界の平和への祈り」を書きたくて。世界中の人から平和へのメッセージを頂いて作りました。

 それは奄美で育ったから特に感じることなのかもしれません。どれだけ辛い歴史があったか、民謡を歌う様になって知った事もたくさんあります。アメリカだった時もあるし、琉球だった時もあるし、薩摩だった時もある。それぞれの時代の中で、色々な歌が生まれました。歌が支えになった部分が奄美にはありますよ。歴史をしらないと民謡って絶対歌えない。今奄美は平和ですけど、世界ではそうでない場所もたくさんあるから、それをよく考えています。

――日本は平和なので、歴史について考える機会は少ないのかもしれません。

 私も奄美に住んでいる時はシマ唄に興味がなくて、歌った事がありませんでした。島から離れて「シマ唄良いな、歌いたいな」と思った時に歴史を勉強するようになりました。それがわからないと、なぜこの歌詞を歌うのかがわからないので。それから歌い手の方に教えてもらいながら、歌も覚えていきました。奄美は書いて残せなかったから、歌で伝える事しかできなかったという面もあるのかもしれません。

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