アメリカの若者を見て「古典がない」と感じる

山中千尋(撮影=冨田味我)

――唯一の自作曲「ユートピア」についても教えてください。

 フリードリヒ・グルダ(1930−2000)という、ジャズとクラシックを両方弾く、天才的なモーツァルト弾きがいました。彼の曲を聴いた時に自分が知らないものを表現したい、という気持ちにとても触発されました。この「ユートピア」は彼に敬意を表した楽曲です。

 1曲目に持ってきたのはどこにも行きようがなかったからで、本当は「乙女の祈り」にしようと思っていました。でも「ユートピア」の方が割とストレート・アヘッドなジャズなので「ユートピア」にしたんです。私のやっている音楽は何かと訊かれたら、それはジャズなので。そういうサウンドのものを最初にしようと。

――この曲を含め、本作には7拍子に設定された楽曲が3曲(「管弦楽組曲第2番からバディネリ〜リコシェ」、「死んだ男の残したものは〜ホープ・フォー・トゥモロー」)収録されています。ジャズにおいて7拍子は珍しくなくなりましたが、これについては?

 よくある拍子は2拍子、3拍子、4拍子、6拍子といったものですね。2000年に入ってから、もうすぐ20年が経ちますが、5拍子や7拍子はもうデフォルトの拍子です。私が7拍子を選択したのは、それが自然だという事もありますし、自分の表現をする時に気持ち良い演奏ができるからです。4拍子ではできない細やかな、しなやかさを出せるんですよ。

 4だとどうしても割り切れるし、スクエアな質感になってしまう。7拍子にすることで、より繊細に、曖昧にも表現できます。細かすぎると、拍子が足かせになってしまいますが、5拍子や7拍子がちょうど良くて。より円に近い様な、そういう拍子だと捉えています。

――先人をトリビュートすることの意義について、今思っている事を教えてください。

 アメリカで生活していると「古典がない」という事に気が付くんですよ。切れてしまっている。だからそういうルーツを求める動きは、ジャズにおいて盛んだなと感じます。前作、今作ともにトリビュートしていると同時に、自分自身の表現を深める機会となりました。先人と同じ事をただやってしまうと、伝統芸能を守る会になってしまいます。でも私は過去と自分を重ね合わせて、より違う表現にトライしていきたいんです。

――「古典がない」という事についてもう少し詳しく聞きたいです。

 アメリカだと「今」しかないんです。この前バークリー音楽大学で教えていて、驚いたのですが、今の子たちはチャーリー・パーカーもデューク・エリントンも知らない。教育は今まであった事を知識として取り入れて、古いものを大事にしていく事だと思うんです。歴史を知らないので、今追いかけられるものをすごく大事にする様な。分断を感じます。インターネット世代の子は、今の自分の興味や快楽を掻き立ててくれるものを求めているんでしょう。

 でも、それで良いとも思うんです。私としても今起こっている事が好きなので。ただ、それがどこから来たのかと掘り下げると、昔のものに行き付くんですよ。アメリカでは音楽が教育になってきている部分があります。先輩がシェアしないとわからない。Spotifyやアップルミュージックの関連で、同世代の人たちばかりが芋づる式に出てきます。だからスティーヴィー・ワンダーやビートルズの曲を知っていても、オリジナルを聴いていなかったり、興味もない若者もいる。でも経験してる側からすれば、やっぱり聴いてほしい。そうしないと音楽が痩せてきてしまう気がしていて。余計なお世話なのかもしれませんけどね(笑)。

 例えばジャズドラムも最近は、ビート感が変わって、昔のスウィングに比べてすごく立てノリだったりします。それは良いんですけど、深く知ろうとしたら、やはりルーツを知らないといけないんじゃないかなと。今と今を掛けあわせて奇想天外なものを作るパワーもあるのですが、それだけでは劣化コピーになってしまう危惧はあります。

――ルーツといえば、バッハの「管弦楽組曲第2番からバディネリ〜リコシェ」も選曲されていましたが。

 父がフルートを吹くので、この組曲は全部頭の中で鳴っている様な感じでした。でも、いざバッハの曲をいじってみると「ここはいじれない」という部分が出てくるんですよ。メロディとハーモニーが全部、ガチっと固まっているので。まず7拍子にして、ハーモニーはバルトークとか東欧のブルガリアンボイスみたいなハーモニーを崩して入れたらどうかな、と進行を変えています。私のオリジナルのメロディも挟み込みました。

 オリジナルの構造は強靭で、壊せない柱みたいなのがたくさんあるんです。それを取るとただの上っ面のメロディを追ったものになってしまう。ガーシュインもバーンスタインもそうなんですけど、分解してみる事によって改めて格好良さがわかる。「長く続くものや、生きながらえるものが何か?」といった時に、もう壊せない構造、グルーヴやリズムがあって、その上にメロディが乗っているので腑に落ちるんです。そういう曲を自分でも書きたいですね。

記事タグ