失敗への意識の違い

――「Too Proud featuring Jevon」は“セックスレス”について歌われているようですが、このモチーフに着手した動機とは?

 これって夫婦に限らず、恋人間でも起こる話で、特に私が書きたいと思った理由のひとつが、もちろん海外でも全くないわけではないんですが、“特に日本で多い”という事実を知ったからでした。これ、海外で話すと、「何でそうなるの?」っていう反応なんですよ。だから日本語の歌として書くことに意味があるなって。しかも以前に観たドキュメンタリー番組から、日本の若い人たちの間でもかなり多いと知って、なおさら探求してみたくなりました。そこから日本で色濃い理由を突き詰めてみると、それは“臆病さ”であり“拒絶されることへの恐れ”なのかなって。セックスに限った話ではなくて。ある程度の自尊心が確立されていれば、仮に信頼している相手から、意図的ではなくとも、傷つけられたり、一時的に受け入れられなかったとしても、そこで「自分に価値がないからだ」とか「もう駄目だ」なんて思わず、また相手に向き合えると思うんです。でも、そこに怖さを強く孕ませてしまう空気が、どこかいまの日本にはあるような気がして。失敗することへの恐怖心とか、すごいじゃないですか。“一度挫折したらもう終わり”みたいな雰囲気とか。

――たしかにそうですね。ラップで参加しているJevon(ジェイボン)とは?

 ブラジル系のルーツを持つイギリス育ちのラッパーです。適度にやんちゃなんだけど、品性もあるところが気に入って、ほとんど直感でオファーしました。

——「Good Night」は8月17日公開のアニメーション映画『ペンギン・ハイウェイ』の主題歌です。この曲もまた、美しいメロディによって終わりと始まりが歌われています。

 歌詞もまさに<Hello>と<Goodbye>ですもんね。当初、映画の制作サイドから「(登場人物の)お姉さん目線の曲を」とオファーされたんですが、原作を読んでみたら、主人公の少年の目線で書きたくなって。理解しきれない謎を孕んだ年上の女性が突然いなくなる。その後に取り残された少年。これって「まさに私の得意の設定じゃん!」と気付いたら、一気に歌詞が書けました(笑)。

――「パクチーの唄」は、「ぼくはくま」以来の衝撃作ですが。

 実は10年くらい前から温存していた曲でして(笑)。でも、そこからどう曲に仕上げたらいいのかがずっと分からなかった。で、この曲には小袋成彬(※編注=宇多田のプロデュースで先日メジャーデビューした)君が参加しているんですが、彼との制作のやりとりの中で、ある日、世間話からこの曲の話になって、歌って披露したんですよ。そしたらもう、「は? 何言ってるの、こいつ?」という無言の表情が返ってきて(笑)。でも「ずっと真剣に悩んでいるんだけど」と話したら、その後、「こんな感じのコードとかどうなの?」というのを投げかけてくれて、ようやく完成に至りました。

――ちなみにどうして“パクチー”だったんですか?

 単にパクチーを食べるのが好きで、カレーとか鍋とかにいっぱい入れていたから。「ぼくはくま」と同じようなノリですね。書いた時期も近かったかもしれない。すごく気に入っています!

いまの私が書ける“至上の恋”

――「残り香」には20年のキャリアと30代という年齢を感じさせる艶っぽさがありますね。

 たしかに30代感のある歌詞かも。<ワイン>なんてこれまで使ったことなかったし。歌詞はかなり悩みました。途中、日本語の作詞にギブアップしかけて、一度は英詞にしようかと思いました。でもお風呂の湯船の中で急に<肩を探す>がひらめいて、そこからブレークスルーしました。

――その「残り香」の喪失感から「大空で抱きしめて」の浮遊感へと続いてきます。

 アルバムの曲順で、特に最後の4曲の順番はよく考えました。「大空で抱きしめて」は自分の曲の中でも珍しいぐらい、前半と後半でがらっと雰囲気が変わるんですが、その転換を演出しているのがストリングスでして。違う世界へと誘うような感じで、やはりストリングが目立つ「夕凪」、「嫉妬されるべき人生」へと続きます。夢の世界のような、あの世のような、またはその中間にあるような場所みたいなイメージですね。

――その「夕凪」は、今回、最も作詞で悩んだ曲だったそうですが。

 この曲を入れないで11曲にするかというところまで悩みました。本当は『Fantome』に入れようと思っていたんですが、上手く書けなかったんです。実際、これは「人魚」(※編注=『Fantome』収録)の頃まで自分を戻して、その延長で書かなきゃ駄目だと覚悟しました。そうじゃないと本来在るべき姿まで曲を持っていけないなって。<小舟>や<波>という水回りのイメージもあったので、結果としても「人魚」の続編みたいな曲になりましたね。

――ラストの「嫉妬されるべき人生」は、今作の中でも小説的な要素がより色濃い歌詞ですね。

 スタジオでレコーディングした時、ミュージシャンのみんなもスタッフも私もすごく手応えを感じて、これはもう最後に持ってくる他にないと思いました。そこでこの不思議なスケール感と重さとクールなリズムにはどんな歌詞が合うのかと考えて、愛とはまた異なる、いまの私が書ける“至上の恋”を描く究極のラブソングにしようと思い付いて。パーソナルなようでいてフィクション性の強い、私小説のような歌詞です。究極のラブソングを考えた時、死をもって完結するというところに行き着いて。そこに思いを馳せてみたくなったんですね。

――最後に、あらためて、この『初恋』は宇多田さんにとってどんなアルバムになったかを聞かせて下さい。

 制作の最後に「夕凪」の歌詞が書けた時、全ての物事は始まりでもあり終わりでもあるんだという思いが、一気に収束するような達成感を強く感じられてほっとしました。『Fantome』とはまた違った重さを備えた、これまでで最もパワフルなアルバムになったと感じています。

※編注=「Fantome」の「o」はサーカムフレックス付きが正式表記。

(おわり)

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