俳優としての顔を持つミュージシャンの松岡充。SOPHIA活動7年目となる2002年に役者デビューし、その後、数々のTVドラマ・映画、舞台・ミュージカルに主演を重ねてきた。最近ではロックと演劇を融合した新プロジェクト『DAYDREAM BABYS*』を立ち上げるなど、その活躍は多岐にわたる。そもそもなぜ彼は役者に挑戦しようと思ったのか。

 1994年に結成。1995年にメジャーデビューを果たしたSOPHIA。同バンドのヴォーカリストとしてのみならず、「街」「黒いブーツ」をはじめ代表曲を作曲、全楽曲の作詞を担当、コンポーザーとしてバンドを牽引してきた。SOPHIAとして精力的に活動していた2002年1月に、月9ドラマ『人にやさしく』において山田太朗役を演じた。その後も忙しいバンド活動と平行してドラマ・映画・舞台・ミュージカルなどに出演。音楽だけでなく役者としての表現力を駆使して様々な世界を見せている。

 そのSOPHIAは2013年に活動を休止。同年には、新たにMICHAELを結成。現在もMICHAELを通し音楽活動をおこないながら、現在は役者にも力を注いでいる。音楽/役者の両軸を動かし、そのバランスを巧みに操りながら表現活動をおこなう松岡。彼が、その2つの表現を心の中でどうコントロールしながら、それぞれの面へ「SWITCH」しているのか…。

 松岡は、「サントリー 南アルプススパークリング」の「SWITCH!(スイッチ)」のテーマのもとに“自分の考え方や生き方”をスイッチし、自分らしく輝く6人の一人として特集企画のドキュメント映像に出演している。それに絡み、MusicVoiceでは単独インタビューを実施した。【取材=長澤智典】

▽インタビュー要旨

○バンドとは異なる世界に「怖さ」も
○信頼関係があって続けられた15年
○その先には何もない、真の価値とは
○憧れ仮面ライダー、もう老後の想い出は十分に出来た
○自分以外を知ることが己を知る一番の近道
○役者をやる意味、経験することの大事さ

バンドとは異なる世界に「怖さ」も

――初めて役者に挑んだのはいつ頃でしょうか。また、そのきっかけは何だったのでしょうか。

 2002年1月に出演した月9ドラマ『人にやさしく』(フジテレビ系、香取慎吾・加藤浩次出演)からにはなりますが、実はその前に1本映画を撮影していました。それが、同じ2002年に公開になった映画『記憶の音楽Gb』になります。そこで僕は、主役のサイを演じていました。

 この映画の監督が、SOPHIAの初期MV(ミュージックビデオ)をずっと撮影をしてくださっていた川村ケンスケ監督で、常々「音楽も大好きだからMV撮影も続けるけど、一人の映像屋としていつかは音楽映画を撮りたいと思ってる。そのときは主役をやってくれる?」と誘われていまして。僕は「いやー、俺、芝居とか出来ないですよ」と言ってたんですけど。いざ、監督が音楽映画を撮ることになり、実際に主演で声をかけていただけたことから「僕で良ければ協力します」と出演したのが、本当の意味での役者デビューになります。僕にとって救いとなったのは、口を利けない役で。つまり、セリフがない=セリフを覚えなくて良いと解釈して快諾したというか。そういった安心感があのときはありましたね(笑)。

 その後、脚本を担当していた鈴木おさむさんの思いに共感して、その『人にやさしく』に出演。出演後には、劇団『第三舞台』主宰の演出家・鴻上尚史さんの舞台に誘われ、初舞台を踏む経験をしています。

松岡充

松岡充

――最初は控えめだったけど、演じることへの興味は少しあったんですね。

 いや、まったくなかったですし、自分には役者は無理だと思ってました。バンド活動って、それぞれに役割分担がありながらもチーム一丸となって戦うチーム戦だと思うんですね。だけど役者は、あくまでも個人プレイというか。でものちに、役者もチームプレイだということに気づくんですけどね。それを知る前までは、一人の役者の技量や経験則が大きく反映されるものだろうなという考え方をしていたので、個人として挑むのが怖かったんです。それに、「俺、そんな器用な人間じゃないし」とも思っていましたからね。

――でも、経験したことで得るものがあったからこそ、積極的に役者の道へも踏み出したわけですよね。

 いや、決して積極的ではないですし、今でも演じるのに「怖さ」を覚えます。僕はいまだに一度もオーディションを受けて出演したことはないです。全て、僕に声をかけてくださる方との信頼関係から生まれていること。その姿勢は、昔も今も、ずっと変わらないことです。

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MICHAELとしての活動をおこなう松岡充
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