シンガーソングライターのピコ太郎による「PPAP」旋風から1年半が経った。世界的ヒットとなり、トランプ米大統領の孫娘に気に入られ、昨年11月には安倍晋三首相主催の夕食会で同大統領にも面会したほどだ。昨年3月には自身初となる日本武道館での単独公演も成功させた。「PPAP」ムーブメントをピコ太郎は今、どう思っているのか。

 この武道館では、くりぃむしちゅーや爆チュー問題、SILENT SIREN、 LiSA、五木ひろしなど超豪華ゲスト13組46人が出演。「PPAP」だけでなく、ビンテージ機材を駆使したピコ太郎自身のDJなども見られた。この模様を収めたDVD作品『PPAPPT in 日本武道館』は18日に発売された。

 社会現象にもなった「PPAP」はその後、なぜヒットしたのか、という視点で様々な分析がなされ、学術論文にもなっているという。今回はそのピコ太郎にインタビューを実施。「一種の諦めが度胸になった」というこの武道館公演について、「PPAP」ムーブメントの総括、世界を旅したピコ太郎からみた日本など、多岐に渡り語ってもらった。【取材=小池直也/撮影=片山拓】

武道館公演はジャズみたいだった

ピコ太郎

——改めて昨年の武道館公演を振り返るといかがですか。

 これは1年前の3月におこなったものなのですが、1週間前の様な、10年前の様な…。ここ1、2年は時空がわからなくなっています。しかもゲストがこの面子ですから。こんなとんでもない方々が集まったら、一応生中継して撮影もしていたのでDVDは無理かなと思っていました。でも1年かかってようやくできましたね。それが本当に嬉しいですピ。こういうコラボしたりできる事はなかなかないですから、地球にいる70億人くらいには見てもらいたいなと。

——リリースに1年かかった理由は?

 一言で言えば試行錯誤ですね(笑)。あまりにも名のあるゲストの方ばかりなので、それに付随する事もありましたし。あとは海外のYouTuberの方もゲストにいるんです。それに関しては海外とメールのやりとりをしたり、向こうのレーベルに所属している方もいらしたので、そういう色々もありましたピコ。

 今思えば「昏睡状態で見ている夢だったのかな」と思うくらいの信じられない出来事でした。DVDにも収録されている舞台裏の映像を見ても、改めて凄いことになってたんだなと。本当に皆さまの御心ですから。こんなくだらない「PPAP」みたいな曲なのに、それを楽しんでくれているのが凄く嬉しいですね。

——ライブに向けての準備期間はどの程度あったのでしょうか。

 ひとつひとつ打ち合わせしていきましたね。インドのYouTuberの方なんかはギリギリまで調整していたのですが、ビザがおりずに来れなかったり。ただ、準備期間としては相当短いですね。2016年の9月にジャスティンインパクト(ジャスティン・ビーバーがTwitterで「PPAP」を紹介した)があって、そこから3月に武道館だったので。だからとりあえず速攻で古坂さんがブッキングして、中身は後から決めようと。

 そこから古坂さんのコネクションを使って皆さんにお話をさせて頂きました。五木ひろしさんは2016年の『紅白歌合戦』で知り合って参加してもらう事になったんです。五木さんが「ピコちゃん、いつもディナーショウで(PPAPの)真似をしているんだよ」とお話してくれて。びっくりしましたね。そのまま「良かったら出演してください」とお願いしたら「良いよ!」と。そこで決まったんです。

 くりぃむしちゅーのお2人は出演が決まったものの「何をしよう?」という話になりました(笑)。そうしたら上田さんが「じゃあ俺、前説やるよ」と言ってくれて。今テレビで一番司会をしている方に前説をしてもらう、というのも面白いなと思いました。有田さんは「『出てこいや』って高田延彦じゃないですか?」という感じで、詰めないで思いつきで決めていきましたね。

——これだけの大人数ですと、リハーサルなども大変だったのでは?

 リハーサルは私がバイトの為、古坂さんが代わりに行ってくれたのすがギリギリとおっしゃっていました(笑インタビューのコーナーで出演してくれたかえひろみとかは、本番10分前に「すみません、何したらよいですか?」という感じだったそうで「自由にやって」と指示が出ていましたよ。

 そんな感じのジャズみたいな(即興性のある)ライブ。その場その場で作り上げていった印象です。喋る内容も決めないで、現場で思った事を話していたら1時間半の予定が2時間半のステージになってしまいました。大人が全員へこんでましたね(笑)。でもこれはパーティですから。次やりたい事については今模索中でございます。

——ジャズみたいなライブ、という意味では個人的に爆チュー問題とのコラボが即興的で印象に残りました。

 古坂さんが言っていましたけど、爆チュー問題さんに関しては止めようがないんです。お2人はご自分で「時々問題を起こすYouTuberとあまり変わらない」と話されていましたから。打ち合わせも会って「とりあえず、爆チューとして出ていくわ。あとは『PPAP』を歌うか歌わないかくらいにしよう」で終わったそうですし(笑)。当日のリハもマイクの確認くらいしかやっていませんから。順番として、たなチュー(田中裕二)が先に出て、後からおおたぴかり(太田光)という流れだけ決めて本番という感じでした。

 これについては、やっぱり古坂さんが26年やってきたというところが大きいと思います。僕は「今何が起きているんだろう?」とずっと考えている訳ですよ。ウガンダに行って市場のおばあちゃんが僕の事を知っているとか、チャンピオンズリーグを観に行った時にイギリスの子どもたちからサインを頼まれるとかもそうですけど。

 逆に言えば「どうにでもなれ!」とも思っているんです。自分で何かをコントロールしよう、ではなく。今自分にあるものをそのまま出せば良い。一種の諦めが度胸になっている気がします。そこで爆笑さんをまとめよう、五木さんと上手くやろう、というのはやりようがないとも言えるので。来たものをやる、という感覚だったかもしれないですね。

——「PPAP」のムーブメント自体がピコ太郎さんの手を離れたところで、自然増殖していった感じがあります。このライブも自分で成し遂げよう、という気持ちがなかった点でそれとリンクしている様な。

 色々と味付け肉付けして、練習して、ステージでやってみせるという形のエンターテインメントがほとんどですよね。私は1人で予算もほとんどない人間ですから。もともと10万円が自分の予算で、あとは古坂さんが出してくれました。その中だと、あまりこだわり様がないんです。だからシンプルにテクノに合わせて「ペンパイナッポーアッポーペン」と言う、AメロもBメロもサビもない、Aとオチだけ。

 自分で言うのもあれなんですが、あの広がっていき方は前例がないと思うんですよ。前例がないものは考えてもしょうがないので、自分の感覚で行くという感じでした。たまたま上手くいきましたけど、こんなのは1万回やっても成功しない事もある。今は思いついたものを肉付けせずやるというだけなんです。「はい駄目だった、はい次、はい次」、これで良いのかなと。「次はどうしますか?」とよく訊かれますけど、また同じように作るだけですね。

 プレッシャーも何も、バットを持たずに打席に立ったら竜巻が起きてホームラン打った感じです(笑)。竜巻を待つしかないというか。こちらは今まで通り、面白いと思ったものを続けていくだけ。ですから、あの武道館でPPAPが広がったの事は皆さんのおかげだったとわかりましたね。

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