知人のジャズ・ミュージシャンは、ロック・ミュージシャンが嫌いだという。いや、厳密にいうと「感性だけで演奏していると公言する」ミュージシャン、ということだそうだ。

 ロックをプレイしている人でも、理論なりテクニックを踏襲した上で、さらに感性を発揮しているミュージシャンは、たくさんいる。そういった人とは区別し「感性だけ、とか言っているやつは…」と毛嫌いしている。

 その人は「感性、感性って言ったって、その前にいろいろやらなければいけないことだってあるでしょ!?」と言っているのだが…まあ、どれだけその「感性」オンリーのミュージシャンに苦しめられたのだか、お察しするところである。いろんな過去があったに違いない。

 私自身は、音楽的には凡人なので当然、感性だけで演奏なんて「無理だろう」と認識するが、果たして“感性”だけで作ったという音楽は存在するのか? また、そういうものが人々の胸にしっかり残ったことはあるのか? と考えてみると…そもそも音楽というものが地上に生まれた時は“感性”だけで作り上げられたモノ(音楽)が存在するはずである、などとフッと思い立った。

 だったら、やはり何かモノを作り上げるのに、感性以外には必要ないのか? といわれると、やはりそうではないだろう。例えば新しいモノを作ろうということであれば、過去のモノがどういった経緯で作られたのか、それを知らなければ、何が新しいかも認識をすることはできない。

 自分の感性と言っているモノ自体が、果たして本当に新しいモノに変わるかどうかも分からない。結局は似たような作風をダラダラと流すだけ、しかも“似ている”だけで、完全に同じことをするわけでもないだろうから、さらにタチが悪い。

 このことで、実は私自身がハッとさせられたのが、先日の女優・満島ひかりの騒動に関するニュースに対しての考察。このニュースには“アーティストは、作品だけが評価されればいい”という当人の思いがそこには綴られていた。だが、評価される作品を作り上げるためには、様々なことを知らなければいけない。

満島ひかりドタキャン報道に疑問、本来注目されるのは本業では

 今という時に存在するものを作り上げるには、当然今を知らなければいけない。例えば俳優なら演技のことはもちろん、常に新しいものを取り込んでいくために、演技以外の周りのことも知らなければならない。

 そして周りのことを知るためには、演技の外にあるさまざまなこと、例えば人などにも触れなければ、今を知ることはできない。一方的に外部からの情報を吸収するだけでなく、常に自分の意見を発し、それに対し人がどんな反応を返すか? それを知らなければ、新しい作品を作っていくことはできないだろう。

 ネットのニュースを見ているだけでは、本当の意味で自分が作品を作り出すための引き出しなど、生まれてこない。その意味では、例えば俳優、女優という職業において、その人が普段どんなことを考えているのか、などとその本質を見せていくというのは、大事なことじゃないかと今更ながら考えるのである。それは例えば音楽家という立場でも、同じことだというのは言うまでもない。

 どうしてもビジネスが先行しがちな世の中である。かつインターネットという、一見万能に見えながら実は制限の多いメディアが横行する世の中である。何かそこに合わせたり、必要以上に自分自身をさらけ出したりすることは、正直当人にとって見れば大きな負担になる。

 それを我慢して成り行きに合わせていくのか、それとも我慢する必要はないのか、なかなか正しい答えは出てこないところではあろうが、“~だけやっていればいい”なんて職業は、この世には存在しないものだなと、余りにも偏った自身の思いに反省しきりの今現在である。【桂 伸也】