音楽が消えた日――。7年前の3月11日、東日本大震災が発生した。死者・行方不明者合わせて1万8000人以上が犠牲となった。震災直後、自粛ムードが広がり、ライブイベントは中止。テレビでも娯楽系番組は放送が控えられ、そして、テレビCMはほとんど公共広告になった。

 冒頭の言葉は、GReeeeNのメンバー・HIDEさんが語ったものだ。歯科医師免許を持つHIDEさんは、震災発生後の翌月に、グループの活動拠点である福島県で、被災した身元不明者の検死作業に従事した。今から約2年前、テレビの取材で当時を振り返ったHIDEさんは「すごい衝撃を受けた。しばらく音楽のメロディが思い浮かばなかった。音楽に意味を見いだせなかった」と語った。

 HIDEさんが表現した「音楽が消えた日」。まさにそうだった。自粛ムードが広がり、音楽をはじめエンターテインメントがテレビやイベントから消えた。日常が非日常であり、そして、悲しみ、無力感、不安、恐怖感によって目の前はグレーに塗られた感じだった。

 しかし、そうした自粛ムードのなかで、「こういう時期だからこそやらなければならない」とライブを続けたアーティストもいた。その一つのバンドに、ACIDMANがいる。フロントマンの大木伸夫さんは過去のインタビューでこう振り返っている。

 「死をテーマにした歌を歌っているからこそ『今、歌わなくてどうするんだ』という想いがあったからです。そうしたなかで歌ったら、むしろ来てくれる人皆が『救われた』と言ってくれて。自分自身もそれによって救われたというか」

 復興支援として被災地で歌を届けたものも多くいた。その一つにAKB48グループがいる。彼女たちは、震災後から定期的な被災地訪問活動をおこなっており、その数は今年3月で、67回目を数えた。AKB48などアイドルの姿を見て初めて笑顔になれたという人もいる。

 例えば、東北出身である欅坂46石森虹花さんは、復興支援に訪れたアイドルから笑顔をもらい、自身もアイドルになることを目指した。昨年、現地テレビ局の番組ロケで話を聞いたとき、「アイドルの立場になったらできることもあると思いました」と振り返り、更に「握手会では宮城出身で被災された方も来てくれて。そういう方との交流を通じてもっと頑張ろうと思いました」と決意を新たにしたことを語っていた。

 GReeeeNのHIDEさんは、音楽が消えてから間もなく、再び音楽と向き合った。書籍『それってキセキ ~GReeeeNの物語~』によると、そのきっかけは2人の少女だった。HIDEさんをはじめ、GReeeeNは顔出しをしていない。その2人の少女は避難所でHIDEさんを前に「キセキ」を口ずさんでいたという。HIDEさんの正体を知ってか知らずか、「少女たちは気にすることなく自身の前で唄った」。その「キセキ」の歌声に、逆に励まされたという。

 東日本大震災では「明かり」も消えた。被災地、計画停電が実施された都市、そして人々の心。

 それぞれの復興支援――。我々は決してあの日を忘れてはならない。それは東日本大震災に限らず、すべての震災に言えることだ。そして、音楽やエンターテインメントができること、役割を含めて改めて考えなければならない。震災によって亡くなられた人々、そしてその遺族に、改めまして深く哀悼の意を表します。【木村陽仁】

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