小室哲哉が19日に引退を表明した。先日報じられた不倫疑惑の責任を取ってとのことだったが、彼の記者会見の言葉の端々からはずっと以前から「引退」という選択肢を考えていたことが感じられた。音楽界で一つの時代が終わろうとしているのだろうか。

 昨年は安室奈美恵の引退表明に、音楽界に激震が走り、様々な著名人がその早すぎる引退を惜しむ声を寄せた。小室の引退にも同様にX JAPANのYOSHIKIやくるりの岸田繁、お笑い芸人のエハラマサヒロやユーチューバーのヒカキンなど、ジャンルや世代を問わず多くの著名人からTwitterなどで小室の引退を残念がる声が上がった。

 小室と言えば、80年代後半から90年代にかけて、TM NETWORKとしての活動から、安室やtrf、華原朋美、鈴木亜美、そして自身のglobeなどいわゆる“小室ファミリー”と呼ばれる彼がプロデュースしたアーティストたちを次々とランキングTOP圏内に送り込み、一時代を築き上げた稀代のアーティストだ。彼の音楽が、現在活躍するアーティストたちに与えた影響は計り知れない。

 昨年11月には、小室が自身のインスタグラムに上げた安室とのツーショット写真も話題になった。小室は同様の写真をTwitterにも上げ、「彼女は様々な、表現を通して、時を、風を、輝きを、笑顔を、皆んなと共に思い出として刻んでいく日々を歩んでいる」と安室を眩しく見つめながらも「素敵な奇跡には時に寂しさを伴うのだろう」と一人のアーティストが音楽界を去っていく一抹の寂しさをつぶやいていた。

 思えば、小室は昨年の1月にTBS系『マツコの知らない世界』に出演した際、引退を意識させたアーティストとして宇多田ヒカルを挙げていた。小室は番組の中で彼女の楽曲「Automatic」の歌詞について「僕には『Automatic』っていうのは出て来なかった。出ないってこと自体、クリエイター側からすると、『出て来ないんだ自分は…』ってなる」と当時の心境を吐露していた。

 何の因果かはわからないが、その宇多田は、4月にメジャーデビューするアーティストの小袋成彬を初プロデュースすることを先日発表したばかり。小室が引退し、その小室に引退を意識させた宇多田はプロデューサーとして“デビュー”するのだ。

 宇多田が1998年にデビューし、2001年にアーティストの中田ヤスタカが音楽ユニットのcapsuleとしてデビュー。2003年にその中田がPerfumeをプロデュースし始めた。彼は2011年にきゃりーぱみゅぱみゅのプロデュースも開始。近年はYouTubeなどで彼の音楽が欧州をはじめ、世界で話題になっていることは皆さんもご存知なのではないだろうか。

 そしてもう一つ。来る2020年に向けて東京五輪・パラ五輪に関する「開会式・閉会式4式典総合プラニングチーム」のメンバーに、椎名林檎らが名を連ねる。椎名は、先のリオ五輪・パラ五輪の閉会式での2020年東京五輪のプレゼンテーションでクリエーティブ・スーパーバイザーと音楽監督を務めた。

 さて、2016年のSMAP解散から昨年の安室引退発表、そして今年、小室の引退表明…来年4月に平成という元号は変わってしまうが、その平成の世を彩った彼らの音楽も同様に変換期に来ているのかもしれない。しかし、元SMAPの香取慎吾、稲垣吾郎、草なぎ剛の三人が昨年の顔となるくらいの活躍したことは記憶に新しい。

 宇多田は2010年に「人間活動」を宣言し、2016年の活動再開まで約6年間、活動を休止していた。その経験が現在の彼女の活動に活きていることは多々あるだろう。小室は妻のKEIKOの介護生活や、C型肝炎の闘病生活で疲弊していたことを赤裸々に会見でも語っていた。

 フリーアナウンサーの宮根誠司が彼の番組で「60歳を超えた小室さんしか書けない音楽が聴ければいいなと思います」と語ったように、筆者も小室がいつの日かカムバックを果たす日を密かに待ち続けたいと思う。【松尾模糊】

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