<記者コラム:オトゴト>
 地球温暖化現象が問題視されて久しい。温暖化の要因に挙げられるのは、フロンガスによるオゾン層の破壊などがある。

 最近では、太陽フレアやポールシフトの影響があるのではないかという説も。更には温暖化ではなく、寒冷化に進んでおり、恐竜が絶滅した氷河期の再来説を唱える人もいる。

 このところ、気象ニュースで「〇年ぶり」という文字が目に付く。それだけ、現代の気象状況は不安定なのだと感じる。

 さて、氷河期ではないが「再来説」で思うのは、よく言われる「時代は繰り返される」というものだ。巨大地震も何年周期で起こるとされ、自然界では周期性があると言われている。

 周期性は何も自然界だけでの話ではない。人間社会にもあてはまる。

 例えば音楽。80年代・90年代の音楽が再び注目を集めている。

 それは先のリオ五輪・引継ぎ式での東京都のプレゼンテーションにも表れている。渋谷を主な舞台に、ピチカート・ファイヴの楽曲「東京は夜の七時」など渋谷系音楽を象徴する演出がなされていた。

 リバイバルブームには火付け役の存在も重要だが、最終的には「人」から「人」へと流れるものだ。それは友達から友達や、店から客、親から子など様々ある。

 小生も小学3年の時にBOOWYを知り、その格好良さに虜になったが、知るきっかけを与えてくれたのは近所に住む年上の友人だった。

 この事例は、人から人へと流れる最少単位であろう。もう少し、視野を広げると、時代は変わっても紡がれる文化もある。

 奈良時代に生まれた短歌は今も愛されているように、時代は移ろいでも脈々と息づいている。

 今と昔は別事の様に見えるが、今の音楽は昔の音楽が無ければ誕生しなかった。何年前のファッションやメイクを見て「ダサい」と思っても、あれがあったから今のファッションがある。

 そう思うと〇年前の話は決して他人事ではない。それは氷河期も…? 【木村陽仁】

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