高校に行かずにジャズ喫茶に通っていた

インタビューに応える山中千尋

――そういうご趣味をお持ちだと、学校で話が合う友人をつくるのが難しかったのでは?

 完全に浮いていましたね(笑)。現在母校で教える事もあるんですが、今ジャズをやりたい子がすごく沢山います。ジャズで自分の音楽を表現するアーティストが増えたので、それに憧れた若い子が「やりたい!」と思う音楽になったんだなと感じます。でも、私の時代は全然違いました。クラシック一辺倒の学校だったので。本当に音楽のことを話す人もとても少ない。ジャズ喫茶に行ってもおじさんばかりだし、みたいな。だからジャズ喫茶には昼間の誰もいない時間に行っていました。高校生の時です。

 当時は、学校の近くにあった「ラグタイム」というお店がすごく大好きでした。他のお店はさすがに高校生にとっては行きにくい雰囲気で、実際に行っても怖い感じがあって。本当に黙ってないといけない感じで。もちろん、うるさくなんてしないのですが。別にお洒落な高校生だった訳ではないですし、病んでた訳でもないです(笑)。その頃は寮に住んでいたのですが、先輩にジャズが好きな人が何人かいたので、その人たちと通ったりしていましたね。それでも女子でジャズ喫茶に行く人はほとんどいないので珍しかったと思います。というか、学校に行ってなかったですね(笑)。

 今でこそ素晴らしいプレイヤーが沢山いて、ジャズへの理解も認知度は上がっていますが、クラシックを学ぶ音大では「歴史が浅い=簡単」という風に思われがちだったので、軽蔑されている感じがあったりもしました。自分から「ジャズが好き」と言う事はなかったです。今でこそ音大にジャズ科やポピュラーミュージック科というものが普通にありますが、当時のアカデミックな世界はクラシック絶対主義だったのです。だから肩身が狭い思いをしました。

――実際に教鞭をとりながら思う事などありますか?

 昔だとバンドに直接入って、そこがスクールだった訳じゃないですか。今は段々ジャズミュージシャンも学校で養成されていく時代に入りました。どんどん低年齢化して、実際、米国ではジャズクラブに入れない年齢の子たちが学校で学んでいます。早くから英才教育的に教えられていますね。それから「ハイブリッド」と呼ばれるジャズもクラシックも両方できる子が凄く沢山いるのです。

 米国でジャズは伝統芸能。クラシック音楽と同じ扱いになっています。これからどうなるかはわかりませんが、文化事業として政府から経済的支援が出るという事もありました。その流れが日本でも20年、30年遅れて今なってきたかなと思います。今本当に小さい子だと7歳とか8歳の子とかがジャズを学んでいて、これから日本のジャズもどんどん変わっていくのじゃないかなと思います。

 今回の新作で一緒に演奏している、ディーントニ・パークス(Dr)、マーク・ケリー(Ba)も色々な現場で活躍していますが、バークリー音楽大学でジャズを学んでいて元々すごいジャズの人たち。その前にはゴスペルですね。まず教会音楽の洗礼を受けて、ジャズをやってという基礎がしっかりしているのです。読譜力も高い。

 米国では言葉を習うみたいな感じで、学校やコミュニティで音楽に触れるのです。特にアフリカン・アメリカンは教会を通して音楽を学んで、コミュニティの結束を強くしていくという側面があるので音楽は欠かせないのです。色々な音楽に触れる分、自分の表現を形にこだわらずに音楽をやる人が多いです。だからジャズというのは今のポップスの根幹になっている面があります。だからこそ、どんどん伸びて変化を遂げていると思います。

 コミュニティがオーディエンスになって、バックアップしていくという点では日本は全然環境が違いますね。音楽を日常で聴く場も中々ないですし。でも、その役割をインターネットが果たすのではないでしょうか。SoundCloudなどに面白い音源を子どもたちが上げているというのもありますから。ラップトップの向こうが世界の聴衆という時代なのではないでしょうか。日本の子どもたちは音楽的な素養は勿論ですけど、技術がとてもある。器用なのです。どんどんすごい子が出てくると思います。今、もうすでにいますし。

字余りのリズム

米国と日本の違いを語る、山中千尋

――新譜の話に戻りたいと思います。収録曲の中で特に想い入れのある曲などはありますか。

 モンクの曲を弾いたり、聴いたりすると彼の音楽家としての姿を見る事もできるのですが、そのどれもが近づくほど遠い。実際わからないのです。今回取り上げた曲も、もう私がモンクのソロを歌えるくらいよく知っている曲ですが。逆にその音楽を使ってどこまで逸脱できるのか、という試みをしました。どれも面白くできたかな、自分で楽しめたと思います。作るのはとても辛かったけど。「ミステリオーソ」なんかは、メロディのパターンを繰り返していく曲です。このメロディの作り方は当時のジャズの作曲とは全然違ったのです。この「パターンだけを繰り返していく」という斬新さを出したかったので、編集で大胆に同じパターンを逆回転させたり、コラージュして作っています。

 ジャズの世界では1回で録ったという事を重視しがちですが、私は編集作業も演奏の一部だと思っています。まずインプロヴィゼーション(即興演奏)でグルーヴの部分を録音して、その上でソロを重ねます。それからさらにオーバーダブ(重ね録りする多重録音)などの編集に入ります。今回は、シンセサイザーの音色を自分で作りました。なぜかというと、モンクは管楽器のアンサンブルを多用した作曲家だったからです。アンサンブルの音の厚みをシンセで出す時にどうやったら自然で、聴きやすくて、メロディが映える音色になるかという事を考えるのも演奏の一部じゃないかなと思っています。

――「ニュー・デイズ、ニュー・ウェイズ」は<7拍・9拍・3連符1つ>というかなりユニークなリズムが採用されていますが、これの着想はどこから?

 モンクは字余りというか、変な場所でメロディが切れて、また繰り返されたりとかするのです。小節線(譜面上でリズムの周期毎に記される線)があるのですが、自由に書き込んでいます。そういうところからインスピレーションを得て、字余りのグルーブ(3拍子や4拍子ではなく、変拍子でもない、例外的なリズム)を採用しました。すごく大変ですが、3人で顔を合わせながらセッションをしたので、曖昧な感じのところもアイコンタクトで合わせています。そういう即興ならではの楽しさもありましたね。これもグルーヴを録音してから、その上にソロを重ねています。ソロは取りにくかったですが、小節線に捕われずに生理的に感じたリズムだけで弾く面白さも引き立っている曲になりました。

 レコーディングはマークとディーントニが、昔からの少年がはっちゃけたような感じを残しつつ、キャラが立った個性的なプレイを見せてくれた事が印象的でした。しかも、職人的な事もしっかりこなした上で。あとグルーヴ感にも驚きましたね。ディーントニもマークも超絶、リズムのツボに入ってきます。ぐっと締める様な感じで。あとは「こんなのがあるよ!」と言って、面白い音源とか、笑えるもの、シリアスなものなど色々な情報交換もできました。ディーントニは自身の新作でミックスもやっています。そういうミキシング能力とか、音に対する感覚というものもどんどん洗練されていて。今の雰囲気、今皆が聴きたい音を探り当てる企画力がある事にすごく驚きました。

 あとは、やっぱり政権が変わったばかりでしたので。皆、政治の話にふっとなるのです。今まではそういう話をする必要が無かったから「やっぱり変わったんだな」と思いました。

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