SMAPの最後の出演となった第66回NHK紅白歌合戦の会見場の一部

 SMAP解散から早くも2週間以上が経つ。昨年12月に発売された25周年記念アルバム『SMAP 25 YEARS』は今も売れ続け、1月23日付オリコン週間アルバムランキングでは2位に。初登場以降4週連続でトップ3入りし、累計売上枚数は106万6000枚になるなど、彼らの火はいまも消えていない。

 昨年1月に浮上した解散騒動は一度は下火になったが、8月に“正式解散”という形で再燃した。昨年12月31日の解散の日まで、ファンを中心にそれを阻止するCD購買運動が起き、更に政治家や芸能人など多くの著名人が惜しむ声を発表するなど、まさに国を巻き込んでの騒動となった。

 さかのぼれば一昨年、2015年の12月30日。NHKホールにはSMAP5人の姿があった。23回目の出場となった第66回NHK紅白歌合戦で「This is SMAP メドレー」を曲目に選んだ彼らはリハーサル後に合同取材に応じた。

 沢山のフラッシュを浴びた5人を多くの記者が囲んだ。檀が狭かったこともあろうが互いの肩と肩が重なるように木村拓哉、稲垣吾郎、香取慎吾、草なぎ剛、中居正広の順で並んだ。木村はこの場で「今年も参加できてること自体がものすごく名誉なことだなと改めて感じました。それを再確認できる紅白ですね」と紅白出場への想いを語った。

 記者からの質問は多岐におよんだが、今年の漢字は?という問いに中居はメンバーそれぞれの苗字、木村=木、草なぎ=草、稲垣=稲、香取=香、そして、元メンバーの森且行の森を取り「全部自然に関わること。その“中”にいるのが僕です」とたとえた。

 解散について週刊誌が当初報じた内容によれば、このとき既にメンバー間で問題が持ち上がっていたことになる。しかし、壇上にいる5人からはそうした印象は見受けられなかった。中居の言葉も含めて疑いをかける記者は少なくとも表面上にはいないように当時は見えた。

 解散が決まってから彼らの功績を文章として残せないか、と資料を開いた。これまでにリリースされたCDシングルは55枚。ずらりと並ぶ表題曲をみていると、ファンではない小生でも多くの楽曲を知っていることに驚いた。どれも自然とメロディが流れ、当時聴いていた情景が蘇るのである。改めて彼ら、そして彼らの楽曲の偉大さを感じた。

 俳優に歌手、タレント。多くのドラマに出演し、そして高い視聴率を上げた。歌も同様に多くの楽曲がヒットした。まさにマルチな活躍をみせていた。彼らは作品やパフォーマンスが評価されただけではない。人柄も愛された。アイドルだが、これまでのアイドルにはない親しみやすさもあった。それは、彼らの、バラエティ番組で活路を見出いだすしかなかったデビュー当時の境遇も影響しているかもしれない。

 その人柄は前記の紅白囲み取材にも出ていた。決められた取材時間が過ぎ、NHK関係者が会見を打ち切ろうとしたその時、木村が険しい表情と低い声で「手挙げてるじゃん」とそのメディアを指して、関係者に質問を受け付けるように求めた。一瞬、その場は氷付いたが、木村はすぐに笑顔をみせ、和んだ。

 運よく最後の質問を許可されたのは台湾のメディアだった。アジアでも人気を集めるSMAP。そのメディアは5人に、台湾でどれだけ人気があるのかを説き、「今後5人で、台湾でコンサートをやってくれますか」と質問した。木村は笑顔で「計画はまだないけど機会があればぜひ」と答えた。

 当時は嬉しかったに違いないこの言葉。残念ながらそれは叶いそうにない。果たされなかった約束――。台湾メディアの記者はいま、どう思っているのか。

 できればこれからも彼らによって彼らの楽曲が披露されてほしかった――、そう思う人もいることだろう。ただ、彼らが残した楽曲や功績、そしてファンが示したSMAPへの愛情はこれからも永遠に語り継がれていくことはまちがいない。(文・木村陽仁)

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