ソロデビュー30周年を迎えた鈴木雅之

ソロデビュー30周年を迎えた鈴木雅之

 今年ソロデビュー30周年を迎えた鈴木雅之が7月13日に、オリジナルアルバム『dolce』をリリースした。“マーチン”の愛称で親しまれる鈴木雅之は、映画『007』のジェームス・ボンドが好きで、彼が乗っていた英国スポーツカーブランドのアストン・マーチンからそのあだ名が付けられたという。そんな彼は9月22日に還暦を迎える。本作は、節目の年に制作したいわば記念盤で、それを華やかに飾るように、松任谷由実、玉置浩二、久保田利伸、岡村靖幸、谷村新司らが参加している。一見、バラバラに集まったかのように見える“華”たちだがそれぞれに共通点はあるのだろうか。そして、日本を代表する彼ら豪華ミュージシャンが魅せられたソウルシンガー鈴木雅之を生んだ時代背景とは。

ラブソングの色々な姿、鈴木雅之の魅力

 テレビやラジオ、街中にも当たり前のように流れている鈴木雅之の歌声。身近な存在だからこそ、これまで向き合ったこなかった。しかし、30周年に際して作品とじっくりと聴くと、なぜ今までしっかりと聴いてこなかったんだと後悔の念に駆られた。アルバム『dolce』を聴いてなんとも心地よい感覚に陥ったのだ。歌声から情景を映し出せる数少ない歌手の一人だと気づかされた。

 今年9月22日に還暦を迎え、ソロデビュー30周年と2つの“記念事”が重なった。この年を華やかに彩るように発表されたのが今作『dolce』だ。3年ほど前から“還暦ソウル”を構想していたという。その構想が形となり、記念盤としてリリースから1カ月が過ぎた。『dolce』を聴いたリスナーからは「dolceが完璧すぎる」や「貫禄の歌唱を堪能できる一枚」とアルバムの完成度を讃える声が多い。

 この辺は記者の私感になってしまうが、実際に聴いてみると、“ラブソングの王様”とも讃えられるその称号に相応しく、全13曲どの曲も鈴木雅之の魅力を存分に堪能できる仕上がりだ。オープニングを飾るインストナンバー「La dolce vita」から一気に世界に引き込まれ、アルバムを通して聴くとこんなにもラブソングに色々な姿があるのかと驚かされる。

 一枚のアルバムに鈴木雅之の30年が詰め込まれた『dolce』は、芸術性の優れたフランス映画のようにアバンギャルドなラブソング作品といえる。アルバムタイトルの「dolce」には、愛する人へ贈りたいとういう意味も込められていて、鈴木雅之は「一曲一曲の“素材”を鈴木雅之流のレシピで、“ラヴソングのパティシエ”として、丁寧に仕上げさせて頂きました」とコメントしている。

 そもそも、冒頭にあったように、記者が本作を聴いて感じた彼の魅力とは何か。

大瀧詠一さんも惚れ込んだ才能

 鈴木雅之は1980年2月25日に、シャネルズ(後にラッツ&スター)でレコードデビュー。デビュー曲となった「ランナウェイ」はオリコン集計で約98万枚を記録する大ヒットとなった。これまで歌謡曲やフォークロック全盛だった時代に、合唱の一つのスタイル、ドゥーワップ(doo-wop)を取り入れ、「め組のひと」などキャッチーな楽曲で一世風靡した。顔を黒く塗り、見た目のインパクトもあってお茶の間でも人気。そうした観点からも社会にブラックミュージック、ソウルミュージックを広めた功績は大きい。

 そして、鈴木雅之のなかで音楽家との対峙はデビュー以来、大きなテーマになっている。彼は以前、出演したテレビ番組でこう話していた。「シンガーソングライターと呼ばれる人たちの楽曲を自分色に染め上げるというのかな、この30年ずっとこのテーマで挑戦し続けた。それが化学反応を起こすんじゃないかな」。

 それを裏付けるように、まず、ソロデビュー作の「ガラス越しに消えた夏」は、作曲・プロデュースに「そして僕は途方に暮れる」や日テレ系アニメ『シティハンター』の主題歌「ゴーゴーヘブン」などのヒット曲を持つ大澤誉志幸を迎え制作した。

 彼との対峙を皮切りに、山下達郎や小田和正、宇崎竜童・阿木燿子など様々なシンガーソングライターを作家陣に迎え、作品を作りあげていく。そして、その挑戦は今作『dolce』でもおこなわれた。松任谷由実、玉置浩二、久保田利伸、岡村靖幸、谷村新司、KREVA、アンジェラ・アキなど個性豊かなシンガーソングライター陣だ。この豪華作家陣による楽曲を、鈴木雅之は自身の色に染め上げている。

 ちょうど20年前の1996年のラッツ&スターを再集結した際には、2013年に他界したシンガーソングライターの大瀧詠一さん(享年65歳)が作詞作曲した「夢で逢えたら」(吉田美奈子、シリア・ポール)をカバーした。個性に溢れ、人を惹きつける楽曲が特長の大瀧詠一さんの楽曲と対峙し、ものの見事に自分達色に染め上げた。CDが売れた時代にオリコン8位にランクインし、この楽曲を機にラッツ&スターは紅白歌合戦にも初出場を果たした。

 大瀧詠一さんとのエピソードに、鈴木雅之がフジテレビ系バラエティー番組「ごきげんよう」にゲスト出演した際、「シャネルズでデビューする3年ぐ らい前、大瀧さんが音源から僕らを探し出して会いに来てくれた」と話し、その時代に高いレベルでドゥーワップをやっていたことが、大瀧さんも気にかけるほどのクオリティだったことがわかる。そして、TBS系バラエティ番組『A-Studio』に鈴木雅之が出演した際には、笑福亭鶴瓶が大瀧さんの話として「自分がいなくなったら歌は鈴木雅之に託す」と紹介していた。そのことからも、歌に絶対的な信頼を寄せていたことがわかる。

時代が鈴木雅之を作りあげる

 鈴木雅之が過ごしてきた1960年代・70年代は音楽の黎明期にあたる。世界ではTHE BEATLES(ザ・ビートルズ)が登場し、自作自演という新しい音楽スタイルを提示。それまでは作家とアーティストは別々の役割を担っていた。それをTHE BEATLESが変えた。

 その流れはもちろん日本にも訪れ、グループサウンズやシンガーソングライターのような自身で作り歌い、演奏するスタイルが定着していった。自身で楽曲を制作し、歌うということは並々ならぬ楽曲への想い入れと、表現へのこだわりがある。裏を返せば、そうしたアーティストには強烈な個性があるということだ。その強烈な個性を宿す楽曲を自分色に染め上げる難易度の高さがわかる。

 実は、THE BEATLESは「Twist And Shout(The Top Notes)」や「Please Mr. Postman(The Marvelettes)」などといったカバーソングも多い。しかし、THE BEATLESが演奏すると「これがオリジナルだ」と思えるレベルにまで消化され、表現される。故・ジミ・ヘンドリクスさん(享年・27歳)もカバーソングではオリジナルを超えてしまうほどの説得力を持っている。

 戦後の日本には海外の音楽、ジャズなどを日本語詞に変えて歌う、今でいうカバーの始まりとも言える時代があった。当時の歌手もカバーソングという中で、オリジナリティを確立しようとしていたはずだ。その精神が知らず知らずのうちに、鈴木雅之にも脈々と受け継がれているのではないだろうか。

音楽性やゆかりという共通点

 鈴木雅之は日本におけるブラックミュージック、ソウルミュージックの先駆者とも言われている。本作では、ソウル・ワルツの要素を持つ「リバイバル」を作曲した久保田利伸とのコラボしていることも興味深い。同じパルスを持つ2人だが、鈴木雅之は60年代ソウルの代表格、モータウン(レコードレーベル)のスティーヴィー・ワンダーや故・マーヴィン・ゲイさん(享年44歳)、故・ダニー・ハサウェイさん(享年33歳)といったニューソウルと呼ばれるジャンルが2人の根幹にある。このような共通項がより一層楽曲のイメージを強固なものにしている。そして、忘れてはならないのが歌う側と楽曲を提供する側、互いのリスペクトだろう。これをなくしてケミストリーは生まれない。

 本作には、ルーツだけではなく“縁”も存在する。今作で「Melancholia」を提供した松任谷由実とは37年前、シャネルズがまだアマチュアの頃に松任谷由実のバックバンドを務めていたという接点もある。先述の久保田利伸もデビュー前に鈴木雅之のソロデビューアルバム『mother of pearl』で2曲「今夜だけひとりになれない」と「ときめくままに」を提供、岡村靖幸も1曲「別の夜へ〜Let's Go〜」を提供していた。今作では30年振りのコラボとなった。

 ラジオ番組で以前、あるシンガーソングライターが、歌のスタイルについてマーヴィン・ゲイさんとダニー・ハサウェイさんを例えに出して比較していたが、その話がとても興味深かった。その話を踏まえると今作で参加している作家は自己陶酔型、マーヴィン・ゲイさんよりの歌手なのではないかなと共通点を上げてみる。逆にシュガーベイブ時代の山下達郎は、演奏なども含めたトータルで出すダニー・ハサウェイタイプだと話していた。今作だとアンジェラ・アキはダニー・ハサウェイタイプかもしれない。

鈴木雅之が持つ歌声の弾力感とリズム感

 さて、冒頭に問題定義した鈴木雅之の歌の魅力を探りたい。

 ソウルシンガーとして類稀なる歌唱力はもちろんだが、やはり自身の声を冷静に客観視できているところではないか。どのスタイルの楽曲でも、常に自身の歌声のおいしいポイントを余すことなく聴かせてくれていると感じた。そして、歌の消え際の処理が特に秀逸で音を伸ばす長さ、ビブラートの速さや深さ、さらにはそのビブラートの回数までもが計算されているのではないかと思えるほどだ。

 記者の私感になるが、ビブラートは人間性が出るテクニックの一つだと思っている。心臓の鼓動と連動しているという話もよく聞く。その人間性が歌の消え際の処理に大きく表れているのではないか。他にも今作では「夜空の雨音」でファルセット(裏声)を多用しているのもポイントだ。普段なら地声で表現するところを裏声に変えてきたのにはハッとさせられた。

 そしてもう一つ、日本人離れしたリズム感も要因だろう。絶妙なバウンス感は米歌手のスティービー・ワンダーやマーヴィン・ゲイさんに通じるものを感じる。リズム感というよりも歌声の持つ弾力感という表現の方が正しいかもしれない。その弾力感は『dolce』に収録されている岡村靖幸が作曲した「Luv or Trap」や、KREVA作曲の「Climax」で体感できる。岡村靖幸は“和製プリンス”と形容されるほど今年4月に他界したプリンスさん(享年57歳)に影響を受けている部分もある。ミネアポリスサウンドの代名詞プリンスさんの根底にもブラックミュージックがある。

 本作では、意外な名前がある。KREVAだ。共通点はどこにあるのか、と一瞬考えるが、面白いことに、KREVAは久保田利伸がルーツのひとつにあるという。このことからも鈴木雅之との相性は良いのではなかろうか。久保田利伸の86年にリリースされた2枚目のシングル「TIMEシャワーに射たれて…」のラップ部分に触発されたという。ヒップホップもブラックミュージックから来ているわけで、鈴木雅之とKREVAとの共鳴も自然なことだったのだろう。

 そして、何よりどの楽曲も流行りを追い求めたものではなく、古くならず長く愛されるものになっている。どこかノスタルジックでエバーグリーンな楽曲たちは、この先何十年も聴かれ続けていくはずだ。鈴木雅之はテレビ番組でこうも語っていた。「カラオケで歌ってくれるのも良い。多くの人に聴いてもらいたいし、歌ってもらいたい」。音楽本来の楽しさを求め続けている姿勢に学ぶところは多いだろう。
 
 9月3日から千葉・森のホール21を皮切りに本作を引っさげた30周年記念全国ツアー『masayuki suzuki taste of martini tour 2016 Step 1.2.3 ~dolce Lovers~』が始まる。ライブではどのような『dolce』を聴かせてくれるのだろうか。(文・村上順一)

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