注目を集める酸欠少女さユり。中学時代に求めていた音は、今は多くのファンから求められるものに

注目を集める酸欠少女さユり。中学時代に求めていた音は、今は多くのファンから求められるものに

 19歳のシンガーソングライター、さユりが今、注目を集めている。渋谷でゲリラライブを開けば、歩道を埋め尽くすほどの人だかりとなり、インストアライブも店内に入れなくなるほどの人山ができる。彼女は“酸欠少女”とも称される。社会のなかで息苦しさを感じながらも前を見つめて歩んでいる。そんな彼女の姿に心を打たれ、ファンになる人が増えている。理解してくれない、馬鹿にされる――、人に理解されない経験は誰にでもあろう。そうした心に抱える陰や闇を、あえて装飾せずにダイレクトに音として吐き出す。それは、人によっては自身の気持ちを代弁してくれる良き理解者ともなる。中学生の頃は学校に馴染めず家でギターに明け暮れた。人との会話を通じてのコミュニケーションは今も苦手だ。思考に居場所を求める。だが、そんな彼女だけにしか届けられない音がある。2月24日にリリースされたシングル「それは小さな光のような」も2曲目に収録の「来世で会おう」もそのなかの一つだ。音が陽であれば心は陰。インタビューを通じて彼女の心に触れた。

関ジャニ∞に憧れて

さユり

さユり

――音楽を始めたきっかけは?

 関ジャニ∞さんのライブDVDを見たのがきっかけで、小学6年生の時にギターを始めたんです。関ジャニ∞が、自分たちで作った曲を自分たちで演奏していたので、それに感動をして「私もギターが弾きたい」と。ある程度弾けるようになって、中学2年生の時にライブ活動をするために曲作りも始めたんです。

――それ以前も音楽に興味はありましたか。

 幼稚園の時に観ていたアニメが『満月(フルムーン)をさがして』と『ぴちぴちピッチ』で、『満月をさがして』は余命1年の女の子がプロの歌手になるために頑張るという話で、『ぴちぴちピッチ』は歌で悪と戦う内容で、2つとも歌が物語にあって、それが影響で歌が好きになって、幼稚園の頃から歌うのは好きでした。『ぴちぴちピッチ』のおもちゃのマイクで、車のなかでずっと歌っていました。

――ギターは最初から家にあったものですか。

 なかったです。その時に仲が良かった友達が最初にギターを買ってきて、それを弾いている姿を見て、私もその1カ月後に購入したんです。

――どのようなギターを購入したんですか。

 お年玉を使って、1万円のアコースティックギターを買いました。初心者16点セットというもので、ネット通販で。

――中学生時代は学校に馴染めず、ギターに没頭していたという話を聞きました。その時の状況を教えてください。

 小学6年生までは、友達と元気に遊んでいたんですけど、中学1年生になって急に難しく物事を考えてしまう性格になってしまったんです。それで、周りのスピードについていけなくて、学校が好きじゃなくなってしまって。学校にはあまり行かずに家でギターを弾くようになりました。13歳の誕生日もギターを弾きながら腹式呼吸の練習をしていました(笑)
 
――その時はコピーを中心に曲を練習していた?

 そうですね。でも歌詞は既に書いていたんです。小学6年生の時からノートに書き溜めていたんですけど、なかなかカッコイイ曲が作れなくて…。1曲全部を作るのは中学2年生までは出来なかったんです。なので、YUIさんのコピーをやったりしながら、たまに作曲して遊んでいました。

ギターにのめりこんだ中学

――中学生になって環境が変わって、それで内にこもるようになって、その感情をぶつけるようにギターにのめり込んだという印象を受けますが。

 そうですね。ギターとしか向き合えなかったというか、のめり込みました。あと、インターネットでいろいろ調べていて、ボーカロイドも好きになりました。その中で、ネットで「弾いてみた」という動画を観ながら自分もコピーしたりしていました。

――ネットの中では友達はいた?

 いました。中学1年の時に知り合ったんです。今でも仲が良くて、昔は一緒に路上ライブとかもやっていました。音楽活動は、2人組のユニットから始めたんです。その相方もネットで調べて見つけたんですよ。

――その頃は人と話すのは得意ではなかった?

 割り切れば普通にしゃべられるんですけど、周りのテンションについていけなかったというのはありましたね。話す時は人とのその場のコミュニケーション、タイミングが大事だったりするじゃないですか。それが息苦しかったというのはあります。

――先ほども話しておられましたが、物事について考え過ぎてしまうタイプなんですね。考え過ぎて言葉に詰まることはありますか。

 言葉にというか、結論がないものを考えるのが好きなんです。その考えに付いてきてくれる人が学校にはいなかったので、ネットのような広い世界に助けを求めた、ということはあると思います。

――具体的にはどういったことを考えていたのでしょうか。

 どうして空は青いんだろうとか、哲学的になってしまうんですけど、みんな見えている色が違うとかですね。青というのは便宜上の青であって、本当は青というものは存在していなくて、私の目にそう見えているだけで、隣の人は違うように見えていて「じゃあ何色に見えているんだろう」とか、そういう果てしないことを考えていました(笑)

結論が出ないことを考えるのが好き

――結論が出ないから、そこから抜け出せなくなって、それで周りが見えなくなっていく、ということはありませんでしたか。

 う〜ん、どうですかね。でも、ネットで知り合った人もそうですけど、音楽や歌詞を読んで「こういう考え方もあるんだ、面白いなあ」と理解してくれる人もいて、そうした私の考えがどんどん広がっていくのはあって、それが楽しかったですね。

――だから答えが出なくても良いんですね。

 そうですね。それはあると思います。

――思考と言葉は別に存在していて、さユりさんの様に物事を考え巡る方だと、歌詞や言葉に表現しきれていない、漏れている思考があると思いますが。

 1曲に全てを入れるのは難しいかもしれないですね。そういう意味では1曲として完成できていないかもしれませんね。断片的ですが、疑問などは言葉にしようと思っていましたね。

――言語化や言葉にできない思考は、「それ自体が何なのかさえも認知できない」という話を聞いたことがあります。例えば、「悲しい」という言葉がなければ、この感情が悲しみなのか何のかが分からない。

 はい。そういう話は好きです(笑)

――そう考えると、さユりさんは沢山の言葉を求めていたのではないかと思うのです。

 しっくりくる言葉を探していたというのはあります。でも、言葉で表現できないところを音で表現して埋めているというのもありますね。

――それがしっくりしない時は、性格的には暗くなっていた?

 暗くなっていましたね。周りにも言われました(笑)。あと、よく“変人”扱いもされていましたね。逆に割り切って、変なことしか言わないみたい感じでもありました。

――それを克服したのはいつ頃?

 克服はしてないんです。私が変わりつつあるというのは、音楽が仕事になって、こうやって大人と話さなきゃいけない機会があって、しっかりしないといけないというのがあるんです。なので、今は楽しそうな自分を作ることが出来ているのですが、逆に息苦しさは増えたかもしれないです(笑)。辛いわけではないんですけど。

――普段1人でいる時はどのような感じ?

 1人でいる時は、綺麗な気持ちというか、幽霊みたいな気持ちでいるようにしています。肉体があったら、生きる上で現実のことを考えなければいけないじゃないですか。例えば、電車に乗っていても自分という肉体があるから満員電車になるわけじゃないですか。そういう時にものスゴく「ごめんなさい」という気持ちになります。だからあまり人間にならないようにしています。そうすると俗世間から離れて音楽を楽しめるというか。

――自分とは何かをずっと考えてきた?

 自分とは何だろうとはよく考えますね。

――答えは出ていないと思うのですが、これなんじゃないかなみたいな、何か得たものはありますか。

 全てが自分だから、何が良くて何が良くないかではないんです。こうやって明るく努めている自分も好きじゃないかもしれないけど、それを選んでいるのは自分だから、それはそれという割り切り方を見つけたかもしれないですね。捨てたい自分も含めて自分なので。その“自分たち”をまとめて「みんなで仲良くしようか」と思っています。

――核となる自分がいて、その核となる自分が、その“自分たち”を見ているという感じなんですか。

 そもそも核とはなんだという話になりますね(笑)。その答えは分からないですね。

――さユりさんには陰がある印象ですが、一方で楽曲は明るいと思ったんです。失礼な言い方ですが、自分にはない明るさを音に求めた?

 それは全く求めていないです。ずっと暗い曲しか書けなかったんです。メジャーデビューするにあたって知ってもらう過程の中で、暗い気持ちを暗いと吐き出すだけじゃなくて、明るいものとして消化するという方法も身につけていって、もっといろんな表現をしたいなと意識するようになったんです。

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