「SEA BREEZE 2016」

「SEA BREEZE 2016」

今の機材では作れない独特の音

――それも面白い話ですね。需要と供給のバランスをあえて崩してみるのも一つかもしれないですね(笑)。ところで35年やってこられて、時代はすごく変わってきたかと思います。「あの頃の方が良かったな」と思う事はありますか。

 一つだけ言えるのは、レコード業界が潤っていたという事ですね。だから全ての人が、ちゃんと音楽を「情報の一部」ではなく「人生の一部」として感じてくれていたので、そこに投下するお金の量が全然違ったんですね。だから10万枚とか20万枚とかレコードが売れる訳ですよ。中には100万枚とか売れる人も出てくるし。それがそうじゃなくなっちゃったおかげで、質の良いものを作る事ができなくなっちゃったんですね。機械で何でも出来るようになってきたんで、一応、音楽は作る事はできるんですけど、素晴らしいミュージシャンを呼んだり、人件費をかけて作るとかそういった事が難しくなった。例えば映像の世界で言うなら、いい俳優さんを使っていい脚本をしっかりつくって、良いカメラで良い場面が撮れるまで何度でも撮るというのではなくて、「CGで作っちゃえ」という事が多くなってきちゃったという事と同じですよね。

――確かに映画でも、黒澤映画にみられるような巨大セットなど豪快な演出などは無くなりつつあります。音楽の世界でも起きているということなんですね。となると音の迫力も変わってきますか。

 結果論、音の世界においてもそういう事もあり得るんじゃないですかね。僕が80年代に作ったダンス用、クラブイベント用の12インチシングルが、今、クラブですごくかかっているんですって。若いDJが好んでかけているみたいで。それは逆に、「今の時代にない音」だからですよね。作ろうと思っても作れないでしょうね、多分。「これはどうやって作っているか」といったら、昔の機材で作っている訳ですから、今の上等な機材ではあの音は出ないんですよ。デジタルの機材ではなく、アナログの機材でないと作れないんです。実際この『SEA BREEZE』に収められている音もそうでした。

――時代的に機材や音楽制作技術が高度になっていったぶん、アナログの良さを置き忘れていった、廃れていったと言いますか、あえてそこに還ってアナログの録り方をしていくという事は今後もありますか。

 いやでもね、アナログで録るというのはコストも時間もかかるというのがあるんですよ。デジタルは便利。本当に便利ですよ。だから制作費がないってなるとどうしても。やっぱりそこですよ「昔は良かったな」と思うのは。だから結局どこかで踏ん切りをつけなくてはならないんですね。「予算はこれだけしかないんだから仕方ないよね」という。

――それは聴く側にも問題があるような気がします。

 まあ、“問題”と言っちゃうと酷かもしれないけども、それは時代の流れなんですよね…。僕の昔ながらのお客さんというのは、コンサートのチケット1万円近くしますけど、それでもたくさん来てくれるんですよ。それは、そのライブにそれだけの価値を感じてくれているという事なんですよね。その1万円というチケット代の中に、僕に対する“信用”が入っているんですよ。だから1万円払っても、それだけの価値のあるものを観せてくれるだろうという思いがあるから来てくれるという。そういう消費の仕方をしてくれる方がいらっしゃるんでね。だから僕はまだ自分が食えている以上はありがたい話だと思います。

――角松さんのステージを拝見した時に多くのミュージシャンがおられました。

 ライブに関してもレコーディングと同じように人件費というか、派手なセットを入れるとか、ダンサーを入れるとか、小芝居やるとか、というよりも、やっぱりそっちにお金をかけますよね。

――ライブで聴いた、あるいは感じたグルーヴや高揚を求めて、CDを買うだろうという事は感じました。最近の傾向は、パフォーマンスや演出など“見せる”方向に行っているなと感じることもあります。それが悪いということではないのですが。

 それもやっぱりコスパでしょうね。高いミュージシャンをたくさん雇うよりも、ダンサーを雇った方がPAの回線が少なくて済みますし。音楽はオケで出して、とか。それもひとつのコスパかもしれない。お客さんが喜んでくれるならそれでいいじゃないかと。ただ、僕らがやっているような優秀なミュージシャンの演奏でガッツリ聴かせる迫力のエンターテイメントとは、また種類が違うと思います。どっちが良い悪いではなくて。そこがわかってもらえればいいなとは思いますけどね。やっぱりそこで圧倒されると、そうじゃないものから来た人はびっくりされますよね。「こんな世界があったのか!」みたいなね。面白いなと思ったのは、先程「ライブを観るとCDが聴きたくなる」と仰いましたよね? 僕らの時代は逆なんです。僕らの時代はレコードをまず聴くんですよ。ライブは後回し。レコードを聴いて、信頼して、ライブに行くんですよ。「こりゃあスゲエな! ライブも観てみたいな…」と。まず“作品ありき”なんです。そこが時代の違いですよね。

――いま指摘されてハッとしました。確かに僕らも数10年前はそうでした。僕の感じ方が変わってしまったかもしれません。

 いやいや! 大概はそうですよ。30代くらいの人はみんなそうですね。今の僕のお客さんなんか「ちょっと音楽を離れていたけど戻ってきました」と言う40代の女性なんかでも「やっぱりライブがイイ、ライブがイイ!」と言う訳ですよ。ライブがいいのは当たり前なんですよ。好きなアーティストがそこにいる、という事と“参加意識”ですよ。それがあるから、エアーで出ている音が心象意識として膨らむんですよ。面白いのは、そのアーティストをよく知らない人がライブに行った時、「CDと全然違うじゃん」という印象を持つ。要するにCDよりライブのクオリティが低いと感じているのです。ちなみに僕のライブに来た、ある若い子が「CDと一緒だ!」と言うんですよ。だから「当たり前だろ! CDに録音されている事をここで再現するのがライブだろ!」ってね。やっぱり、世代間の温度差というのはありますよね。先程申し上げた通り、僕らはレコードを聴いて「これはライブ観に行きたいな」となっていたんですけど、今は逆転していますよね。ライブ観て「CD買おっ!」ってなるんですよね(笑)。でも今は音楽業界全体がライブでもって飯を食っていますから、しょうがないです。

――僕なんかは幼少期にちょっと背伸びしてシティポップに触れたんです。あの頃は、良く理解もできないのに大人向けの雑誌を買ったり、大人のすることに憧れていましたね。

 僕らもそうですよ。

――その時代はテープだったのでTVから直接録音したりもしました。

 みんな一緒です。僕もそれやりました。

向き合うことで得られる真の音楽の楽しさ

――その時期があるので、音の良さに感動を覚えるのですが、今の世代は当時と環境が全く違って最初から音がそれなりに良い。そのありがたみというか、そうした感動がなく今後はどうやって音楽と向き合っていくのかなと感じることがあります。文章の世界でも、“書く”ことから“打つ”ことに変わって、デジタルになりました。媒体が紙の場合は、紙面から削られるというか、漏れる記事や文もあるんです。レコードの面白いところは、記録する容量の関係で当時は入りきらなかった曲「Last Summer Station」が今回、ボーナストラックに入っていて、そこの貴重さに感動を覚えます。この時代に何か提言がありましたら、ぜひともお願いします。

 音楽に向かい合って聴く時間をつくるというのは良いかもしれないですね。音楽だけに集中する時間。今、やる事いっぱいあるじゃないですか? スマホを持っているとさ…。ずっとSNSをやっているとか、やる事いっぱいある訳ですよ。その割にはやっている事が単調じゃない? と思う事があるんですけど、だったら、1日に1時間、音楽に没頭する時間とかね。“ながら”ではなくて、好きなアーティストに没頭する時間とか。

 昔「ジャズ喫茶」というのがあったんですよ。その店のこだわりのサウンドを、もの凄く良い音響設備で爆音で聴くんですよ。コーヒー飲みながらみんな黙って「私語禁止」みたいな。そういう所に行くと“ハマれる”し、“知れる”んですよ。ジャケット飾ってあるから「コレ何だ?」って。そういう場所が昔はあったんですよね。今もそういうのがあればいいなって思うんです。音楽に没頭する時間が家にないんだったら、そういう場所をつくってあげるとかすれば良いのになとね。いろんな発見があると思うんですよね。例えば、「自分が今好きだと思って聴いていたアーティストが意外にショボかったな」とか感じたり、「こういうのは全然興味なかったんだけど凄いな」とか、そういう幅の広がり方というのは集中して聴かないと見えてこないんですよ。

 ただメロディが良いとか、歌詞がなんか共感できるとか、音楽は人と寄り添っていくものだから「歌詞に共感して元気が出ました」とか、そういうのは当然大切な事なんですけど、音楽ってそれだけではなくて、「その歌詞が何であなたの心に入っていったかといったら、このピアノのせいなんだよ」とか、例えばそういう所まで気付いて欲しいなっていうのはあるんですよ。そういう事がわかるようになってくると、1曲の楽しみ方が倍にも3倍にも増えていく事があるんですよ。だから、そういう楽しみ方が出来るといいですねって思います。ヘッドホンでもいいから音楽に向かい合う時間を作ると“いろんな発見”があるんじゃないでしょうかね。

――今回の作品は正に、若い世代や音楽をライトに触れてきた人、あるいは音楽から離れてしまった人たちに“気付いてもらう”いいきっかけとなる作品ではないかと思います。

 新鮮かもしれないですね。何でかと言うと、この時代の音を丸ごと使って構築し直している作品ってそうは無いんですよ。ここまで意図的に当時の音をもう一回紹介し直すという作品は少ないかもしれないです。そういう意味では面白いですね。今の角松敏生を知るという事もそうだし、第一級の歴史的価値のある資料っていう聴き方もできます。

――当時の日本が元気だったウキウキとした高揚感が楽曲からも感じられるので、これが今の時代に広まれば景気はもっと良くなるのではないかと。

 男の子がみんな車を買いたくなるっていう(笑)

――景気は気からと言いますしね。さて、7月2日に横浜アリーナで35周年記念イベントがあります。ぜひ、若い世代にも鑑賞して頂きたいものですが、その若い世代に何か一言、メッセージをお願いします。

 若い人達で僕の事を知っている人って2世代目なんですよ。お父さんお母さんに聴かされてね。僕の音楽を聴いていろいろ感じてくれる事もあると思うんです。別に古い事をやっている訳ではなくて、まあ、逆に古さも感じるかもしれないけれども、ずっと僕は10年先の事をやっていると言われてきたんですよ。そういう意味でいろんな発見があると思うので是非聴いてみて下さい。若い人は、この人有名とかそうではない、という事にあまりこだわらないんですよ。好きだから聴いているというね。だからもっと僕の音楽を聴いて欲しいと思います。僕ら大人の世代というのは、“誰それ”って言っちゃうんですよ。若い世代はそれがないですから。僕と同世代の人間でも僕の事を知らない人は知らないですから。

 僕のファンの人が「角松敏生さんを説明する時、“誰それ”っていつも言われるから『WAになっておどろう』『You're My Only Shinin' Star』を出すとみんなわかってくれる」みたいな。だから「ゴメンな、シングルヒットなくてな」と思って(笑)。実際に僕は、シングルヒットを作らなかった人なので、そういう流れがあったりもするんだけど、若い人達ってそういうのこだわらないので。音楽好きの若者って“古い新しい”とか関係なくて、むしろ温故知新的なところがあるから、そういう部分で音楽を探っていきたいと思っている人達には、すごくいい教科書になると思います。

――今、ジャズやニューチャプターが今後「来る」のではないかと言われていまして、正に第一線でやられていた事が今回のもので投入されるので、更にそういった流れが加速されるのではないかと思うのですが。

 どうですかね、そういう風にみんな期待してくれますけどね。後はメディアの力なのでよろしくお願いします(笑)

 ◆角松敏生 1981年6月、シングル「YOKOHAMA Twilight Time」、アルバム『SEA BREEZE』でデビュー。以後、彼の生み出す心地よいサウンドは多くの人々の共感を呼び、時代や世代を越えて支持されるシンガーとしての道を歩き始める。中山美穂や杏里など、アーティストのプロデュースや楽曲提供も数多く、またAGHARTA(アガルタ)としての活動では「WAになっておどろう」の国民的ヒットも生み出している。2014年3月角松の幅広い音楽性が1曲に組み込まれたプログレッシヴ・ポップアルバム『THE MOMENT』が話題となった。2016年デビュー35周年を迎える中、制作、ライヴとますます精力的に活動を続けている。

(取材・木村陽仁)


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