日本における音楽シーンに変化がみられる。80年代後期から90年代初期にかけて流行した音楽の再ブームや、ラップを取り入れる傾向がますます強くなっている―等々。そうしたなかで今、面白い動きを見せているのが、ラッパーがフリースタイル(即興)でスキルを競い合うMCバトルだ。いままさにこのシーンはその界隈だけでなく一般にも浸透しつつある。

 その盛り上がりを牽引しているのは、テレビ朝日系で毎週火曜日深夜に放送されている『フリースタイルダンジョン』という番組である。現在までに23回が放送され、アーカイブはYouTubeでも視聴可能だ。そして、その再生回数は過去放送分全て合わせて、なんと2400万回を超えている。内容は毎週、挑戦者がモンスターと呼ばれる強者ラッパーとフリースタイルでバトルをして審査員5名の判定によって勝ち抜き、賞金を獲得していくというものだ。

 ここ数年で『ULTIMATE MC BATTLE(UMB)』や『戦極MC BATTLE』『THE 罵倒』といった名のある全国的MCバトル大会は会場規模を拡大し、そのほとんどがソールドアウトを簡単に叩き出すまでになった。ラッパーたちの技術平均値もここ10年で格段に上がり、シーンは大いに活性化している。しかし、その界隈では異様な盛り上がりを見せているムーヴメントも、一般大衆、いわゆるお茶の間までに浸透しているとは言い難い面があった。

 その背景には、90年代以降「B-BOY」やそこから派生したと思われる「B系」という言葉の定着によってヒップホップは「ヤンキー」とか「ブカブカのファッション」「チェケラッチョ」などの固定観点が付きまとってしまったこと、そしてそのイメージが長いところ抜けなかったことによる誤解が一つにあるのではないだろうか。

 近年のヒップホップシーンはオーバーサイズのファッションや、いわゆるギャングスタの様なイメージは必ずしも支配的では無かったにも関わらず、なかなかこの「B系」という言葉の持つバイアスを消すことができずにいたのだった。ちなみにB-BOYのBはbadではなくbrake。ブレイクダンスのことである。

 しかし、一般的なヒップホップのイメージはこの「フリースタイルダンジョン」によって完全に書き替えられる、あるいは書き替えられ始めてると言っても良いだろう。地下で煮えたぎるマグマのように、アンダーグラウンドで燃えさかっていたムーヴメントはついに地表に姿を現し始めている。

 そしてこの「フリースタイルダンジョン」に先駆けること約3年、BSスカパーのバラエティ番組から『BAZOOKA!!! 高校生RAP選手権』なる企画が成功したことをここに挙げたい。これも文字通り、高校生によるMCバトルトーナメントである。当初は番組スタジオから放送されていた企画だったのだが、回を重ねるごとに恵比寿LIQUIDROOM、赤坂BLITZ、新木場Studio Coast、ディファ有明、東京ドームシティホールと、ホールを埋め尽くすほどのモンスターイベントに化けた。

 実はこの高校生イベントで大会委員長を務めていたのが何を隠そうラッパーのZeebraだ。そして、彼が満を持して立ち上げたのが前記のテレビ番組『フリースタイルダンジョン』なのである。甲子園からプロ野球へその熱狂のステージを進めた、とも言えるだろう。

 世界に目を向ければ、ヒットチャートに乗る楽曲の多くはヒップホップ/R&Bである。音源やMCバトルで成り上がったラッパーがポップスターのシングルで客演するという事例は日本のそれとは比べ物にならないくらい多い。この番組によって日本におけるヒップホップ観念が更新されれば、ラッパーのCDがチャートに姿を現すようになったり、幅広いコラボレーションも増えていくだろう。これは日本の音楽がより世界規格になっていく可能性を示している。

 さらに「テクニカルタームが多い」というのがブラックミュージックの特徴の一つでもある。ジャズで言えば「スウィング」、ファンクでいえば「グルーヴ」とかそういった言葉は既に日本でも定着し、今日に於いては音楽を論じたり考える際に無くてはならない言葉となっている。

 既に「DIS」という用語が「DISる」という動詞として日本語化している様に、今はまだヒップホップラヴァーたちの言葉である「パンチライン」だとか「フロウ」「ビーフ」「サイファー」などのヒップホップ用語が他のジャンルや文化に流入し、日本の音楽・文化言語のアップデートも促されていくかもしれない。そう考えると今後の日本語ラップの流れから目が離せない。(文・小池直也)

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