時代考証という点から映画『偉大なるマルグリット』の魅力を語った菊地成孔×幸田浩子

時代考証という点から映画『偉大なるマルグリット』の魅力を語った菊地成孔×幸田浩子

 実在した“音痴の歌姫”ともうたわれたソプラノ歌手、フローレンス・フォスター・ジェンキンスさん(1868年7月19日―1944年11月26日)から着想を得て創作された映画『偉大なるマルグリット』が27日に公開される。16日には東京・渋谷で試写会イベントが催され、ジャズミュージシャンの菊地成孔とソプラノ歌手の幸田浩子がトークセッションを実施。劇中音楽だけでなく、文化・風俗と音楽の相関や音楽史などについて考えさせられる有意義なひと時となった。ミュージックヴォイスではこの模様を以下に紹介する。なお、全文公開は本媒体のみとなる。

音楽というものの神秘を語らせたかったのでは

メイン写真

映画『偉大なるマルグリット』ワンシーン

菊地成孔 幸田さんのことは皆さんご存知だと思いますが、日本を代表する、世界で活躍されているソプラノ歌手の方ですので本職と言いますか。私はジャズミュージシャンなので、何で呼ばれたのか分からないのですけど(笑)。映画を見たばかりでして…。複雑なフランス的…と言いますか、アメリカンなものではないので観終わった後の解釈も色々あったと思います。

幸田浩子 私は涙が止まらなかったです。置いてかれた感もあったりして。

菊地成孔 そうですね。何度も観ないといけない映画ですね。最近は、フランス映画全体が調子良くて一時期、(大統領が)ミッテランとかシラクの比較的政治が安定していた時は映画がつまんなくなっちゃった。そういう時代が長かったんです。でも悪名高いサルコジ政権以降は不安定になって。それで佳作が一杯出ているんですよ。今年はアルノー・デプレシャンが25年ぶりに作品を出したり。そんな佳境を呈している中の一作ということで、非常に評価の高い作品です。幸田さんにまずお聞きしたいのはプロの方から見ての、この映画の「クラシック考証」についてなんですよね。要するに「音楽考証」と言いますか。衣裳だとか演奏だとか、そういったものはどのくらいの水準ですか。一般の方には分からないと思うんですよね。

幸田浩子 ストーリーの中で選ばれる曲というのが、旦那さまが自分の演奏を聴いてくれないという寂しさを感じている時に椿姫の「さよなら、過ぎ去った日よ」という悲しい曲が流れていたりとかですね、随所にその心情を表した曲が一杯あります。

菊地成孔 選曲のセンスがいいですよね。

幸田浩子 素晴らしいと思います。そのストーリー、そのオペラをまた観たくなるという様な感じ。それぞれ女性が不幸になるオペラが選ばれていることが多いんですけども。

菊地成孔 最終的にマルグリットがああいうことになるわけじゃないですか。明確には出てきませんから、人によって見方は違うかもしれませんが。いずれにせよ音楽がエンディングまでゆっくり黒子みたいに導いていく。

幸田浩子 そうなんです。そこにずっと音楽があるという。「楽しいところに歌いにいくー!」という時には「フィガロの結婚」の序曲がスキャットで使われたりとかして、一緒にウキウキしてしまったり。一生懸命に歌っている姿が本当に素敵に思えて、愛しくて、愛しくてしようがなかったです。

菊地成孔

菊地成孔

菊地成孔 時代考証はいかがですか。最近はポップスとかロックだとかジャズとかの映画が増えました。21世紀になって20世紀の偉人をやろうというので、マイケル・ジャクソンであるとか、いっぱいありますよね。それらの時代考証の水準が凄く上がっているんですよ。当時の車や服とか風俗の再現力というので笑っちゃうようなものがない。クラシックというのは「クラシック」というくらいで、なかなか「笑っちゃうんだよね」というのがあったとしてもよくわからない。主人公のマルグリットは結構、スタイリッシュな人で、自分で衣裳を選んでいますよね。孔雀とか天使の羽を付けたりするわけなんですけど、ああいうのは派手な変わった格好する人と捉えるべきなのか、あれがアベレージで当時はそんなものだったのかと捉えるべきか、どちらですか?

幸田浩子 頭に孔雀の羽をつけているのは、その場面で歌われている「魔笛」の「夜の女王」のモチーフが鳥の鳴き声に聴こえるからというのと、魔笛に登場する鳥刺しの衣装に羽がついているからという感じでしょうね。それから「清らかな女神」という巫女さんの曲でなぜエンジェルの羽をつけているのかというのは、マルグリットのモデルであるフローレンス・フォスター・ジェンキンスというアメリカの富豪がやっぱり自分のリサイタルの時に羽をつけているので、そこへのオマージュだと思うんです。結局、もともとのジェンキンスさんが何であれを付けていたのかという謎がわからないままだったなと。

菊地成孔 モデルになった人のCDが残っていて、実は非常に人気があった。マルグリットのような非業の、という形では無くて。アメリカか、フランスかという問題も大きいと思うんですけど。カーネギー・ホールでリサイタルをして、笑いながら非常に愛されたという人。その人が羽を付けていた、ということをそのまま使っているということで。実際の演目で羽を付けるというのはちょっと奇矯だったってことなんですよね。

幸田浩子 そうですね。

菊地成孔 そこらあたりの細かい考証のところがわかると、もっと色々深くわかる映画だと思うんですよ。ストーリー自体はわかりやすいですもんね。まあ、フランス文化の歴史と言うか、これは結局、悲喜劇がやりたいわけなんですよ。喜劇でもないし、単純な悲劇でもない。英語だとトラジコメディとかいいますけど。でも、なかなか現代の現実自体が悲喜劇的なんで、映画で悲喜劇を作る時にどういうストーリーでどういう設定にするかというのが、なかなか難しい。宣伝用のコメントにも書きましたけど「この手があったのか」という。こういう人が1920年代のパリにいたんだということにすることで、フランス的な悲喜劇がメロドラマとして成立したということだと思うんですよね。だからあとは音楽考証がどのくらいかっちりになっているかというところ。あとフランスという国は音楽全体で見れば豊かですよね。ドビュッシー以降といいますか、近代は特に。でもオペラが一番ヤバかった、ヤバかったなんて言ったら幸田さんの前でいうのはまずいな(笑)、最盛期であった18、9世紀は…。

映画『偉大なるマルグリット』ワンシーン

映画『偉大なるマルグリット』ワンシーン

幸田浩子 ドニゼッティがいてロッシーニがいてヴェルディがいて、というような時代はイタリアオペラが主流でした。フランスというところではオペラを愛している人というのは、それほどたくさんはいなかった。皆さんどちらかというとバレエが好きだったりとか、絵が好きだったりとか。

菊地成孔 美術、料理、バレエというのはフランスのものですよね。オペラ座があるから、パリオペラというのも、さぞかし凄いんだろうなと何となく思ってしまうんですけど。作中で流れる純フランスのものは「カルメン」だけですよね。

幸田浩子 「ラクメ」もありましたけど、でもそうですね。作品として名作はフランスにあまり無かったりしますね。

菊地成孔 オペラ最盛期の近代以前には無いですよね。

幸田浩子 ただ、その中で歌ってらっしゃって「音楽に命を与えるのは観客で、観客なしで音楽は存在しない」とかね。真実の良いセリフをいっぱい言うんですよ。音楽というものの神秘を監督さんは彼女を通して語らせたかったんだなと思いました。


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