背景を知れば深みは増す―とはよく言ったものだ。音楽をいくら文章で伝えても音を聴くことにはかなわない。「百聞は一見に如かず」ではないが、その楽曲を聴いてもらった方が早い。それでも「ジャケ買い」や「POP買い」「帯買い」があるのは、やはり文脈やビジュアルからその音が滲み出ていることなのであろう。「ちょいっと聴いてみようかな」と思わせる何かがそこにはある。

 取材現場に行くことが多い。最近は得意ジャンルを超えて様々なミュージシャンにインタビューをする機会がある。取材前には当然、音源や情報収集に時間を割く。例えば先日おこなったピアニストへのインタビューでは、「なぜこの楽曲を弾くのか」「なぜ選曲したのか」「どのように表現したのか」という質問をするのに、楽曲の作成者の生い立ちから時代背景までを調べる。

 そう追っていくと、この楽曲が生まれた当時の光景が頭に浮かび上がってくるような錯覚になる。「ああ、このような風(かぜ)を感じながら作曲していたんだな」と。楽曲のなかには、表向きは「失恋の楽曲」としているが、紐解いていくと実は「不倫だった」ということも。クラシック音楽という高貴な文化のなかにも垣間見える生活感。「なんだ、オッサン、不倫かよ」とついぼやいても、それはその楽曲への敬意をもった戯言である。

 楽曲は人が生み出すものだから、その人の情は少なからず楽曲制作に影響を与えているだろう。だからこそ、その時の心境、当時の背景を作曲者、はたまた演奏者に聞く。

 音楽の良し悪しは聴いてもらった方が早い。けれど、その背景は文を読んでもらった方が早い。そして「この車はドイツ製ですよ」「このバッグは職人によるお手製ですよ」「このワインは○○地方で取れた葡萄ですよ」といったように、楽曲が生まれた背景を知ることで、聴く人の感性をより豊かにするのではないか。

 そういう小生の価値判断は、とてもいい加減でブランドにめっぽう弱い。うんちくを聞くとそれが良いものと感じてしまう。ついつい「う~ん。このワインは○○年製だから深みがあるね」、「この音は、○○製のスピーカーだから聴き心地が良いね」と。

 一般的に社会構造が大量生産から多品種少量生産に移り変わっている、あるいは移り変わったなかで、生産者も消費者も「商品の付加価値」を求める傾向にある。音楽における付加価値は様々な材料をもって作り上げられていくのだが、こうした「うんちく」も一役買っているのではないか。音を聴く感性と、情報。後者が蓄積されればされるだけ、より深みは増す。楽しみ方も広がる。

 配信の世界が主流になりつつあるなかで、「ジャケ買い」や「POP買い」に変わる“楽しみ”は出てくるのであろうか。もっともワンクリックで試聴ができる時代。簡単に楽曲に触れることが出来る。それでも多くの作品の中から選ぶにはジャケットのビジュアルも頼りになることは変わりない。となれば、それに応じた新たな“文化”が形成されることもあり得るだろう。(文・木村陽仁)

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