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業界内外で注目を集めるフレデリック

 フレデリックのファーストアルバム『うちゅうにむちゅう』を聴いたときの印象は衝撃的だった。グルービーなドラム、リズムの上で駆け回るベース、変態的なギターのハーモニー。そして、脱力したボイスで綴られる、脳裏に刻まれて離れないサビのキーワード。

 激情感を先行させるのが通例なロックシーンの中で“特異”な存在とも見られる彼らは、続いてリリースしたメジャーデビュー作『oddloop』で、ポップかつキャッチーなサウンドを追求。さまざまな方面から「大きな方向転換」をしたというコメントを受けながら、一方で変わらぬ独自のフレーズ感、歌詞センスを見せ、バンドの特性を決定的なものにした。

 オランダ出身の絵本作家、レオ・レオニの作品からネーミングされたバンド「フレデリック」。三原健司(Vocal、Guitar)、三原康司(Bass)を中心に、赤頭隆児(Guitar)、kaz.(Drums)という個性的なメンバーで結成された。

 この5月に、自身3枚目となるミニアルバム『OWARASE NIGHT』をリリース。アルバムのオープニングチューン「オワラセナイト」は、前作から引き継がれたポップなフレーバーの中に、特徴的なサビのキーワードで、またも聴くものに強い印象を残すキラーチューンとなっている。

 まるでモノサシで計ったようにピッタリとはまるサビのキーワード、フレーズ、そして曲としての完成度など、彼らの音楽に対するアプローチの手法には興味が尽きない。一体彼らはそのサウンドをどのように構築しているのか?

 今回は最新アルバム制作の経緯とともに、メロディメーカーの康司を中心に、バンドとしてどのように“音作り”に取り組んでいるのかを、インタビューにより探ってみた。  【桂 伸也】

今感じたそのイメージをアルバムに

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三原健司(Vocal、Guitar)

――今回リリースされた最新アルバムですが、『OWARASE NIGHT』というテーマに行きついた経緯はどのようなものだったのでしょうか

康司 自分の、とある実体験での話ですが、悲しい出来事があって、その中での別れと、それに対して「一歩進まないといけない」という「終わりと始まり」が見えたんです。そこから新しいアルバム作りの際に、自分たちの中で「終わりと始まり」というテーマを立てようと思いました。

――どのような実体験があったのでしょうか

康司 ある日、すごく落ち込んで、夜中に1人で時間も気にせずに窓を見て、ずっと考え事をしていたことがありました。そこに、たまたま朝日が上がって来たんです。普段から朝日を見る機会はあったはずなのに、そのときの朝日は一番きれいだったんです。自分が悲しみのどん底にいるときだったので、ちょっとした幸せが大きく感じたんです。

――そこに大きなインパクトを感じたということですね

康司 そうですね。だから自分たちが今一番思っている気持ちが、このタイトルは詰まっています。

――アルバム作りの中では、そのテーマが最初に出てきたのでしょうか

康司 いいえ。曲作りとほぼ同時進行でできた感じです。実は、リードトラックの「オワラセナイト」という曲は最後に出てきた曲で、やっていくうちに「こういうことが言いたかったんだな」というものを感じながら作っていきました。

――まさしくまとめの曲という感じですね。このテーマが康司さんから提案されて、皆さんはどのような印象を受けましたか

健司 自分たちが進む先は「こういうことなんだな」というイメージを、ちゃんと曲で表してくれたんだな、という事をすごく感じました。同じように、今の自分たちの中に置かれている状況に対して、自分たちは一度「終わらせて、先に進みたい」という気持ちがあったので。

――その状況というのは、どのようなものだったのでしょうか

健司 『うちゅうにむちゅう』を出したときは、「お客さんと一緒に盛り上がろうぜ!」というライブというよりはどちらかというと「自分たちの音楽はこういうものだから、好きと思う人だけ集まってくれればいい」みたいな。 でも、『oddloop』を出したことでフロアと一体になって作れるようなライブができたし、それをメジャーデビューのときに出したいと思っていて、アルバムのリードトラックとして「オドループ」を入れました。すると、そういう自分たちが思っていた以上の反応が返ってきて。そこで自分たちが置かれている状況というものを考えるようになりました。だから新しい作品を作るときに、メンバーとしても、ボーカリストという立場としても、ちゃんと前に進みたいな、という気持ちを持っていたんです。

――テーマへの思いの強さを感じますね。皆さんの作品はやはりサビの言葉とメロディの完成度が非常に特徴的でありますが、これは例えば断片的なアイデアを膨らませて作られているのでしょうか。それともある程度頭の中で完成された形でできたものなのでしょうか

康司 曲によりますね。作り方は曲によって変えていきますので。ただ、大事にしているのは口ずさめるということ。たとえば「ラララ~♪」というメロディが、歌詞とは別に出てくるメロディと、「オワラセナイト~Ooh!♪」みたいに言葉で出てくるメロディと、印象がすごく強いのは後者。それをすごく意識しています。言葉と同時にメロディが出てくる感じですね。

健司 康司は、ミニアルバムを作るといったらデモを100曲くらい作るんですよ。フレデリックのレコーディングって、その中から曲を選ぶというところから始まる。その中で光るものというか、「これは絶対入れたいな」と思う曲は大体が歌詞とメロディが一緒になって「ポッと出た」感じというか。

――その「ポッと出た」というものは、かなりのクセモノですね

健司 確かに。『うちゅうにむちゅう』の「SPAM生活」という曲のサビに「死んだ魚のような目をした魚のような生き方をしない」というフレーズがありますが、これって絶対に考えまくった末にできたものには見えないですよね。哲学的ではあるかもしれませんが。僕は康司という人間を知っているからというのもあるかもしれないけど、「考え抜いて出てきたものやったら気難しすぎる」と思う。そこまで考えて音楽をやるなんて…。

隆児 なんか疲れそうやね(笑)

――それにしても100曲ってスゴイですね。どの曲を聴いても、歌詞とメロディの一体感から、強い印象を感じるのですが、それは曲を作って、皆さんからの意見が加わって、ある程度完成度を高めるのか、それともほぼ康司さんが作り上げた最初のイメージのままなのでしょうか

康司 それも曲によります。どちらかというと変わっていくものが多いですね。メンバーのプレーを大事にしたいという思いもあるし、その中でこうしていった方がいいんじゃないかということは話し合って、お互いに差し引きというか。でも場面によってはそれができないところもある。そういうものをすべて話し合いながら作り上げています。だから最初からこの状態というわけではなく、メンバーのフレーズも大事にしています。

――そういう意味では、ある程度練っている部分というものも大きい

康司 そうですね。全員が好きだ、と思うことを大事にしたい、というか。楽しいと思って作っているものが、聴いてもらっても楽しいと思うし。

――その100曲というアイデアなどを康司さんから提示された際に、皆さんはどのように思われるのでしょうか

健司 基本的には、康司の曲が僕らにとっての基準。だから特に変に思うことはないです。いろんなメディアや人の意見からはよく「歌詞が独特やね」「曲が独特やね」と言われることはありますが、自分たちからすると「えっ?そうなんや!?」と思うことの方が実は多いんです。

――違和感はないと

健司 ないですね。逆に、さっきの「死んだ魚のような~」みたいな、今まで自分にはなかった、辞書にも載ってないような言葉を作ってくるので、聴いたときに新しい言葉を知る、そんな「フレデリックとしての特権」を得ることができる。毎回、デモを聴いたときに「これはこういうことを言いたいんやな」という認識を楽しんでいる感じはありますね。

康司 楽しんでいる感、みたいなものは渡す側からしても感じていることで、逆にみんなが自分の思いと真反対のことを考えていることもあるし、全然違うアレンジを入れて来ることもある。そこには本当にお互いに楽しんでいるような感じがあるんです。そういうのも大事にしていますね。

――隆児さんはどのように感じられますか

隆児 僕もどちらかというと直感を大事にします。「合っているか?」とか。「康司くんがどう思っているか?」ということとは別で、僕自身がどう思うか。たとえば「あの曲っぽいな」とか、そういう直感だけで決める。そしてできればアレンジを決めるまで、何回も聴かないようにしています。覚えちゃったら…

――逆に発展できなくなるような感じですかね

隆児 そうですね。そんな気がする。どっちかを選べ、みたいに曲を決めでも、判断しづらくなると思うし。主観もいいと思うけど、それが入りすぎるのも難しいところですしね。

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