[写真]李香蘭が戦時中に録音した音源みつかる

戦時中に人気を集めた李香蘭(山口淑子)さん

 戦時中に李香蘭という名で歌手、女優として人気を集め、昨年9月に亡くなった山口淑子さんが戦時中に録音していた未発表曲「雲のふるさと」「月のしづく」の音源が見つかったことが先日分かり、これを各紙が報じた事で話題を集めた。見つかった2曲は、戦時中に日本で最後に録音されたものだという。

 戦後70年である今年、お蔵入りとなっていた音源が、古賀政男音楽文化振興財団所有の古賀政男の遺品SPの中にあることが確認された。この楽曲は、4月29日発売となる『伝説の歌姫 李香蘭の世界』に収録される。

 本作品は初のCD化となる李海燕さんと共演の「迎春花」のほか、多くの曲を最新技術で音質改良して収録し、大女優であり大歌手、李香蘭(山口淑子)さんの代表曲・貴重作品47曲を収録した、2枚組となる。

公式な記録から抜け落ちていた2曲

[写真]李香蘭「伝説の歌姫 李香蘭の世界」

未発表音源が収録される「伝説の歌姫 李香蘭の世界」

 「雲のふるさと」「月のしづく」の2曲の存在は、公式な記録から抜けていて、確認した当事者の方も亡くなり、発見時に同席した音楽史研究家郡修彦氏の記憶の中だけに埋もれていた。山口さんの逝去により、その歌の記録が企画編集されることになり、あらためて確認され、日の目を見ることとなった。

 録音は昭和19年11月10日で、これが戦時中、李香蘭(当時)の日本での最後の吹き込みとなった。この時期、レコード原材料も不足で、軍部の意向にそった作品でさえ、レコードが発売されたか否か判らないものがある。

 ただ、この曲の記録欄には、他にほとんど例の無い、発売しない理由が「作詩不良のため発売不能」と特記されている。

日の目を見なかった戦局の背景

 この1年前に映画『あの旗を撃て』主題歌として伊藤久男さんが歌い発売されているはずの曲であり、同じ歌詩であることから何故の感もあるが、伊藤盤がさほど普及していなく、検閲する軍部からなにがしかの注意があったのか、コロムビア自体が自粛したのかは不明。

 この作品のような覚悟の抒情歌も厭戦的な情を喚起する面もあり、それを否定的に捉えたか、3番(このバージョンでは2番の)「すめらぎに 捧げたる身の 死にてよと 汝は言わずや」1番の「ますらおの われというとも 故しらず 涙落つるを」は表現として許容範囲外となっていたことなのだろうか。

 多くの青年の心をつかんだが故、時代を代表する詩人だった大木惇夫さんの作品といえども、“不良”と認定せざるを得なかった、そんな戦局が背景にあったのだろう。

 なお、日本コロムビアの公式ページでは、「雲のふるさと」「月のしづく」の試聴もスタートしている。

李香蘭(山口淑子)プロフィル

 大正9年2月12日~平成26年9月7日
 中国奉天に近い北煙台の生まれ
 本名大鷹淑子(旧姓:山口)

 女学校時代にその美貌と北京語が認められて女優の道を歩みだし、昭和13年に日本人ながら中国人の女優“李香蘭”としてデビュー。映画『白蘭の歌』、『支那の夜』などに出演し、日本でも爆発的なヒットとなった。また、歌手としても「夜来香」、「何日君再来」、「紅い睡蓮」などをヒットさせた。

 終戦後、日本に協力した中国人=漢奸として死刑になるところだったが、日本人である事が証明されて追放刑となり、難を逃れた。

 昭和21年に帰国し、名を本名の山口淑子と改めて『わが生涯の輝ける日』『暁の脱走』などの映画に主演。昭和23年にはレコード界にも復帰し、このビクター時代には日本語詩による「夜来香」をヒットさせるなど活躍したが、昭和33年の結婚を機に女優業を引退。

 その後、昭和44年にはワイド・ショーのホスト役として芸能界にカムバック。49年には自民党から参議院議員選挙に出馬し初当選。平成4年に引退するまで3期18年務め、環境政務次官などを歴任。

 平成5年には、勲二等宝冠章を受章された。

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