喜びを噛みしめる堂本光一(撮影・木村武雄)

 堂本光一が作・構成・演出・主演を務めるミュージカル『SHOCK』が12日昼公演で、上演1800回を達成した。その日の夜、会見に臨んだ堂本は「感謝しかない」と喜んだ。

 2000年11月にジャニー喜多川氏作・構成・演出で『Millennium SHOCK』が開幕。2005年の『Endless SHOCK』からは堂本が脚本・演出面にも関わるようになった。

 この間、東日本大震災や新型コロナ等による中止などもあったが、初演以来20年4カ月で1800回を達成した。

 演劇での単独主演記録は、森光子さん『放浪記』(1961年から2009年)の2017回に次ぐ。ミュージカルでは歴代トップの偉業となる。

 その大記録も「忘れていて…」と照れる堂本は「身が引き締まる思い」と喜んだ。

 本来であれば昨年達成するはずだったが、新型コロナ禍で公演は途中で中止になった。それでも「その時があるから今がある。今、幸せを噛みしめています。このメンバーで迎えられたことは嬉しい」

 当時は21歳。帝劇史上最年少で座長を務めた。「21歳だった若造に歴史のある帝劇の場所に立たせてくれたジャニーさん、そして東宝さんが後押ししたのはすごいと思う。だめだなと思ってもジャニーさんがフォローしてくれたと思う」

 ジャニー氏亡き後は、堂本が作・構成・演出を正式に担当。「今、ジャニーさんのいたところに僕が入っていて責任を感じます。ジャニーさんはずっと責任と重圧を背負っていたんだと実感しています」

 代役なしに主演として立ち続けてきた。しかし、今でも舞台に立つことへの怖さがあるという。

 「長い公演で順応してきたけど、次の日、セリフを言うのが怖くなる感覚が不思議とあります。そういう怖さが無くなった時が良からぬ時で、自分をいさめる瞬間。それと隣り合わせでやってきました」

 そして「この幸せの感覚は言葉では言い表せません。でもそれは皆さんがくれたものです。感謝しています」

 公演ごとに進化し続けてきた。コロナ禍の昨年は、感染予防対策を踏まえ新作『Endless SHOCK -Eternal-」を上演、帝劇でも披露した。

 こういう状況でなければ新作は「生まれなかった」とし「何ができるか模索しなければいけない。それはこれからも」と引き締めた。

 この長い歴史のなかで「SHOW MUST GO ON!!!!」への捉え方も変化した。

 「昔は怪我をしようが何があろうが待っているお客さんがいる、絶対に幕を開けないといけない。開けたら途中で締めてはだめ。でも時代とともにこの言葉の響きが変わり、ストーリー的にも変わってきた。つまずいたときに何ができるか、後ろを振り返り何をするのかが問われている」

 更に続ける。

 「コロナ禍においてはまさにそう。みんな大変な苦労をしています。そこから何か良い方向に発想を転換すればこういうことが生まれます。また前のような状態に戻った時にどうやって生きるか、それが大切だと今は捉えています」

 感染予防のため3日1度、PCR検査を実施。

 「体調が悪ければ休むのが普通。“無理して頑張れ”は時代遅れ。そこにフレキシブルに対応できる、いろんな枝のなかで柔軟性をもっていければ」

 カーテンコールでは180本のバラが贈呈された。楽屋でふと思った。

 「重みを感じました。1本は軽いけど、180本揃うとこんなにも重みがあるんだと」

 そのバラを使い「バラ風呂入ろうかな。帝劇でバラ風呂。インスタに上げますね」と笑った。

 会見はメンバーと臨んだ。終始、笑顔だった堂本。会見を終え、ふと喜びがこみ上げてきたのか、口を一文字にしめ遠くを見つめた。まばゆい照明でその目は光っていた。

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