シンガーソングライターのeill(エイル)が8月13日、Zepp Diver Cityで『eill Live Tour 2021「ここで息をして」』の追加公演を行った。ツアーは、6月25日愛知・名古屋QLUB QUATTRO、6月26日大阪・心斎橋ANIMA、7月15日東京・渋谷TSUTAYA O-EASTとまわり、さらにZepp DiverCityで追加公演を開催。

 ずっとこんな日を待っていた。

 私が初めてeillのワンマンライブを見たのは、2019年11月、1stワンマンツアーの初日。会場は大阪・アメリカ村のBEYOND。220人が入れば満員になる規模で、ステージも決して広くない。その日eillは初々しいライブをしながらも、バンドを背負ってファンキーなグルーヴでフロアを揺らせば、ダンスミュージックでオーディエンスを踊らせて、メッセージ性のある言葉が印象的なポップスを遠くにまで届く声で歌い上げた。

 J-POP、アニソン、K-POP、K-HIPHOP、ジャズ、R&B、モータウンなどをルーツに持つeillが生み出す多彩な音楽は、はっきり言ってBEYONDのステージからはハミ出していた。もっと大きな舞台に立って、カラフルな照明がステージを演出する中でダンサーも入って、爆音でこのバンドの音の震動を浴びながら多くの人がeillの言葉に手を伸ばす光景は、必ず圧巻なものになるだろう。そう想像ができた。

 2021年8月13日。eillにとって初めてのZeppワンマンライブ。4月にメジャーデビューを果たし、TVアニメ『東京リベンジャーズ』のED主題歌となった「ここで息をして」は、AppleMusic J-POPランキング世界22か国でトップ10入りするほどの人気を獲得。“ここで息をして”を提げた全国ツアー『eill Live Tour 2021「ここで息をして」』は、6月25日愛知・名古屋QLUB QUATTRO、6月26日大阪・心斎橋ANIMA、7月15日東京・渋谷TSUTAYA O-EASTとまわり、さらにこの日にZepp DiverCityにて追加公演を行うこととなった。Zepp DiverCityは、BEYONDと比較すると10倍ものお客さんが入る規模で、舞台上の広さも約10倍。こんなステージでeillがワンマンライブをやる日を、私はずっと待ち望んでいた。

(撮影=山川哲矢)

 バンドメンバーにはお馴染みのサトウカツシロ(Gt./BREIMEN)、宮田'レフティ'リョウ(Key.)、越智俊介(Ba./CRCK/LCKS)、Kanno So(Dr./BREIMEN)が参加。ブラックミュージックを基盤にして様々なジャンルの要素を吸収しながらミクスチャーな音楽を鳴らす2バンドからギター、ベース、ドラムが入り、Official髭男dismなどのサポートも務める宮田がキーボードを担う。そこにeill独特のJ-POP、K-POP、R&B、ジャズの歌唱法を吸収し融合させた歌が乗る。Zeppで聴くこの5人のスキルフルな演奏が、この5人から生まれるミクスチャーな音の渦が、気持ちよくないわけがない。この日多くのオーディエンスがライブで聴けることを楽しみにしていたであろう「ここで息をして」は、ジャズやハードロックなど様々な音楽的要素をジェットコースターように駆け巡っていく1曲であるが、特にキマった声で締めくくるアウトロは脳天を直撃されるような快感があった。

 さらに、ダンスの世界大会で優勝を果たし、BTS「Butter」の振付制作に参加するほどの実力派ダンスクルーであるGANMIも参加。「ここで息をして」「FAKE LOVE」「踊らせないで」などeillのアップテンポなナンバーでは迫力あるダンスで楽曲の世界観を拡張させた一方で、ステージのど真ん中に一人掛けレザーソファを置いてeillとGANMI4人でストーリー仕立てのパフォーマンスを繰り広げた「((FULLMOON))」も非常に印象深かった。

(撮影=山川哲矢)

 この日のライブは、eillにとっての真骨頂がネクストフェーズに入っていた。そもそも「eill」の由来は北欧神話に登場する癒しの女神「エイル」であり、彼女の「音楽を通じて人々を癒したい」という想いが込められている。eillの曲において「光」は幾度も歌われているテーマで、自信を持てずにどこに向かって歩けばいいかわからないような暗闇にいた自身の過去の経験を重ねて、音楽を聴いた人一人ひとりが自分の人生の主人公となって前に進めるように「光」を照らすことを大切にしている。

 この日1曲目には、そんなeillにとっての主軸を歌にした、6月21日にリリースしたばかりの「hikari」が歌われた。これは、夜間救急専門の医師をテーマにしたフジテレビ月9ドラマ『Night Doctor』のために書き下ろした楽曲であるが、まるで夜中のような暗い青色の世界観でライブの幕が開き、「hikari」で夜が明けて鳥が鳴きはじめる朝方までの時間を表現した上で、はじまりを告げる「MAKUAKE」へと入って陽が昇る様を表したオープニングの流れは見事だった。そして、最初のMCでは「元気な人ー!? 元気がない人は、今日帰るまでに元気にさせてあげます!」と初っ端からeillらしくオーディエンスへ語りかけた。

 真骨頂が「ネクストフェーズに入った」と明確に感じたのは、1stアルバムの表題曲でありeillのテーマソングとも言える「SPOTLIGHT」を演奏する前のMCだ。これまでeillはいつも「私がみんなのことを一人ひとり照らしていきたい」と語っていたが、この日はこう言ったのだ――「自分を救えるのも変えられるのも自分しかいない。みんながみんな、自分のスポットライトになれる。みんながみんなの光になれるように、歌い続けます」と。eillが、聴き手の足元を照らすのではない。自分を輝かせられるのは、自分しかいない。オーディエンス一人ひとりが一歩を踏み出せるように、ドンっと背中を押すような言葉だった。ライブが終わった後、なぜこの日はこう言ったのか、どういった考えの変化があったのかをeillに尋ねた。

(撮影=山川哲矢)

 「ずっとここまでそういうふうに言ってきたけど、私が本当に伝えたいことは、自分が光になってるのにそれに気付いていないだけだよ、ということで。本当はずっとみんなが『私がスポットライトだ』って言える場所を作りたかった。ここまできて、もう私自身がみんなを照らすことはできてるんじゃないかなとちょっと思えたから、『もう私が照らすんじゃない、そのフェーズは終わった、今度はみんなが照らしていく番だよ』という感じで初めてその言葉を伝えました。」(eill)

 これまで「SPOTLIGHT」は、誰の真似でもないし誰にも真似できない自分になって<私を誰も止められはしないの>と突き進んでいくのだと、eillが自分に喝を入れて意思表明するかのようにも聴こえていたが、着実に一歩ずつ足を前に出していくことでZeppのステージへとたどり着いた今、次は人に伝える番だと言わんばかりに説得力を持ってその歌をオーディエンスに届けていた。

 アンコールでは、8月11日に配信リリースした新曲「花のように」を披露。この曲は、一人ひとりの個性を尊重する社会へと(三歩進んで二歩下がるようなペースではあるが)前進している中で、自分だけ個性がなく取り残されているかのように思えて、周りの人たちが色鮮やかに咲き誇っているように見えてしまう人に寄り添う1曲だ。かつては自分がそうだったというeillが、今だって悩んだり落ち込んだりすることは尽きないという姿も見せながら、強い意志を抱えた佇まいで、誰しもが唯一無二で愛すべき輝かしい存在であると伝えるフェーズに入っている。

(撮影=山川哲矢)

 さらに言えば、eillもMCで「最近不安になるようなことがたくさん起きてる気がしてて。あれ、トンネルってこんなに長かったっけ? 光が見られるのはいつだっけ? って思っちゃって自分にのしかかってくる」と語っていた通り、コロナ禍の世の中は誰しもにとって先が見えなくなってしまっている。それゆえに、具体性のない「大丈夫だよ」は人の心を安堵させる力をほとんど持たなくなってしまった。だからこそ、自分で光を見つけられるようにeillは導いていく。コロナ禍ではネガティブな連鎖が起きているように感じるが、派手なスポットライトではなくたとえ豆電球のような灯りでもいいから、自分の心に光を灯すことで、隣にいる人の心もほんのり照らすことができるかもしれない。それが連鎖して、周りに光が増えていくかもしれない。「みんなが照らしていく番だ」という言葉からは、そんな温かい光が連鎖反応のようにゆっくりと一面に広がっていく景色も目に浮かんだ。

 求心力のある優れたポップスはしばしば歌の中の「君」や「あなた」が聴き手を指しているように聴こえてくる。eillの歌も、いつだってそうだ。1曲目に歌った「hikari」の<いつもあなたの側で笑っているよ>はeillがMCでオーディエンスに言う言葉そのままであるし、「ここで息をして」の<上手く息もできない世界で 君がくれた強さ抱けば>は聴いてくれる人がいるから自信や強さを持てたeillのストーリーに聴こえてくる。この日最後に歌ったのは「2025」で、最後に放った言葉は<あなたがいる限り 私はこの声を枯らすことはない>だったが、聴いてくれる人がいる限り歌い続けるという所信表明にも聴こえきた。

(撮影=山川哲矢)

 メジャーデビュー以降、活発にリリースを重ねているeill。来月9月10日には主題歌を担当した映画『先生、私の隣に座っていただけませんか?』の公開も控えている。

 その主題歌とは竹内まりやの「プラスティック・ラブ」のカバーで、9月8日(水)に配信リリースが決定している。この日のライブでも一足先に特別披露した。ちなみに、竹内まりやからは「いい声だね」ともっともシンプルで嬉しい言葉をもらったという。この先もeilllは聴いてくれる人がいる限り、様々なジャンル/シーンのハブとしての存在感を強めて、時代に沿った人の心の癒し方を届けていくのだろう。【矢島由佳子】

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