AKB48G“ミューズ”の軌跡:Nona Diamonds

三村妃乃(NGT48)

「ルーツはミュージカル」


記者:木村武雄

掲載:21年06月24日

読了時間:約9分

<AKB48G“ミューズ”の軌跡:Nona Diamonds(3)>

 AKB48国内6グループから最も魅力的な歌い手を決める『第3回AKB48グループ歌唱力No.1決定戦』のファイナリスト、池田裕楽(STU48)、野島樺乃(SKE48)、岡田奈々(AKB48/STU48)、山内鈴蘭(SKE48)、矢野帆夏(STU48)、三村妃乃(NGT48)、秋吉優花(HKT48)、古畑奈和(SKE48)と、審査員特別賞の山崎亜美瑠(NMB48)によるユニット「Nona Diamonds」が「はじまりの唄」でデビューする。作詞・作曲は決勝大会の審査員を務めたゴスペラーズ・黒沢 薫。「9つのダイヤモンド」を意味する造語を冠したユニット名には「一人一人の歌声がまるでダイヤモンドのようで、これからも磨いていき、まわりの楽器と共にキラキラと輝いてほしい」との思いが込められている。今回、MusicVoiceでは9人のインタビューを連載。歌に見出された“ミューズ”はどのようにして輝き出したのか、その軌跡を辿りつつ「はじまりの唄」、そして歌への想いを聞く。【取材=木村武雄】

三村妃乃、歌のはじまり

 まだ加入して1年も満たない研究生の時に第1回大会にエントリーした。決勝大会に進めなかったが第2回大会では3位に躍進、第3回大会では7位で2大会連続のファイナリストになった。

 最終順位を決める決勝大会本戦では2大会とも高橋洋子の楽曲(第2回「魂のルフラン」、第3回「残酷な天使のテーゼ」)を歌ったが、予選はいずれもミュージカル曲(第2回「オン・マイ・オウン」レ・ミゼラブル、第3回「生まれてはじめて」アナと雪の女王)。しかも曲中にセリフの入った劇中歌。

 当初は、様々な“歌い手”が揃うこの大会で、差別化を図るために選曲したと思われた。しかし、その考えは早々に改めることになる。歌い出した途端、会場の奥まで届くような突き抜ける歌声と物語の情景を映し出すかのような起伏のある優しい歌声で度肝を抜かせた。

 「出来るだけ自分の得意な曲や、新潟で通っているボイストレーナーの先生と一緒に考えています」と言うが、紐解けば彼女のルーツが関係している。幼少期、ミュージカルスクールに通っていた。

 「私の基礎がミュージカルの歌い方なんです。小学生の頃にミュージカルに近い発声法に3年かけて声を作り直しましたので、それが私の表現になっています。私の発声は、裏声から基礎を作る方法で作っています。小学生から中学生にかけて変声期を迎えて、歳を取るにつれて子供の頃の声が地声では出せなくなるので、大人になっても通用するように裏声を作り直し、地声でも裏声でも出せるようにしました」

 ミュージカルとの出会いも運命的だ。

 「AKB48には小学校低学年の頃に出会いました。当時はアイドル戦国時代とも言われていて、私もアイドルが好きで、アイドルチックなボーカル&ダンスの習い事もしていました。その頃は新潟に住んでいたんですけど、父の転勤で埼玉に引っ越すことになって。でも芸能関係のことは続けたいと思っていて、それでミュージカルの道に進みました」

 中学3年までミュージカルスクールに通い、舞台も踏んだ。そのなかで芽生え、次第に強くなった「自分の何かを表現したい」という想いは、アイドルという道を引き寄せる。「AKB48グループでよく言われていたことが『ここを入り口に様々な経験を積んで飛び立って欲しい』というものだったので、入りたいと思いました」

 16歳の誕生日を迎える3日前に、NGT48の2期生としてお披露目された。その年の11月から予選が始まった第1大会にエントリーした。しかし決勝大会には進めず。

 「当時はまだまだ経験不足で、少し歌が歌えるぐらいの認識でした。それで歌唱力決定戦に出場しようと決めて。でも予選で全然かすりもせずダメだったので全然通用しないと思って」

 しかし、そこで立ち止まらなかった。

 「第2回大会に向けて練習して、ボイストレーナーの先生にもお願いしました。それで3位になれて。それをきっかけにミュージカル曲を歌える子がいると知ってもらえたので、私にとって大切な大会です」

 AKB48との最初の出会い、そして、父の転勤で巡り合えたミュージカル。その後のNGT48入り、歌唱力決定戦。奇跡とも言える自身の運命に今は感謝をしている。

 「アイドルは歌よりもダンスに注目されがちですが、AKB48グループの長い歴史のなかで歌がフォーカスされる企画があるこの時代にその一員でいることが奇跡だと思いますし、自分自身をアピールするものとして歌が一番だという気持ちはずっとありました。第1回大会でうまくいかなかったからこそ、第2回は絶対にファイナリストに残りたいという思いがあって、ああいう結果になって本当に嬉しいです」

 そして第3回大会で起きたもう一つの奇跡。歌い続けてきた高橋洋子の楽曲を、この日審査員として参加した本人を前に歌った。偶然だった。

 歌い終えたあと、高橋は「素晴らしかった。本人を目の前に緊張したと思う。この曲はとにかく難しくて、その難しい曲を選ばれた勇気。審査員というよりは母心で聴いていました。ちゃんと伝わって来るものがあって嬉しかった。歌い切ったと思う」と太鼓判を押した。

 「運命はすごいなと感じました」と目を輝かせる三村。その歩みはミュージカルのヒロインのようだ。

「第3回AKB48グループ歌唱力No.1決定戦 ファイナリストLIVE」より

 ここからは一問一答。

歌唱力決定戦、歌い方の秘密

――裏声を作り直したとのことですが、変声期前の少年少女合唱団の歌声は貴重とも言われていますね。

 早い人でも小学校5、6年生あたりから変声期を迎えると思うんですけど、その頃ってキッズミュージカルですと「アニー」の主役の年頃なんです。だから今まで通用していた高い音を地声で張る歌い方が難しくなってくるので、私が通っていたスクールでは小学校高学年から中学生の時に歌い方を変えて、裏声でも地声でも発声できるようにしていました。裏声だけで張ると綺麗な歌声ではありますが、味気ないところもあるので、アイドルソングやJ-POPですと地声を混ぜて張るようにしています。

――地声と裏声を混ざる、いわゆるミックスボイスですね。プロでも出来る方が少ないと聞きます。

 でも、私はもともと感覚派なんです。楽譜は読めますが、耳で聴いて自分の歌声を録音して、良かったと思う所を真似して歌うという練習をずっとやって来ています。

――とはいえ、基礎があってのことですよね。

 特に「生まれてはじめて」(アナと雪の女王)は、気持ちだけで歌ってしまうと、どうしてもテンポ感や音程のズレが生まれてしまうので、歌の上に感情を乗せることを意識しています。でも、本番までは不安がなくなるまで練習することを意識しています。何カ月も練習してきて、本番は一度きりなので、練習してきたことを信じて歌う。でも緊張しますね(笑)

――ミュージカル曲はどのようなことを意識して仕上げているんですか。

 「生まれてはじめて」は、映画が上映された当時からずっと歌っていました。トレーナーの先生からは、表現の部分を丁寧にする程度でいいって言われたので、練習するというよりかは安定して歌えるように意識しました。ただ、何年も前から歌っているので染みついているものがあるかもしれないです。あとは、本番ではその場の空気感や目線、一度も気を抜かないということも意識しています。

――それと高橋洋子さん本人を前にして「残酷な天使のテーゼ」を歌いました。

 選曲した時は、ご本人が審査員ということは知らなかったんです! やっぱりご本人の前で歌うのは度胸がいることだなって思ったんですけど、でも逆に考えたらこれほど貴重なことはないですし…。今回の第3回大会はそもそもレベルがすごく高くて、できるだけ順位を上げたいと思っていたので、最初に「生まれてはじめて」を選びました。そして、ラストはエンターテイナーとして見てくださる方が楽しんでいただけたらと思い、最終的に選曲しました。

――「残酷な天使のテーゼ」はJ-POPで、ミュージカル曲とはまた違いますね。

 そうですね。どちらかと言うと、私はJ-POPの歌い方がまだちょっと不慣れというか…。ミュージカル曲ですとセリフ調で歌うところもあるので感情を乗せやすいんですが、一般的なJ-POPだと、どう表現に抑揚をつけるかというのがあって、そこはトレーナーの先生に発音やクレッシェンドなど細かく決めて何度も往復で練習をすることをやっています。

――その中で高橋さんは「素晴らしかった」と評価されて。

 嬉しかったです! 私の人生の中で一番の「残酷な天使のテーゼ」だと思います。あの時間は宝です!

はじまりの唄、素直に歌っていい

――最初に聴いた時の印象は?

 衝撃でした! これまでのAKB48グループの楽曲とは全然違うと思いましたし、デモに入っていた歌声がすごく素敵で、これが自分たちの歌声になるんだって思った時にすごくワクワクしました。作詞・作曲も黒沢さんが手がけられていて、完全に自分たちのことを思って書いてくださっているんだというのが一目で分かる歌詞で、そのこともすごくワクワクしました。

――ご自身の歌割りと、黒沢さんから言われたことは?

 1番の1フレーズで2番サビ、そしてDメロの山崎亜美瑠ちゃんとの歌割です。黒沢さんにはいろいろ指導いただきました。その中で一番印象に残っているのは、サビの歌い方です。私はミュージカルよりの歌い方なので、この歌い方だとみんなと比べたときに明るくて浅い感じになるかなと思って、周りに合わせるように深めに歌ったんです。それで、ファイナリストライブで初披露する前に合同練習があって、その時に黒沢さんに「その箇所は、いつもの世界のミュージカルでいいんですよ」って言われて。「いいんだ」って思って。黒沢さんも「ここのパートはこの歌声だ」とそれぞれ歌割を決めて下さったので、サビという大事なパートを任せて頂いたことも嬉しかったですし、自分のいつも通りの一番素直な歌い方、真っすぐな歌い方でいいと言われてものすごく嬉しかったです。

――歌詞ではいかがですか。

 落ちサビ、Dメロの<この手に届かないものがある>という歌詞があって、そこを山崎亜美瑠ちゃんと歌わせて頂いたんですけど、歌詞の意味を聞いたんです。亜美瑠ちゃんと私は第2回大会で2位と3位だったんです。1位の矢作萌夏ちゃんに届かなかった2人でそれが歌詞とリンクしていて、そこまで考えて書いて下さっているんだと思って嬉しかったです!

ファイナリストライブ、「硝子ドール」の裏側

――ファイナリストライブはいかがでしたか?

 歌唱力決定戦を経てのファイナリストライブというのがまずすごく楽しくて、決勝大会はプレッシャーもあってあるので緊張もあって。でもこのライブでは純粋に楽しめるんです。自分の好きな歌を歌う、本当に自由にやらせて頂けて。しかも「はじまりの唄」というオリジナル曲を頂いて、オリジナル衣装も用意して下さって、ファイナリストライブは本当に豪華で盛りだくさんです。

――「硝子ドール」を歌われましたが、世界観がすごかったですね。

 テレビアニメ『アイカツ!』の藤堂ユリカが一番好きで、そのアニメのキャラクターソングなんですけど、スタンドマイクで歌うとか、服装だったり、振付も本家に寄せて考えました。あの曲は間奏がすごく長くてその間どうするのか、ということになって、プロデューサーの竹中さん(TBS)に、セリを使ってはどうかと言われ、それで沈むことになりました(笑)。なので私の提案じゃないんです!(笑)。

――あれは面白いなと思って。

 私も放送で見たんですけど、面白かったですね(笑)。全力でやりましたけど、あれは早着替えのために落としてもらったんではなくて、ただ沈んだだけなんです。でも成立したからいいかなって(笑)。

(おわり)

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