「元気じゃなくてもまた会おう」ヒグチアイが人との繋がりで想うこと
INTERVIEW

ヒグチアイ

「元気じゃなくてもまた会おう」ヒグチアイが人との繋がりで想うこと


記者:村上順一

撮影:

掲載:21年10月28日

読了時間:約11分

 11月にメジャーデビュー5周年を迎えるシンガーソングライターのヒグチアイが20日、デジタルシングル「距離」を配信リリース。「距離」は「働く女性」をテーマに9月8日にリリースされた「悲しい歌がある理由」を皮切りに3カ月連続配信リリースの第2弾となる楽曲。同曲は、学生の頃の盲目的な恋愛ではなく、仕事も忙しく、恋愛以外のプライベートも忙しくなった働く女性の恋愛ソングで、遠距離というだけではなく、近くにいても感じる精神的な距離やもどかしさも表現した1曲。インタビューでは3カ月連続配信リリースの意図から、「距離」の制作背景について、ヒグチアイが今考えていることなど、多岐にわたり話を聞いた。【取材=村上順一】

既に答えは決めている

「距離」ジャケ写

――今回3部作にしようと考えた動機は?

 私はこれまで3曲連続リリースというのはやったことがなかったんです。でも、シングルでリリースすると聴いてもらえる機会が増えると聞きまして。今の時点では「悲しい歌がある理由」1曲しか出ていないんですけど、こんなにも反応があるんだと驚いています。

――前作「悲しい歌がある理由」にちなんだ歌詞エッセイを読ませていただいたんですけど、好きなものにコンプレックスがあったというのは興味深かったです。好きなものがわからなくてたどり着いたのが漫画、梨、カレーというのも素朴でいいなと思いました。

 陽の気持ちが強い人はそれだけで進んでいけるし、私の場合は少し陰の方の気持ちが深いので、それで曲が書けているところもあって。22歳頃の話なんですけど、あの時に好きだと思っていたものは、よくわからないからカッコいいみたいなところがあった気がしていて。それがある時期からむず痒いなと思うようになって…。わからないものをカッコいいと言ってそれを好きなものとしておくことで安心していた部分もありました。それで改めて好きなものを考えて出てきたものがその三つでした。

――こういうインタビューもそうですけど、好きな映画や音楽について話題になることもあるんですけど、自分は割と背伸びしていた時期もあったなと思いました。嘘ではないけど、マニアックなものをあえて答えたり。

 そういうのありますよね。なので、そういうのは聞かないで欲しい(笑)。でも、そう聞かれた時のために既に答えは決めているんです。

――敢えて聞きますけど、好きな映画は?

 「湯を沸かすほどの熱い愛」です。たぶん観てもらえたら私が好きそうだなと思ってもらえると思います。

――用意している好きなものが更新されることもあるんですか。

 私はそんなに沢山映画を見るわけではないので、もう変わることはないんじゃないかなと思います。

――好きな音楽を聞かれた場合は?

 ショパンですね。小さい頃からずっと弾いていたということもあって。これ以上好きになる音楽というのも、この先出ないような気もしています。これで不用意にそこまで詳しくないポップスのアーティストを挙げると、めちゃくちゃ詳しい人がいた時に話が深いところに行って大変なことになるんですけど、クラシックだとそれが起きにくいんです(笑)。

――確かにクラシック専門のライターじゃなければここで話しは終わりますよね。

 もちろんショパンは好きなんですけど、これ以上聞かれないための回避策でもあるんです(笑)。

――(笑)。私、ショパンについても多少勉強したのですが、ちょっと時間が経つと忘れちゃうんですよね...。

 たぶんそれは更新されない音楽だからだと思うんです。私が歌を歌い続けているのは、昔聴いていた人が聴くことをやめてしまったとしても、ヒグチアイという名前を見た時に、当時のことを思い出してもらえる。記憶を更新させる活動をしていかないといけないなと思っているからなんです。もともとは自分のためというのがあると思うんですけど、思い出すということが人間にとってすごく大事なことだと思うんです。実は私、すごく忘れっぽくて...。

――そうなんですか?

 この前ラジオでファーストキスの思い出を聞かれたことがあったんですけど、誰とどんなシチュエーションだったのか、全く思い出せなくて。そんなこと忘れるか? ということでも忘れてしまって、いまだに思い出せてないんです。でも、当時聴いていた曲を聴いたらその時のことが思い出せるかもしれないので、みんなにも音楽を聴いて色んなことを思い出して欲しいなと。

――確かに音楽を聴くと思い出が蘇ってくることもありますよね。

 そうなんですよね。人間は嗅覚が一番長く記憶に残るみたいで、匂いを嗅ぐことで過去のことを思い出せるみたいなんです。でも、匂いは香水や食べ物なら覚えていることはできるけど、偶然出会った匂いを再現することは難しい。音楽は記憶を呼び起せる装置だなと感じています。

――私は取材して文章にしますけど、その事柄は思い出せても、懐かしい記憶を蘇らせるというのはけっこう難しいなと感じていて。

 私も歌詞を書いていて、書きたいことが多すぎると言いますか、大事なことが詰まりすぎているんですけど、その中に言いたいことを一つだけ入れるのがバランスが良いと教えてもらったことがありました。文章もその一つの言葉を際立たせるために、他の言葉があったりするのもアリなんだろうなと思いました。

――ちなみ、Twitterのような短い文章はいかがですか? 私の中では全てが「見出しみたいだな」と思って見ているのですが。

 皆さんも思っていることだとは思うんですけど、SNSは怖いですよね。その言葉の裏を考えることをしなくなってしまう、きっとその言葉に行き着く前にはいろんなことを考えて、たどり着いたと思うんです。見出しってその文章を読んでもらうためにある部分を切り取ってつけるもので、そこから中身を読んでいってその意味がちゃんとわかるものだと思うんです。多分SNSを作った人は遊びで作ったと思うんですけど、みんなが本気になってきてしまっている感じがします。

――裏アカも怖いですよね…。

 私、裏アカを持っていたんですけど、やめました。

――ちなみにどんなことを発信していたんですか。

 恋人のことだったり、ちょっと愚痴っぽいことを書いてましたね。腹が立ったこととか、近い友達にそれを聞いてもらって、暇な人が連絡をくれるみたいな感じで。

――なぜやめたんですか。

 心にあまり良くないなと思いました。友達の愚痴も見ないといけないじゃないですか。そういうのも見たくないなと思って。

――確かにそれは蓄積していくとしんどいですね…。とはいえ、裏アカも興味深いですが、ヒグチさんのオフィシャルSNSもパンチがあって面白いです(笑)。ホームレスの方の喧嘩の話とか。

 最近引っ越したので、これまでとは違うことがあって刺激になっています。都心に出るのは前に住んでいたところより遠くなってしまったんですけど、以前の場所にいた時よりも、どこか気持ちが楽になった気がしています。

他者から見た私らしさ

――ということは、今回の三部作は新しい土地で生まれた曲なんですね。

 前作「「悲しい歌がある理由」」と、来月リリースする曲は引っ越してからの曲ですが、「距離」は昨年に作っていた曲です。

――そうなんですね。「距離」はどんな心境の時にこの歌詞を書かれていたんですか。

 私が「ちょっといいな」と思っていた人が、少し距離がある場所に住んでいたんですけど、その恋が終わった時に書いた曲です。曲自体の恋愛は終わってはいないんですけどね。私が10代の時にお付き合いしていた人も遠距離だったんですけど、距離があることで逆に気にしなくなることがあったなと思い書き始めた曲でした。今はコロナ禍で会えない人もいる中で、自分が働いているところから相手のいる場所に移り住むというのは、情熱がないと言えないことで、仕事があって離れている関係が安定した状態での遠距離恋愛の曲ってどうなるのかな、という興味がありました。

――ヒグチさんは自身の恋愛経験については濁さないんですね。

 私も濁して話せるならそうしたいんですけどね。でも、私の場合話していくうちに辻褄が合わなくなってくることが多いので、もう素直に「この歌詞は実体験です」と言ってしまいます。

――歌詞にある<電話の向こうの音で居場所を知るとか>はもはや探偵の域ですよね?

 これはもう私のやばい部分が出ていると思います。私は自分で“SNS探偵”と名乗るぐらい、居場所とか事細かく調べ上げるタイプです(笑)。

――相手の方は不用意にSNSを更新できないですね(笑)。

 出来ないですよ(笑)。逆に更新しないタイプの人はそれができないので手強いですね。

――そんなヒグチさんはSNSをいいペースで更新されていますね。

 最近、私はSNSは更新していかないとダメだなと感じています。日常のことを発信していかないといけない、人となりを出さないとダメなんだなと思っていて。曲やライブの情報だけを出すのではなく、こんな一面もあるんだというところを出していかないとライブに行こうと思える気持ちを引っ張ることは難しいんじゃないかと検証している最中なんです。

――何かしら動いていることが重要だったりしますよね。

 そう、あと、私ライブだとピアノとずっと向き合っているから動けていないんですよね...。なので、そこは考えたいところでもあるんです。ゆくゆくはピアノを押して移動できるようにして、弾きながらステージを移動できたらいいなと思っていて。

――自分でピアノを押すんですか。

 なんか人に押してもらうのは、やっている人いそうなので、やるならば自分で押したいなと。

――それは確かに見たことないです。ライブといえば、11月に開催されるワンマンライブ『ヒグチアイ 5TH ANIV 独演会[真 感 覚 ]』の告知のお写真がユニークでしたね。

 ライブの規制が変わったのでフルキャパで出来ることになって、追加チケットの告知として出したものなんですけど、「えっ、それでいく?」みたいな写真で...。変なものは出さないと信頼していたので、特にチェックもしていなかったんですけど。

――躍動感があって良かったですよ。

 それは確かにありますね。自分から見た良い写真ではなく、人から見て良いと思えるものを選んで欲しいといつもスタッフに話してお任せしているんです。それは、普段の私らしさがある写真がいいなと思って。自分で選ぶとあまり表情が動いていない方のがいいと思ってしまうので、他者から見た私らしさというのが重要だなと感じています。

――この写真を見て、もしかしたら踊るヒグチさんが見れるのかなと思ったりして。

 踊らないですよ(笑)。でも、ライブの見せ方は変えたくて、自分が動けない中で何をするか、というのもあります。少し変化した部分は見せたいと思っています。私の曲は気持ちが詰まっているものばかりなので、気を抜けるところを作りたいなと思っていて。そういう意味ではあの写真は良かったかもしれないです(笑)。

「元気じゃなくてもまた会おう」

――写真といえばジャケ写は前作に引き続いて手のイラストですが、どんなテーマがあるんですか。

 前作と同じ方にデザインをお願いしていて、説明をせずに曲を聴いてもらっての印象で描いてもらいました。この作家さんは手をモチーフにした作品が多くて、私も手が好きだったので、それでお願いしました。

――「距離」のミュージックビデオは一般の方からキャストを募集していましたが、どんな意図があったんですか。

 今回、この3部作は働く女性というテーマがあったので、一般の人に出演してもらいたいなと。女優さんに演じてもらうのではなく、一般の方の初々しさだったり、照れ臭さがあるようなものにしたかったんです。前作も一般の女の子に出演してもらったんですけど、その時に当たり前ですけどみんなそれぞれにドラマがあるんだなと思いました。なので、今回も絶対良いものが出来るだろうなと、製作陣を信頼していますし、そう思えています。

――では、3曲目もその流れを汲んだものに?

 3曲目は少し趣向を変えて仕込んでいます。皆さんが知っている方が出演するんですけど、その方の日常を捉えたような作品になる予定です。

――毎月何かが出るというのも楽しみがあっていいですよね。今改めてここまでの2曲と今年にリリースされた「縁」との雰囲気のギャップがすごいですよね。

 「縁」は曲調はポップだったので、「悲しい歌がある理由」でガクンと落とすことに心配はあったんですけど。

――ヒグチさんの曲は心に刺さるものが多いから、気軽に聴けないというリスナーの方もいるみたいですね。

 まさにそれでリリースしたのが「悲しい歌がある理由」なんですけど、それも傷口がえぐられるから聴けないってSNSに書かれていました(笑)。そこで思ったのが全員を救うというのは無理だから、切り捨てることも考えた上で曲を書いていかないとダメだなと。

――結局あれもこれもというのは、難しいんですよね。ヒグチさんが常に胸に持っていること、大切にしている言葉などはありますか。

 「元気じゃなくてもまた会おう」という言葉です。「元気で会おうね」というのは良よく聞きますけど、逆にそれって元気じゃなかったら会えないのかなと思って。私のライブは聴きにきてくれた人が元気になるわけではなくて、次に会う時も元気じゃないかもしれない、でもまた会いたいよねというのを伝えていきたいなと思っています。先程もお話しした切り捨てるものがあってもしょうがないとは言いましたけど、出来れば1億3千万人に愛されたいとは思っていて、その気持ちは大事にしています。

――この考えに至ったきっかけはあったんですか。

 「ありがとう」や「また会おう」ではなくて、ライブの最後に言いたい言葉はなんだろうと3年くらい前に考えたことがありました。なんでもいいから、どんな状態でもいいからまた会いたい、ライブに来て欲しいと思えたときに「元気で会おう」ではなくて「元気じゃなくてもまた会おう」なんだなと思いました。

――すごくヒグチさんのスタンスが表れた言葉ですね。最後に11月に開催されるライブのタイトルが「新 感 覚」ではなくて「真 感 覚」にした意図は?

 コロナ禍でマスクをしているのであまり匂いを嗅がなくなっていることもあって嗅覚も鋭くなっていると思いましたし、人ともあまり会えていないからこそ感覚が鋭くなっているものもあって、できないことも増えたけど、出来ることも増えたんじゃないかなと思いました。今だから感じられる五感みたいなものをこのライブに来ていただいて、知ってもらいたい、試してもらいたいというところからつけたタイトルでした。心が弱くなってしまっているところや繊細な部分を知りにライブに来て欲しいなと思います。

(おわり)

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