坂本冬美「何がきても怖くない」その言葉の真意とは
INTERVIEW

坂本冬美

「何がきても怖くない」その言葉の真意とは


記者:村上順一

撮影:田中聖太郎

掲載:21年10月26日

読了時間:約12分

 35周年メモリアルイヤーに突入した歌手の坂本冬美が10月27日、コンセプトアルバム『Love Emotion』をリリース。昨年リリースされた桑田佳祐が作詞作曲し話題を呼んだオリジナル曲「ブッダのように私は死んだ」を筆頭に、情念をテーマにしたカバー曲で構成された計11曲を収録。坂本冬美の表現力の高さとエモーションが堪能出来る1枚に仕上がっている。これまでも「また君に恋してる」など多くのカバーを披露してきた坂本冬美が今回どのように楽曲に臨んだのか、そして、どんな言葉を胸に持ち歌手活動をしているのか、多岐に亘り話を聞いた。【取材=村上順一】

1枚は破れてます

坂本冬美(撮影=田中聖太郎)

――35周年イヤーに入ってどのような心境で活動されていますか。

 本当だったら周年の年はリサイタルをしたり華やかな1年を送ることが多かったんですけど、このコロナ禍ですから派手な動きはできないし、コンサートも延期や中止の繰り返しで数える程しかできていないんです。明治座で公演ができたことが奇跡だと思います。35周年と銘打ってできたことが今年一番大きな出来事だったなと。35周年にリサイタルができないということより、普段のコンサートが制限されていることが一番苦しいところです。

 今作は昨年制作を初めて、「ブッダのように私は死んだ」をみなさんに知って頂こうと1年かけてこの曲を歌ってきました。『Love Emotion』は「ブッダのように私は死んだ」がきっかけで出来たものなので、発売できるということは大きな出来事だと思います。

――コロナ禍でYouTubeでの企画も生まれましたね。

 怪我の功名じゃないですけど、私の違った一面を観て頂いてみなさまに喜んでいただけましたし、このご時世でファンの皆様と唯一繋がっていられるところなのかなと思いました。TVに出た時より反響が大きくて、そこがまた悲しいんですよ(笑)。真面目に歌ったことに対しての感想より、「YouTubeが面白かった」とか。

――コスプレもされていましたし。

 2回ほどですけど、1年半かけてとんでもない方向に来ちゃいました。

――企画は坂本さんが考えているのでしょうか。

 マネージャーと2人で考えています。意外と価値観が合うのか、今まであまり歌ったことがないレアな、コアファンにしかわからないような曲をやろうということで、「時をこえて」を歌うことにしたんですけど、「コスプレが…それはいくらなんでも無理ですよね?」と聞かれたのですが、私は「やるよ」って(笑)。それをやらなければ意味がない歌なので。寅さんに関しては私のアイディアで、前回は夏祭りがテーマだったので、秋祭りといえば的屋の寅さんだよねと。

――まさかの寅さん、楽しませていただきました(笑)。ところで、昨年の紅白歌合戦なのですが、「ブッダのように私は死んだ」を歌われていたのが嬉しかったです。

 これは凄いことですよね。発売して1〜2ヶ月、コロナ禍で癒しを求めている中でこの攻めている曲じゃないですか? まず嬉しかったのが、発売される時にNHKのスタッフの方から「自分たちはいい歌を世の中に発信するお手伝いをしているのだから」「いい歌だから頑張って売りましょうよ!」と言ってくださったんです。私個人の新曲という問題ではなく、音楽業界がよくなればいいという、物作りをしてくださっている方々がこんなにも大勢いるんだということを実感として肌で感じることができてそれが一番嬉しかったです。今、新曲を歌番組で歌う機会は1回あれば万々歳なのに『うたコン』で3回も歌わせて頂いて、本当に嬉しかったですね。

――今回はカバーアルバムではなくコンセプトアルバムとなったのも、この曲があるからですよね。基本10曲はカバーになるんですけど、「ブッダのように私は死んだ」の存在感の大きさを感じます。

 1年近く経って、この歌と出会えたことが改めて凄いことだなと思うんです。最初の頃はファンの方が「冬美ちゃんがこの歌を歌うの?」「どうやって受け止めたらいいのかしら」という方も中にはいらっしゃいましたけど、もう私がドレスを着て歌おうと和服を着て歌おうと、背中がちょっと見えようと、何の違和感もなくこの1年をかけて歌ってきたことによってなのかなと思っています。自分たちが怖がっていたより、「『歌謡サスペンス劇場』のその世界なんだ」と、受け止めてくだったことが私にとって大きな財産になっているなと思います。

――昨年のインタビューで「殻を破りたい」と仰っていましたが、現在、殻はどれくらい破れましたか。

 1枚は破れてますよね(笑)。殻は次から次へと、それで何回でも生まれ変われるという思いで、そうでなければきっとここで終わっちゃうだろうし、やはりコロナ禍でYouTubeもブッダもそう、今まで演歌歌手の優等生的な殻を被って、鎧をつけていた私が思い切ってこの1年かけて殻を破れたと思います。今後どうなっていくかはまだ見えていませんけど、何がきても怖くないなと思っています。

――そういえば過去に、セーラームーンのコスプレをして歌っていた時もありましたね。あれは殻を破るのとはまた違うのでしょうか。

 あれはまた違いますね。でも貴重な経験をさせて頂いたと今でも思います。デビュー10周年で私が初めてトリをとらせて頂いた年の紅白で、まだまだ演歌歌手としては若手だったので、トリだからといって自分の歌の時にだけ出て行けばいいというような感じではなく、あれもこれもやらなければいけないという中のひとつだったんです。それが西田ひかるちゃんと森口博子さんと私の3人でセーラームーンをやらせて頂いて。あの経験が無駄になっていないし、今回のYouTubeにも繋がりますから。あれをやっていなかったらないですからね。全てにおいて無駄なことはないと思うんです。

――生きている中で後悔することはなくて、いずれ「やってよかったな」と思える日が来る?

 後悔することもいっぱいあるんですよ。 汚点も、見たくない触れられたくないということもあるけど、それも失敗して初めて気づくこともいっぱいあります。失敗せずにずっと石橋を叩き続けていても先には進めないので。石橋を叩きながら失敗しちゃったということも、それも全てが実となって肉となって血となっていくんじゃないかなと思います。

『Love Emotion』の制作背景に迫る

――さて、本作『Love Emotion』は情念がテーマにあり、曲順や選曲は大変だったのではないかと思われます。どのように選ばれたのでしょうか。

 今回、候補として上がってきた曲数は少なかったと思います。もちろん何曲かある中で歌ってみてというのがあったのですが、そういった意味ではポップスの情念というと絞られてくるのか、まして私も知っていて、私の上の世代の人も、私よりも若い世代も知ってる曲って幅広い年代でないとダメじゃないですか? 広い世代に共感して頂ける選曲の中で選んだものなので、その中でまず1曲目の「ひとり咲き」は私が歌いたいと選んだ曲でした。CHAGE and ASKAさんの好きな1曲で青春時代にヒットした曲でもあります。

――「ひとり咲き」はどこか歌謡曲の趣がありますよね。

 だから私もしっくりきたのかもしれないですし。この歌で何が好きかって<あたい>という言葉なんです。「私」でも「あたし」でもなく、この<あたい>が放っておけないと言いますか。きっと何度も恋をして、いつも失敗して、傷ついて、でもまた同じように恋をして、それを繰り返している<あたい>なんだと思うんです。切なくて放っておけない主人公というイメージが自分の中にあって、どうしてもこの詞の主人公の<あたい>を歌いたいと思いました。

 大友裕子さんの「傷心」を推していたディレクターはこの「ひとり咲き」を歌うことに、最初あまりピンときてなかったみたいなんです。でも「ひとり咲き」のレコーディングが終わって「なんて良く出来上がったんだ!」と思ってもらえたみたいで。だからお互いが違った思いで「これ『ブッダのように私は死んだ』のあとの1曲目だね」という感じになりました。

――「傷心」は、坂本さんがこんなにハスキーな声で歌うのも衝撃的でした。

 オリジナルを聴いた時にとにかく強烈だなと思いました。普段、カバーアルバムを作る時はイントロから変えるというのが定番じゃないですか? なるべくオリジナルと違ったものをと。私がオリジナルに寄せてしまったら何の意味もないので、こちら側に寄せてまた新曲を作るような気持ちで作っているわけです。

 でも、この「傷心」に関しては歌唱をちょっとオリジナルに寄せました。ディレクターはこれまで楽曲をカバーをする時には「抑えて、抑えて、あまり感情過多にならないように」と言うことが多いのですが、この曲に関しては「振り切っていいよ」と、言ってもらえた曲なんです。それもあって歌い終わった時は放心状態という感じでしたね。

――他に坂本さんがご提案された曲は?

 鬼束ちひろさんの「ヒナギク」です。実はこれ、鬼束さんが私をイメージして作ってくださった曲とのことなんです。アレンジャーの坂本昌之さんから私のディレクターに、鬼束さんから「坂本さんに歌ってもらいたい歌があるんです」というのが何年か前に届いていたのですが、色々タイミングなどが合わなくて、その時は歌えなかったんです。それで鬼束さんが歌って発売したという経緯がありました。それで今回アルバムのテーマに合っていたので入れたいなと思いました。そうしたら鬼束さんがレコーディングに来てくださって。「ヒナギク」と「傷心」が同じ音録りの日で「傷心」の時までいてくださったんです。それで仮歌を聴いて「この歌、坂本さんに合いますね!」と言って最後までいてくださったという(笑)。

――そうだったんですね。 あと、平井堅さんの「哀歌(エレジー)」もグッときます。

 「哀歌(エレジー)」も私が歌いたいとリクエストした曲です。私よりちょっと若い世代の方に向けて歌ってみたいと思って選んだ1曲なのですが、実際歌ってみたらもの凄く難しくて。平井堅さんは楽に声を出してらしたからそんなに難しいとは思っていなかったんです。でも、たたみかけていくところが息切れしちゃうんです。最初に歌った時に「1回止めて」と言って呼吸を整えてまた歌い直したというくらい、思いのほか大変な歌でした。ご自分の間、息で作ってらっしゃるから。平井堅さんのテクニックにまんまと騙されました(笑)。平井堅さんの歌は私も好きでアルバムをよく聴いていたんですけど、どの曲を聴いても心地良いんです。一緒に口ずさめちゃうなみたいな感覚だったんですけど…平井堅さん恐れ入りました。

――歌ってみて意外性のあった1曲なんですね。

 自分が選んだから「やめよう」とは言えなくて(笑)。以前「片想いでいい」という歌を、うまく歌えなくて何度も練習してレコーディングしたんですけど、その時と同じくらい悔しかったですね。「何で歌えないんだ」と思って。

――そして、中島みゆきさんの「わかれうた」ですが、中島みゆきさんの歌はどう捉えていますか。

 中島みゆきさんの歌は情念の世界であって、プラス怨念みたいな、女性の想いの強さが他の方と違うじゃないですか? 中島みゆきさんの歌自体がさらに深いところにある歌だと思うんです。この歌を意外と淡々と歌っているんですけど、歌っている内容が凄いというところがありますよね。本当に難しいんですけど、どう私が歌ってもみゆきさんのようにはならないですし。

 以前「化粧」という歌をカバーさせて頂いたんですが、みゆきさんのラジオで「坂本冬美が『化粧』を歌っている」ということで、リスナーの方がリクエストしてくださって、みゆきさんが番組で紹介してくださったというのをラジオで聞いたんです。そうしたら「私が歌ったらこんな風にならないわ。やっぱり演歌歌手ね」みたいな感じのことを仰っていました。だからこの「わかれうた」を私が普通に歌うと、演歌っぽくなると思うんですけど、そこは中島みゆきさんでもない、演歌歌手の私でもないことをイメージしながら歌ってみました。みゆきさんの声は決して重くないけれどもやっぱりウェットだと思っていて、私もウェットな感じなので、自分の中ではみゆきさんの歌は合うと思っています。

坂本冬美が常に持っている言葉とは?

坂本冬美(撮影=田中聖太郎)

――アルバムを締めくくる曲として、玉置浩二さんの「メロディー」が収録されています。この曲は情念とは少し趣が違うと感じたのですが。

 確かに情念ではないんですけど、これだけズシッとくると何か懐かしさだったり、ほっこりとする部分が何かほしいなと。ずっと重いまま、このアルバムを聴いて「疲れた…」というんじゃなくて最後は気持ちをナチュラルに戻して頂くためのエンドロールみたいな、ちょっとほっとして頂けるような曲として選びました。

――そういう楽曲は他にも色々あったと思うんですけど、その中で「メロディー」だったのは?

 これは若いディレクターがいて、何曲かディレクションしてもらっているんですけど、この「メロディー」は私よりもちょっと若い世代の方たちに向けた楽曲リストの中に入っていたんだと思います。「ヒナギク」、「木蘭の涙」もそうでした。「メロディー」自体もとても心地良くていいメロディですし、最後にそういう曲を1曲入れておきたいよね、ということで選びました。

――玉置浩二さんの歌はプロの方からも評価が高くて有名ですが、坂本さんから見て玉置さんの歌はどう映っているのでしょうか。

 あの方こそ魂の歌声だと思います。どの曲を聴いても素晴らしい歌ですよね。いつも熱唱されていて、全神経をその1曲に注いでいるイメージがありますね。声も素晴らしくて、とにかく引き込まれる歌声です。

――その玉置さんの曲をどう表現しようとしましたか。

 「メロディー」は子どもの頃の和歌山の風景とかふるさとのことを想いながら、初恋の人やお友達、家族を思い浮かべながら心穏やかな感じをイメージして歌いました。他の曲は思いの丈をぶつけましたけど、スッと全身の力を抜いて歌っています。

――ところで、坂本さんがレコーディングを行うにあたって欠かせないものはありますか。

 全くそういうのはないですね。ただ、コンサートに限らず、本当にお家や車の中で発声をしてレコーディングするだけなんです。たった1曲、たとえばそれを5回くらいしか歌わないにしても、どれだけの数を歌ってレコーディングに臨むかという感じなので、欠かせないものと言ったら練習です。あとそれに必要なのはMDくらいかな...。

――MDですか?

 音資料をいただくのにいまだに私はわざわざMDに録音してもらって、スピーカーに繋げて、それで練習しています。今使っているMDが壊れたらもうやめようと思うんですけど、そんなことを言っていたらファンの方から「これどうぞ」と送って頂いたりして。それで終わりだと思っていたら、今度はマネージャーが「もう1台探してきました!」って(笑)。自分の中では早く卒業したいと思っているんですけど。

――まだまだMDお世話になりそうですね(笑)。さて、坂本さんが歌手活動をするにあたって支えになっている言葉はありますか。

 座右の銘としては「ケセラセラ」です。私は石橋を叩いても渡らないようなタイプなんです(笑)。いちいち失敗したらくよくよ悩んで、なかなか吹っ切れない性格をしていて。でも、「ケセラセラ」の精神で次に進むためには「どうにかなるさ」「なんとかなるさ」という気持ちでいないと、その一歩を踏み出せないような気がするんです。そういった意味で、この時代に「ブッダのように私は死んだ」を発売したこと、YouTubeを始めたことも、そんな気持ちで第一歩を踏み出せたような気がしています。

――「ケセラセラ」という気持ちになった時のことは覚えていますか。

 活動休止から復帰後です。それまではそうできなかった自分がいたので、どこかで開き直らなきゃというのがあって。でも、復帰したからといって急にそうなれたかといったらそうではなくて、色んなことにぶつかりながらも克服して、だんだん良い意味で開き直ることができてきたと感じています。

――積み重ね、努力ありきの「ケセラセラ」なんですね。最後に、ファンのみなさんにメッセージをお願いします。

 ファンの方には何もかもお待たせしていますけど、コンサートもできる限りやりたいと思いますし、このアルバムも去年から思わせぶりなものをSNSでアップしていたので、本当にお待たせしましたという感じです。とにかくみなさんに喜んで頂けることをいつも考えて私は歌っていますので、このアルバムを是非楽しんでお聴きください。

(おわり)

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田中聖太郎
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