INTERVIEW

山本一賢×小島央大監督

『JOINT』撮影秘話 探り続けた演じること、撮ることの真の意味


記者:木村武雄

写真:木村武雄

掲載:21年11月21日

読了時間:約12分

 現代の裏社会を描く映画『JOINT』。メガホンを握るのは本作で長編デビューを果たす小島央大監督。そして主人公の石神を演じるのは本作が俳優デビューとなる山本一賢だ。暴力団に所属しない犯罪集団、通称“半グレ”。刑務所から出所し真っ当に生きようと投資家への転身を図るも裏稼業から足を洗えずもがく主人公の姿を描く。13歳までアメリカで生活していた小島監督は、任侠映画でもなぜ“ヤクザ”ではなく“半グレ”にフォーカスを当てたのか。そして御年35歳で遅咲き山本はなぜこの歳で始めようと思ったのか。【取材・撮影=木村武雄】

以心伝心

――後がない姿に人間的な魅力を感じたと話されていますが、それはなぜですか?

小島監督 窮地に追いやられた時や人生選択を迫られ悩んでいる姿に、普段では見られない本性が表れていると思っていて、それは半グレに限らず人間の普遍的なものなんだろうな。そこに魅力を感じました。

――山本さんを最初見た時にオーラを感じたと。

小島監督 初めて演技をするにしても、独自の演技哲学が感じられました。自然な演技する上で何が重要なのか。マインドセットみたいな考え方がもともとあって、そこから溢れる意気込みというか、情熱を感じました。

――山本さんはどういう思いで臨まれたんですか。

山本一賢 何しろすべてが初めてだったので、小島監督と毎日一緒にいました。毎日自分から連絡して、作品の事もそうですけど、人生のこと事とか、生き方だったり、心の話というか、そういうのもひっくるめて毎日一緒にいたので、特に構えてという感じではなかったです。そのまま2人で撮影に突入していった感じで、自然の流れだったと思います。これをやるから備えようとか、心の持ち方を変えようというのではなかったですね。

――監督の考えが言われなくても分かるようになっていったということですね。

山本一賢 徐々に、それに近い所までは最後のほうはいけたのかなと思います。

――小島監督の考え方や言葉で印象深いものはありますか?

山本一賢 小島監督は、スタッフや役者の意見を割とすんなり取り入れるんです。そうじゃない時は、全然聞く耳を持たないんですけど(笑)。受け皿は広いんですよね。絶対に怒らないし、僕は怒ってばかりだったんですけど(笑)。だけど人とは全く違う自分の考え方や常識を持っている。だから一緒にいて飽きないんです。一緒にいることで小島監督の考えていることが分かってきているので、演出もやりやすかったと思います。きっと小島監督が言いたいこと表現したいことはこうなんだろうなと思えていたので。

犯罪組織に国柄

――小島監督は3歳から13歳までニューヨークで住んでいたそうですね。根本的な考えたかに違いは?

小島監督 日本に引っ越してきた頃はすごい違和感というか、集団を大切にする感じとか。魅力を感じつつも、違和感もあって、悪い所良い所を感じていたのは事実ですね。でも日本が好きなので、日本に戻って来たというのもあって、独特の日本っぽさを客観視していて見ていました。

――犯罪組織にも違いが?

小島監督 アメリカやイタリアでも犯罪組織というのはあって、例えばマフィアだったり、トライアルだったり、犯罪界の構造というのは似ているんですけど、国柄が出ます。日本なら良くも悪くも人を信用するから、それ故に成り立っている犯罪、例えば振り込め詐欺とかがあるので、そういう意味では、日本の半グレのやり方や犯罪の金の流れはすごく独自のものを持っているという印象です。

――人間的にも違うのかなと。

小島監督 裏切ることもあるんですけど、でもベースには義理があって、極道ならその人の覚悟や義理、筋を通すというのがある。生き様に徹している感じが日本的かなと思います。イタリアのマフィアだったら、家族が一番。何があっても家族を守る。アメリカのトライアルだったら、師弟関係が強いという、そこの特徴があります。

山本一賢×小島央大監督

撮影期間中に役者として変化

――任侠映画では義理人情を美学にしていますが、半グレは実態が見えないのでそこにフォーカスするのが斬新だと思いました。山本さんは先ほどの話ですと自然な流れで撮影に入ったということですが、実際に演じてみていかがでしたか。

山本一賢 演じるにあたっては、「俳優とは何か」とか、「演じるということどういうことなのか」を常に小島監督や周りに相談していましたので、考え方も短期間で変わっていきました。とにかく一生懸命手探りしました。

――どういうふうに変わっていったのですか。

山本一賢 演技に向けた準備の仕方や、演技指導の方も特にいないので、やりながら学んでいくしかないので「こっちのほうが上手く行くんだろうな」とか「こっちほうがOKテイク出やすいな」とか。ぶっつけ本番みたいな感じてやりました。これを言ったら小島監督に怒られると思うけど(笑)。

――半グレ役ということで外側はどう作っていったんですか。

山本一賢 色んな人を見たり聞いたりしました。

小島監督 半グレだけど、同じ人間ですから、話す相手によって石神の表情は変わると思うんです。そういう一貫性のないところがこの石神にはあっていると思っていて、ヤクザと話している時はそっちよりになるし、友人のヤス(演・三井啓資)と話している時は飾らない友達としての一面がでる。そのシーンによって表情が行き来するんです。

――それは素直である一方で器用さもあるということにもなると思いますが、それはご自身に近いですか。

山本一賢 器用だとは思わないですね(笑)。

――画面に映ってる姿を見てどう思いますか。

山本一賢 はずかしいですよね。こんな大きく映ったのは初めてだから(笑)

――シャイですか? 人柄がそのまま出ている部分もあるのかなって。

山本一賢 似ているところはあるかもしれないですね。それはどこかと言われても分からないですけど。僕自身色んな自分が内在していて、その中の(石神)武司に近い自分が演じる時に出てきたのかなと思います。

――演技をしている感じもないですね。

山本一賢 そもそも僕は演技が出来ないので、そうなるしかないというか。手っ取り早くいい仕事が出来るのは、なっちゃった方が早いんじゃないかって最初は思っていました。

――撮影から離れたらどうでした?

山本一賢 あんな喋り方だったよね。チンピラっぽかったですね。

小島監督 そうでしたね(笑)。

――撮影の最中に考え方も変わっていったと話をされていましたが、それとは別に自分が石神になっている部分もあったと。

山本一賢 そうですね。最初と最後の石神武司の顔が違うなって思います。監督のねらいもあったらしいんですけど。石神武司もそうなんですけど、撮影を通して僕自身も成長している部分があって、最後の顔は石神武司というよりも自分っぽいなと思うんですよね。

監督も進化、フレームワーク

――山本さんの撮影中の変化を、小島監督はどういうふうに思っていましたか。

小島監督 僕も初めてだし、手探りだったんですけど、同じように撮りながら成長していった感じが自分もあるし、物語自体も成長物語に近い展開ではあるので、そこがたまたま一致した感じが上手くいったなって思います。

――監督も成長したんですか。

小島監督 4カ月撮影していたら成長します。一つの事に対して向き合う事が人生であまりないというか、この作品に対してずっとやるという行為が、何かしら考え方は変わるし、途中でカメラって何だろうって考えちゃったり、客観性とか演出って何だろうと撮りながら発見もあるし。未熟だからこそ、挑戦していける感じがあるかなって。それをどんどん受け入れて、良い物にしていくというか、原動力にしていく方向は作品自体に合っていたかなと思います。

――フレームワークというか、劇的に変わった事とかってありますか。

小島監督 次第に変わるであろうという予感はあったので、物語の中で、冒頭の方は荒くて、後半になって行くと、どっしりして行くようになっています。後輩が最後殺されちゃうんですけど、その展開の後からは、実は割とカメラを固定していて、なんとなく無意識の狭間でどっしりしている感じとかが、物語もそうだし、カメラワークや、照明の仕方だったり、だんだん洗礼されていって、スケール感も広がって、いろんな要素が相まって同じ方向に進んで行った印象です。

――カメラを固定したということは、それまでは持っていたんですか。

小島監督 カメラは手持ちしかなかったんです。だから映画構成している時に決めていて。カメラが動いているのと、置いているのとでは、静けさが違うというか。そういった撮り方だったり、ライティングのコントラスト感も含めて、そこでグラデーションが出来たらいいなと思っていました。

山本一賢×小島央大監督

運命の残酷さ

――この作品を見て、人間には残酷だけどある程度決められた枠みたいなものがあって、そこから逃れられないんだと思いました。

山本一賢 僕もその部分が一番好きですね。人生の不思議な力が働いているというのが、コイツらしい人生というか、武司は結局そういうタイミングでこういうトラブルが降りかかってくる。そういう人生の力を感じていました。

――そういう人生をどう思いますか。

山本一賢 苦しいですよね。振り回されるし、大変ですけど、一歩引いたお客さん達は楽しいと思います。

――今も当事者のような気持ちですか。

山本一賢 今はないです(笑)。

――人間性というのは作品を作って行く中で構築していった感じですか。

小島監督 脚本は割とストーリー展開というか、関係性とか。石神武司自体の人間性の本質と変化は、二人の会話の中でクランクインの前から高崎のホテルに泊まり込んで、ストーリーの事、キャラクターの事を考えて、どんどん出来てきた感じです。

――人間っぽさを描きたいと言っていましたが、武司を通じて伝えたかったメッセージはありますか。

小島監督 武司以外の人は、生き方が一貫していて、何を守るべきか分かっている。ヤスは家族を守るから、犯罪に手を染めないと決めているし、ベンチャーの人は夢を追いかけている。ヤクザはヤクザとして苦しい現状の中でもやり通そうとしている。その中で半グレの人たちはどうしているのか。グレーなりに生き方を発見していくというのが、自分の中でのテーマ性でした。白でもない黒でもない中途半端が中途半端なりに正解を見つけていくというのも、人生のやり方の一つなんだなというのを感じ取って欲しい所です。

――山本さんが言っていた不思議な力が及ぶというのもそれに繋がる感じですか。

小島監督 中途半端な人ほど、周りに影響されるというのがあるから、振り回されるというか苦労されるんだろうなって。何かしら一貫して、好きだったり、追いかけたり、守ったりしていると、それだけに集中すればいいから、苦労はあるけど、苦労の種類が違うというか。石神武司は四方八方から苦労している印象はあります。

――成功者には人を巻き込んでいく力が強いと思いますが、どうですか。

小島監督 惹きつける人はいますね。何かしら成し遂げたいと思っている人ほど情熱だったり、惹きつける力があると思うので。スティーブジョブズも性格めっちゃ悪かったけどみんなついてきたと映画で表現していますし。成功する人は惹きつけていくのかなという感覚はあります。

――武司は人が良過ぎたんですね。

小島監督 武司は優しいんです。親友のヤスと話している時はすごくナチュラルで、あれが本来の素の武司に一番近いけど、ヤスがかたぎになってしまったので、距離を置いて振舞っているところもあると思います。昔に戻りたいけど、自分のせいで戻れない状態という感じはあります。

俳優になろうと思った動機

――ところで山本さん、俳優をやろうと思った動機は。

山本一賢 生活しないといけないので、職業の一つとして。色んなアルバイトをしたんですけど、どれも続かないし、生活しないといけないので。俳優だったら続けられると思って。今、続いていますよね。

――生活の為だったけど、運命的だったのかなと感じたりしますか。

山本一賢 感じます。最終的に俳優になる為だったんだろうなって思いますね。

小島監督 監督としては撮影が楽しいです。撮影って全部楽しいですよ。青春ですよ。強化合宿みたいな感じで。

――監督は編集もなさったんですか。編集はいくらでも出来ちゃうじゃないですか。合格点はどの辺につけたんですか。

小島監督 編集はやろうと思えばやれるけど、どんどん限りなく0に近づくみたいな、どんどん良くなっていくじゃないですか。だんだん上に上がって行ったのが水平になって行く感じが気持ちとしてあったら完成って感じです。永遠に上がらないと思うんです。この作品の中でこういうシーンがいくつかあって、全部撮り直さない限り、こういう事にはならないと思うので。漸近線っていうんですかね。ひとつの正解に近づいていく感じが。編集自体は大変だったんですけど、終盤はここで完成だなという感触はありました。

――その中で、山本さんの姿が印象的に残っていることはありますか。

小島監督 一番印象に残っているのは、ヤスとのシーンです。切ないなと思うんです。ずっと一緒に育ってきた友達が自分とは違う生き方になっちゃうのが。だけどそれは自分のせいじゃんって。その世界に辿り着けない感じがすごく切ないというか。僕も色んな友達がいるし、あの頃は近かったのに、今会っても全然仲良いんだけど、なんか独特の距離感があるというか。みんな大人になって経験することなんだけど、そこがすごく印象的だなと思います。それは良しとして、自分は自分だと最後は覚悟を決めるというか、自分を認めるというのが印象的でした。

――改めて、今後どういうふうになっていきたいか、原動力は生活のためと言っていましたが、それ以外に何か突き動かすものがあったら教えて下さい。

山本一賢 突き動かすものは、自分の道が決まった事が大きいです。決まってしまえばそこを進むだけなので。本当に勉強して行きたいです。でもこういう事を言うと「そうじゃないだろう」って、過去の自分と未来の自分が出るんですよね。「何余計な事を言っているんだよ」って将来なりそうだな(笑)。演技は、(キム・)ジンチョル(ジュンギ役)がいま、演技の先生をやっていて、この作品が終わってからずっと演技していましたね。演技の仕方はジンチョルで。俳優としての生き方は、格好付けないようにしようかなっていうのが一番にあって。自然って格好良いじゃないですか。自然見ても自然の物って格好良いから、格好付けていると不自然だから、なるべく自然体でニュートラルな自分を保っていようかなと思っています。

――監督はいかがですか。

小島監督 映画はフィクションなので、フィクションの中に真実より真実なものが見えてきた時が映画だなと感じるというか。普遍的にこれが人生、これが愛、これが憎しみとか、そういった瞬間があることが、映画独特の価値というか。なんかそんな感じがします。「何言ってるんだよ!」って感じですけど(笑)。良い映画見ていると没入感に浸れる。その2人の関係が自分の中の心と一体化して、共鳴し合うところがあった瞬間に、映画の価値があるというか。僕が単純に映画を観たときに、そうなるから、観ている人もそういう感覚だろうなって。感動した瞬間というか、そこに真実が宿っていると信じたいです。

――真実が宿るということは、もしかしたら嘘も真実になるかもしれない。

小島監督 ドキュメンタリーももちろんそうなんですけど、撮っている事は真実なんですけど、ストーリー性だったり、展開する中で、人間の核心を突いている所が感じ取れた瞬間にそれが映画やと感じます。

――映画の中の人物が実在するじゃないかと思ってもらえたら成功というか。

小島監督 大きな所ではそうかもしれないですけど、ヤスとの目線の配り方が「寂しいわ~」みたいな小さい事の中にも映画の価値があるというか。ヤクザが覚悟決めた時もその覚悟は本当だと感じた瞬間にもそれが映画だと思います。この作品で言えば、最終的には石神武司に独特のリアリティを感じる事になったと思います。

(おわり)

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木村武雄

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