INTERVIEW

野田洋次郎

突き付けられた役者としての覚悟。
演じる楽しさ知った『キネマの神様』


記者:木村武雄

写真:冨田味我

掲載:21年08月14日

読了時間:約7分

 RADWIMPSの野田洋次郎が、映画『キネマの神様』(公開中、山田洋次監督)で、若き日の主人公・ゴウ(菅田将暉)の盟友・テラシンを好演している。NHK連続ドラマ小説『エール』での主人公の盟友役など俳優としても高い評価を受ける野田だが、本作で「俳優としての覚悟」を山田監督に突き付けられたという。そんな山田組に緊張もあった一方で「日々の撮影は楽しかった」とも語っており、特別な作品になったようだ。その思いを書き留めておきたいと主題歌「うたかた歌」にした。コロナ禍で1年延期。様々な苦難を乗り越えようやく公開を迎えた本作への思いとは。【取材・木村武雄/撮影・冨田味我】

『キネマの神様』野田洋次郎が演じる若き日のテラシン(C)2021「キネマの神様」製作委員会

浮かび上がる背中

 映画は、松竹映画100周年を記念して製作された。無類のギャンブル好きなゴウ(沢田研二)は、妻の淑子(宮本信子)と娘の歩(寺島しのぶ)にも見放されたダメ親父だが、映画を愛してやまなかった。行きつけの名画座の館主・テラシン(小林稔侍)とゴウは、かつて映画の撮影所で働く仲間。若き日のゴウ(菅田将暉)は助監督として、映写技師のテラシン(野田洋次郎)をはじめ、時代を代表する名監督やスター女優の園子(北川景子)、また撮影所近くの食堂の看板娘・淑子(永野芽郁)に囲まれながら夢を追い求め、青春を駆け抜けていた――。

 野田洋次郎が作詞作曲した主題歌「うたかた歌」にこんな一節がある。

<諦めるにはどうやら命が長すぎて>
<悟るにはどうやら命は短すぎる>

 哀愁のある歌詞にゴウたちの背中が浮かび上がる。

 野田は公開を翌日に控えた5日の舞台挨拶で、作詞作曲の経緯を明かした。

 「緊張しながらも撮影を楽しんでいました」という野田は、若き日のゴウ、淑子、園子と過ごす空気を残したいとふと浮かんだ「言葉の切れ端」を台本にしたためていた。しかしコロナ禍で撮影は中断。「あんな素敵な経験がなかったことにされるのかという恐怖心があって音楽にするしかないと思いました」。作った曲を感謝の手紙に代え、山田監督、菅田らに宛てた。それが主題歌になった。そして、歌唱には菅田も参加した。

 「この映画のなかで生きた2人が一つの楽曲のなかでも存在することに大きな価値があると思いました。彼が持っている説得力みたいなものは声でも変わらずに存在するし、希有な存在だと思います」

野田洋次郎

行間を埋める役割も

 物語の一つの舞台となった1950~60年代。当時、流行り始めたフォークソングの曲調が「うたかた歌」には色濃く出ている。

 「もちろん、その時代は意識しました。ただ、親も僕も『男はつらいよ』の寅さんが好きで、僕はアメリカに6歳から行っていたんですけど、日本が恋しくなれば観ていて、正月に新しい作品が出たらおばあちゃんに送ってもらっていました。そういうのもあって、どこか山田監督へのリスペクトとオマージュというか、何か音で繋がれたらいいなというのがありました」

 この曲を聴いたキャストが口を揃えて語るのは「撮影当時のことが思い起こされる」。コロナ禍で一時は製作自体も危ぶまれた。しかし、この曲がキャストやスタッフの背中を押したと菅田はのちに語っている。

 「うたかた歌」はまさしく、人々の思いを繋げる役目を担った。そして、自分の気持ちを多く語らない晩年のゴウやテラシン、そして淑子の行間を埋める役割も果たす。

 宮本は先の舞台挨拶でこう振り返っている。「清々しい曲。淑子ちゃんに対するラブソングみたい。ゴウとテラシンが一緒に歌っているからその愛の大きさをすごく感じました」

俳優としての覚悟を突き付けられる

 本作で音楽家としての才も振るった野田だが、俳優としては、山田監督から「役者としての覚悟」を突き付けられた。

 「それまで僕は自分を役者だと思っていなかったんです。でも山田組に参加して、そんなぬるい事は言っていられないというか、参加したからには役者であるべきなんだと思いました。あの現場を経験して、初めて自分も役者と言っていいのかなという気になれました。それぐらい大きな出来事でした」

 世代は異なるが、同じものを作る立場として、その背中から多くを学んだ。

 「山田監督を見ていると、もの作りにおいて妥協なんかしてはいけない、最後の最後の一秒まで頭で考え尽くして、自分の持てるすべてを出し尽くすんだという当たり前のことに気づかされました」

 そしてこう続ける。

 「役者じゃない僕にオファーしてきたのだから、役者である必要はないという、どこかでひねくれた思いがあったんです。僕が僕であればいいのかなと。でも、山田組ではそれが許される訳もなく、その場で6個も7個も同時にいろんな演出をしてくださって、ここでこう動いて、こう飲んで、ここでこういう表情をして、瞬き2、3回してとか。頭から煙が出そうな瞬間もあったんですけど、やっていくにつれて、演じることの面白さというのを教わった気がします」

 山田監督からの一つ一つの求めは、俳優としての期待の裏返しともいえる。

 「僕を役者として全力で向き合ってくれました。嬉しかったです」

ここからは一問一答。

野田洋次郎

「すごくいいよ」小林稔侍の言葉が救いに

――監督に言われて印象に残っている言葉は。

 リアルを追求する方なので「人間というのは、こうすると、こうなるんじゃないかな」とか、「もっとどもったりするんじゃないかなこの人は」とか、その場でその人間がどう生きるかっていうのを大事にされる方でした。気付かされることがいっぱいでした。

――この経験が、創作にどう影響を与えそうですか。

 あのご年齢で、何十年とやって来られて、一作目と何ら変わらない情熱でやっていると思ったので、ものを作る人として励みになります。僕はあの年齢であそこまでの情熱で出来るかなという思いにもなりますけど、こういう方がいるのであれば僕も出来る限り作っていきたいと思いました。

――ご自身の役を通して共感したことは?

 テラシンは自分に才能はないと言っているが、誰よりも才能を見抜く力があると思います。世の中には、何かを作り出せる人がいるとしたら、それに気付いてあげる人というのも必ずセットで必要な気がします。気付いてあげる人は、ものを作る人と同じくらい大切で、両方があるから世の中のアートや作品、クリエイティブというものが進化していると思っています。僕にも「お前の歌すごいんだよ」と言ってくれた人がいました。自分にとっては歌を作るのは当たり前のことで高校時代は「何がすごいんだろう」っていう感じでしたが、バンドメンバーが「すごいよ」と言ってくれたから「もうちょっと頑張ってみようかな」と思えました。ゴウとテラシンの姿を見てそれを思い出しました。

――それを役に反映させたところは?

 テラシンのゴウへの疑いようのない確信というか、一つでも疑いがあったら、あの2人の関係性は違うと思っています。ゴウが生み出そうとする発想力を全身全霊で愛しているということは伝えたかったので、そこは意識しました。

――テラシンの晩年は小林稔侍さんが演じられました。

 自分でもびっくりするぐらい繋がっていたというか、稔侍さんが撮影の途中で観に来て下さった事があって。僕は知らなかったんですけど、モニターで観ていたみたいで、撮影が終わった後に挨拶しに来て下さって、背中をバンって叩いて「お前すごくいいよ」って言って下さった。それでホッとしたというか、僕の何十年後を演じて下さる稔侍さんが「すごくいいよ」と言って下さったのですごく救われました。

ギター演奏の舞台裏

――ギターを弾くシーンがあります。山田監督が本番の数日前に「ギターを弾いてみないか」と言われたそうですね。あの音色は切なさを助長させていると思いますが、その舞台裏は?

 本当はレコードをかけてお話しをするシーンだったんですけど、監督から「野田君ギターを弾きながらやってみるっていうのはどうかね」と。やってよという感じではなく、ミュージシャンとして尊重して下さって、「気持ちが乗るんだったら一回トライしてみたいんだけど…」という言い方をして下さって、それで「分かりました」と。そこから曲を決めたんですが、その曲がものすごく難しい曲で、撮影が終わってから、家でYouTubeを観ながら2、3時間練習して、ちょっと頭がパンクしそうになりました(笑)。しかもセリフを喋りながら当然のように弾くという。プロじゃないと絶対出来ないぞと思いながらやりました(笑)。

 待ち時間の間、みんなが騒然とバタバタと動いているので、「和みにならないか」と勝手にBGMを弾いていたんです。それを聴いた監督が「それなんだい?」って。「適当に弾いています」と言ったら、「それも弾こう!」と言って、その弾く後のシーンで出てきます。その場で良いと思ったものをどんどん採用していく、試していくという意味では音楽的で即興性があって面白かったです。

――俳優業は音楽の扉をもっと広げてくれますか。

 それはあると思います。改めて自分は音楽家だなと気付かせてくれますし、スタジオに戻った時の安堵というか、自分の居場所感もそうですし、音楽は基本スタジオという密室の中でひたすら自分の中と格闘している感じなんですけど、俳優業は自分の外側。いろんな人がいて、初めましての人と面白いものを作るんだという感じです。内側と外側が交互に入れ替わる感じですごく面白いです。

――もっと役者業もやってみたいなと思ったりしますか。

 未体験のものに触れてみたいというのが常にあるので、こんな役を自分がやったらどうなれるんだろうと思えるものは、是非この先もやってみたいと思います。

(おわり)

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冨田味我

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